第3章 時空から消えた石松

 石松が失踪して1週間、ここはタムラ動物病院の診察室である。夜遅いのに石松を心配する仲間が心配そうに集まっていた。関係機関への連絡やSNSでの発信などで懸命の捜索活動を行っていたが、有力な情報は得られないでいた。唯一の手掛かりは血が付いた首輪だけだが、生死はともかく、本人の姿を見るまでは絶対に諦めないというのが皆の考えであった。

 そんな折、優希の出身大学の先輩で獣医師の駿河ひろしから連絡が入る。

 彼は中学生の時不良グループにいじめられているところを地域猫たちに助けられるという稀有な体験をしている。また、助けてくれた猫は不良グループの反撃で重傷を負い、その治療を行った獣医師から感銘を受けて彼は獣医師を志すようになった。

 彼は今は川崎のブラックジャックと呼ばれている矢作達人のもとで修行中であった。矢作という獣医師は豊富な獣医療知識と卓越した手術技量を持っているものの、人とのコミュニケーション能力が欠落しているため獣医界でも謎の人物であった。そんな彼がどの様な経緯でひろしを弟子にしたかは定かではない。

 ひろしは優希のSNSをみて事情を知り、捜索活動に協力してくれていたのだった。


「駿河さん、お久しぶりです。

 今、矢作先生の所にいるんだって。大丈夫?あの先生かなりの変人という噂だけど。」


「それがさ、イメージしていた人と全然違うんだよね。久しぶりに来る患者さんも皆びっくりしているよ。

 噂によると、いい年してメンタルセラピー受けているみたいだよ。

 たまに、そのセラピストが病院に遊びに来るんだけど、その人もちょっと癖がある人で変わり者同士気が合うみたいだね。

 おっと、そんなことはどうでもいいんだけど、

 石松ちゃんの失踪、腑に落ちない点が多々あるね。まずは彼が行動する縄張り内では敵対勢力は皆無であったこと。彼の生活環境はどこをとっても幸福であったこと。などなど、自ら身を隠す理由は皆無と言える。

 首輪の血液は親分の物とすでに断定されているから事故の可能性が高いな。ただ、周囲50メートル以内でルミノール反応は全く認められなかった。」


「おいおい君1人でそんな広い範囲で検査をしたの。」


「あ、多村先生、初めまして駿河と申します。

 そうです。私の師匠は完璧主義ですので、お手伝いするからには、何らかの結果を出すように指示されております。」


「流石、矢作先生は違うな、そんじょそこらのドクターではないよ。」


「先輩それで、どう判断したのよ。」


「相変わらず厳しい指摘をするなあ、可愛げのない。」


「まあまあ、お二人とも冷静に。彼の話を聞こう。」


「承知しました。まずは常識的に考えて事故にあった現場から50メートル以上首輪だけが飛んでくるなんて考えられないし、もしそうだったとしても途中の何ヶ所かでルミノール反応がでるはずです。ただ、遠くから鳥が咥えて運んできた可能性がゼロではないですけどね。

 そこで現場の等々力公園内の防犯カメラの映像を師匠の伝手を頼って見せてもらえることになり、徹底的に映像をチェックしました。

 ようやく事故の瞬間を記録した映像を見つけて確認した結果、石松さんはワープしています。この表現が正しいかどうかはわかりませんが、電気自動車にはねられて空高く飛び、その途中で突然映像から彼の姿は消え、首輪だけが落ちてきているのです。間違いのない事実です。」


「先輩、そんなこと信じられるはずないでしょ、消えるなんて。ありえないことよ。」


「しかし、消えたことが映像で証明されたわけだから仕方がない、受け止めるしかないようだ。ところで、その電気自動車、駿河君は追跡調査はしたのかい。」


「もちろんです。町の電気屋さんでした。話も聞いてきましたが、最初は警戒して何も話してもらえなかったのですが、撥ねられた猫が消えた話をしたら、その通りです、と話してくれました。首輪も敢えて現場に残しておいたと言っていました。」


「多村先生、もしワープしたなら、戻ってくる可能性はありますか。死んではいませんよね。」


「それは分からないね、誰にも。

 非現実的な現象が起こったわけだから、どこへ行ってしまったのか、戻って来られるのか、それがいつなのかは知るすべはないな。」

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