第10話 その後のエルビン

 さて、実習生あこの家を終の棲家と決めたエルビンがどのように暮らしているか獣医師多村は気になっていた。ただ心配になっていたわけではなく、エルビンがあこの家族にどんな幸せをもたらしているかを早く知りたくて仕方なかったのである。というのも、エルビンをクリニックまで迎えに来られたあこの父親のふとした行動を多村が見逃さなかったからである。

 それはあこが車の後部座席の足元にエルビンが入ったキャリアーを置いた時、父親が慌てて後部座席まで来て座席の上に腫れ物に触るように丁寧に優しく振動のないようにキャリアーを移したからだ。それを見ていた多村は、いつもの好奇心からエルビンが過保護になるくらい可愛がられるであろうと確信していたからである。


「お~い、石松親分、どこかに居るかい。」


「お呼びですかい、ボス。」


「その呼び方は止めなさい。

 ところで、あこちゃんの家はどこか知ってるかい。」


「知ってるとも、俺のシマだ。子分が沢山住んでるよ。」


「それを聞きたかった。エルビンの情報を入手できるシステムになっているかい。」


「あったりめーよ。そんなことはお茶の子さいさいだぜ。今晩、足の速い飛脚猫を行かせて情報を仕入れてくるから、明日まで待ってくれ。」


「おお、悪いね、これ、イナバのエネルギーチュール3本、その猫に・・・ ・・・。」


「おいおい、俺も欲しいんだけど、それ。」


「おまえさんは普通のチュールでいいだろう。動かないで待ってるだけだから。」


「わかりやした。ではお待ちください。」



 飛脚猫からの情報は次の日の夕方には石松親分の耳に入っていた。


「先生、御在宅ですか。エルビンの情報入りやしたぜ。山ほど。」


「おおそうかい。早速聞かせてくれよ。」


「俺たちは記憶力が人よりもずーと優れているから、エルビンがあこちゃんから聞いた話を飛脚猫が聞いてそれを聞いた俺が先生に一言一句漏らさずに話すから。」


「うーん、まあ大筋が分かれば細かいところは適当でいいよ。」


「よし。目を閉じて聞いてくれ、一匹二役でやってみるから。」



「エルビン、君が来てから我が家に変化が出てきたのよ、分かるわね、私の言葉。

 平和になったのよ。」


「何ですか、あこさん、平和とは。」


「うーん。どう説明したらいいのか、まずはお母さんの大きな声が無くなったのよ。私がいうこと聞かなくても、がみがみといつまでも言うことが無くなったのよ。静かになったわ。なんか昔の優しいお母さんに戻ったような気がするの。お父さんに対してもよ、なんか恋人のように接する時があるのよ、素敵じゃない、この歳で。

 ああそう、お父さんのことだけど。お母さんが話していたのだけど、エルビンを見る目が、昔の小さかった頃の私を見つめる目だと言っていたわ。もう20年近く、あんな優しい穏やかな目は見たことが無くなっていたと。」


「いいことですね。それが平和ですか。僕の存在と関係あるのですか、その変化は。」


「あるに決まっているじゃない。エルビン、君がいるだけで家族は明るく、楽しく、平和になってきたのよ。」


「今までは平和じゃなかったの。」


「いいえ、そういうことじゃなくて、今までの平和や楽しさが当たり前になって感じなくなってきたことを君が来たことによって前面に押し出されてきたのよ、君の力よ、素敵じゃない。」



「先生、先生。終わりやしたよ、俺の話。涙ぐんでますね、感動しましたかい。ちょっと俺の演技に力が入りすぎたか。」


「うーん、良い話だ。エルビンはいいところに行ったし、それ以上にあこちゃんはいい猫を貰ったね。これぞ家族に乾杯だ。」

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