第9話 傷心のエルビン

タムラ動物病院の相談役となった石松親分。今回は入院治療中のエルビンについての調査報告を持ってきたが、院長は深刻な表情で電話中であった。


「先生よお。エルビンはちょっとシャイだけど、誠実でいい奴だぜ。

体調はすっかり良くなったみたいだから、早く退院させてやってくれ、家庭の事情もあるようだし。」


「何だいその家庭の事情って。」


「まあいろいろとな、彼には彼なりの使命があるんだ。

つまり家族は一つ屋根の下で、お互い支え合って生きているということだ、人間と動物の関係もな。

それはそうと今電話で深刻そうな話をしていたが、エルビンにかかわることかい。」


「わかるかい。」


「だいたいね。こういったときは、もう飼い主がエルビンをこの先飼うことができなくなっちまったということだろう。」


「そんなところだね。おばあさんの様態が急に悪くなり入院してしまったようだ。意識もないようで・・・ ・・・。」


「誰か里親になってくれる人を探してほしいと、いうことだね。」


「察しが早いな、親分。おまえさんに任せていいかい、エルビンへの告知は。」


「それが俺の仕事だからしょうがない。でもエルビンは、おばあさんのことを心配していたから、もう一度でも会わせて、ちょっとでも顔だけでもみせてやりたいな。

電話の主は誰だい。」


「ケアーマネージャーさんだよ。おばあさんの面倒を見ていた人で、長い付き合いだそうだ。動画だけでも送ってもらうように頼もうか。」


「まあその辺が落としどこか。

話してみるよ、エルビンに。

これはとても機微な案件だから、報酬としてイナバのチュールを10本程追加できませんか。

先生にもとってもその方が助かるだろう。」


「いいよ。任せよう。私も面倒な話は好きなほうではないから。チュール10本では安いもんだ。いいよ、用意しておこう。確か、、、ドンキで安売りしていたな、、、。」


「正規品で頼むよ。やっぱイナバは清水の会社だから味が違うよ。ジェネリックは無しだぜ。」


「いいだろう。私もジェネリックはあまり好まないタイプの獣医だからね。」



交渉が無事成立し、石松はエルビンのケージの前に戻った。


「エルビン、起きてるかい。」


「はい、石松さん、どうですか、退院できますか。」


「いや、まだ無理だ。先ほどおうちから連絡があってな・・・。」


「ああ、おばあさんに何かあったのですね。倒れたんですか、まさか、亡くなったのですか。今どうしてますか、はっきりと聞かせてください。」


「ああ、今話すから落ち着いてくれ。」



石松はドクターの話を包み隠さず全てエルビンに話した。エルビンは泣き崩れた。石松にはどうすることもできずに、ただ見守るだけだった。暫くするとエルビンの鼻の横からせり出している髭の一本一本が生き物のように動き出し、突然石松に向かいしゃべりはじめた。


「石松さん、もう一度、もう一度だけおばあさんに会うことはできますか。無理ですか。」


「おばあさんは今昏睡状態で回復する見込みも期待できないようだし、病院には入れないから、動画を送ってもらえるように交渉中だ。ダメかい、動画じゃ。」


「動画でも良いです。見せてください。一目見せてもらうことでけじめをつけます。

それと、石松親分にお願いがあります。」


「なんだい。俺にできることは何でもするぜ。」


「お願いは2つあります。1つは石松親分の子分になりたいです。」


「そんなことならいいよ、今すぐにでも。それと?」


「もう1つのお願いは、里親さんを逆指名させてほしいのです。」


「というと、どなたか意中の御仁がおられるということかい。」


「その通りです。看護研修に来ている学生のあこさんです。あの方は僕に本当に優しく接してくださったり、一生懸命に話しかけてくれるんです。

そして、おばあさんにもしものことがあったら、僕を引き取ってくれることをご家族皆様、全員が了承してくれているんです。」


「おいおい待て待て。話はそこまで進んでいたわけだ。

まあいいだろう、そこまで進んでいれば、後は先生に話して俺が何とか納めよう。」



自信たっぷりに石松は言い切った。そして再び多村の待つ部屋へと向かった。


「先生、お待ち。」


「どうだいエルビンの反応は。」


「話す前に、ちょっと聞いとくれ。

エルビンは今日から俺の舎弟になったから、俺の言うことは全てがエルビンの考えと思ってくれ。そこが渡世猫たちの掟のようなものだからね。」


「わかった。前置きはいいから早く話してくれ。」


「待ちなよ、あせらないで聞いてくれ、先ず里親の件だけど、研修中の学生さんがいるよね。

どうやらエルビンは彼女と相性が合うみたいで、信頼関係もできている様なんだ。」


「本当かい。じゃあ、あこちゃんに里親になってもらうよう頼んでみようか。」


「待ってくれよ、先生。エルビンはまだおばあさんのことで気持ちの整理がつかないでいるんだ。そんな簡単に右左と家族を変えちまうわけにはいかないはずさ。そこんところを俺が何とかうまく納めるからさ、チュールをさらに追加、と言いたいところだが、先生と俺の仲だし、乗りかけた船だ、追加はいらねえよ。」


「そうかい、ありがとな。感謝するよ。

それにしても、なんだかもう話し合いが成立しているみたいな自信たっぷりな口調だけど、おまえさん、私に何か隠しているんじゃないだろうね。」


「何言ってんだ、先生。そんな根回しなんかするのは人間だけの姑息なやり方だぜ、俺たち猫はもっと純粋だ、そこんとこよろしく。」


「まあいいだろ。親分に任せたよ、今後のことはスマートに済ませてくれ。」



その後すべての話がトントン拍子に展開していくことになり、エルビンはあこの家に引き取られることになった。

本来、大人の猫の里親を探すことは非常に大変なことである。なぜなら飼い始めてから成長していく子猫と違い、すでに完成された気質、性格、習慣などその猫のすべてを受け入れる覚悟がないと難しいからである。しかし、あことエルビンには僅かの期間で信頼関係が成立し、家族も快くエルビンを迎え入れてくれることになった。

一方、おばあさんは奇跡的一命をとりとめた。ただ動物と共に生活することは出来ないため、ヘルパーさんが定期的にリモートでエルビンと合わせてくれることになった。

後日、あこが彼女の家族と共にエルビンを迎えに来られ引き取られていった。


「石松さんよ。今回の件では世話になったな感謝するよ。おかげですべて丸く納まったようだ。

それはそうと、エルビンと杯を交わしたらしいが、どうやったんだ。」


「そうそう、俺たちの儀式で、一本のチュールを2人で食べたのさ。あこちゃんが立会人さ。」


「私に内緒で、そんなことまでしてたのか ・・・。」

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