第7話 環八ではねられた小政
「先生居るかい、今日は休診日だよな、暇ならちょいと話したいことが有るんだがね、聞いてみたいかい。」
「おおこっちに入ってきなよ、随分と思わせぶりな言い方だけど、私の貴重な休みに値するようなとびっきりの内容だろうね。」
「もちろんさ、俺の大切な子分の小政の話さ。」
「ああ知ってるよその名前、君の親分の次郎長さんの片腕のあの大政、小政のね、随分と立派な名前を付けたもんだ。
聞いてみようか、小政の話を。」
「そうさ、立派な子分だったよ、小政は。正確には小政の話というよりは、環八で車にはねられて死んだ彼を埋葬してくれた優しいドクターの話なんだ。
俺にとっちゃ、半分は思い出したくないことだが、半分は心からドクターに感謝している想い出なんで、頑張って全部話そうと思ってるよ。
小政には大政という兄貴分が居て、いつも彼らはつるんでいた。
小政がはねられた日も傍らに大政が居て、彼からすべて聞いた話さ。彼が話したように話すから聞いとくれ。」
「事故の日は、俺たちはいつものように真昼間からマタタビに酔いしれていた。
俺は小政に注意したんだ、ちょっとやりすぎだからほどほどにしろよと、小政はマタタビが大好きで、フラフラになっていたんだ。
そんな時大通りの向こう側をギャル猫がウォークしているのが見えた。
止めるまもなく小政の奴は行っちまったのよ。
車は見えていなかったけどオートバイのけたたましい爆音は確かに聞こえていた、ドゥカティだ。あのバイクは俺たちが最も恐れていた。
姿が見えないが音だけ聞こえているなと感じたら次の瞬間は直ぐ側まで来ているという代物よ。」
「奴は一瞬にしてはねられちまった。そして、俺が助ける間もなく何十台もの車に潰されていっちまったのよ。跡には道路にこびりついた皮と粉々になった骨しか残らなかった。もう見ていられなかったぜ。
そこに現れた御仁、スズキの大型バイク、その名も刀。
道のしかも環八のど真ん中にバイクを止めて、後ろの車に待て、と合図し、シートの中にあったタオルに素手で小政の亡骸のかけらをすべて拾いあげて優しく丁寧に包むようにくるんでいった。
それをシートの下に収納し、やっとバイクを側道に動かし、後ろの車に行くようにと合図した。
恐らくは5分以上交通を遮断していたが、文句を言うものは1人もいなかった。それほどまでに彼の行動は素早くてスマートに見えたのだ。」
「彼がその優しいドクターだね。」
「その通りよ。」
「でも大政はなぜそれがわかったのかい。」
「そこだぜ、そのドクターがスマートなところは。
彼は自分の名刺を取り出して、裏にこう書いたのさ。
“私はこの場所で轢かれた猫さんの亡骸を埋葬しました。心当たりの飼い主様は、表記の動物病院までご連絡ください。”と
桜の木の枝に挟まれた名刺には、リッターバイクアニマルクリニックのドクター山崎と書いてあった。」
「でどうした。」
「大政は、そこに書いてあったクリニックを訪ね、周囲の遊び猫達から情報を得た。
それによるとドクターはせめて亡骸の残骸だけでも手厚く葬ってやろうと、青物横丁にある動物霊園で火葬をしてもらい、合同埋葬をしてくれていたんだ。
で、毎週墓地に手を合わせに言っているよ、大政は。
俺も命日には必ず行くようにしている。」
「ドクター山崎ねー。知っているよ。ただの暴走オヤジだと思っていたが、人は見かけによらないとは言ったもんだ。
素晴らしいじゃないか、なかなかできないよ。私も当たり前のことのように、優しい行動がスマートに出来る人になりたいねー。」
「だな。」
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