第4話 マブダチ、ゆうき君の話

「先生よ、昼休みだから暇みたいだね。」


「うーん。休診時間でもやることはたくさんあるが、おまえさんが是非にというなら、ちょいとだけなら暇を作ってもいいよ。」


「何をかっこつけてんだ。本当はすぐにでも聞きたいんだろ、俺の話。

 今度の話は感動しないはずがないという超爆弾クラスの話だぜ。」


「爆弾か線香花火かは私が判断するから、もったいぶらずに話しなさい、早く。」


「はいはい、実は俺のような渡世人にも稼業を超えた親友がいたんだ。過去形になっちまったのは数か月前のこと、彼は六本木の高級マンションの暖かいソファーの上で突然逝っちまったんだ。主治医の話では心筋症の発作だったらしい。

 彼の名はゆうき君、端正な顔立ちで、飼い主の方が写真集を出すほどの人気のモデル猫だったんだ。

 彼と俺との友情は、当時俺が仕切っていた目黒のシマで、車にはねられて大怪我をして動けなくなっているところを助けた時からなんだ。」


「おまえさんが治療したのかい、その大怪我。」


「何寝ぼけたこと言ってるんだ。これから動物病院の先生が登場するわけでしょ。」


「まあ当然そうだろうな、話の流れからして。」


「じゃあ、だまってろや。

 俺はゆうきの外傷の大きさと彼のバイタルを見て、これは大ごとだと察したんだ。そこで近隣で有名だったボランティアの中村さんの所に向かい、動物病院に連れて行ってくれと頼んだんだ。もちろんブラックジャックを指定してな。」


「おいおい、バイタルはお前さんのグーみたいな手でどうやって見たんだい。」


「先生、漫才してるんじゃないんだから、いちいち突っ込むなよ。」


「すまない、すまない。お前さんがバイタルをチェックしている所を想像したらつい突っ込みたくなったんだ、気にしないで続けてくれ。」


「だからしばらく黙って聞いていてくれ。

 中村さんはすぐに川崎のブラックジャックのもとへ、ゆうき君を連れて行った。幸いにもドクターは在宅しており、分厚い医学書を見ていたということだ。彼の診断では骨盤骨折と脊髄損傷があり、手術しても後遺症は必ず残るということだった。

 中村さんは自分が保護して生涯面倒を見るからと、即座に手術をお願いしたんだ。

 俺はなー、こう思うんだ。彼女すごいと思わないかい。見も知らぬ猫にここまで親切にしてくれて、さらに生涯面倒見てくれるなんて、そんなこと即座に言えることではないだろ。」


「それは凄いじゃないか。見も知らぬ猫をそこまでねえ・・・。」


「ところがどっこい、それが見も知らぬ猫ではなかったんだ。

 ちょっと腹が減ったから、この先は、おやつの後にしようか。」


「いいところで終わりにするねー、ここで広告でも流すのか?」


「そんな訳ねえだろ。」



 やがて、一仕事終えた多村のもとへ石松が戻ってくる。


「先生、いるかい。」


「遅かったじゃないか。さっきの話の続きが気になって診療どころではなかったよ。」


「仕事はしっかりとしてくれよ。先生の患者さんは俺の遺伝子を持った連中が多いはずだから・・・ ・・・。」


「そうかあ?まあお前さんなら可能性はあり得るわな。」


「まあいいだろう。

 ブラックジャックのオペはいつものように素早く正確で、術後の疼痛管理も完ぺきだったようで、半日もするとゆうき君は穏やかな表情になっていた。その顔を見て初めて中村さんは気が付いたんだ。

 この子は、もしや自分が通っている歯医者の待合室で、いつもうろついているゆうき君に違いないと。

 中村さんの目は確かだったようだ。彼女が、『あなた、ゆうき君でしょ、ゆうき君』という声掛けに、彼は精一杯の声でニャーと答えたんだよ。

 それで確信した中村さんは直ぐに歯医者のお嬢さんに連絡してクリニックまで来てもらったんだ。

 感動的な対面だったのは言うまでもないだろう。

 流石のブラックジャックの目からも一筋の熱いものが流れていたみたいだったてさ。」


「それで、その後ゆうき君はなぜ六本木のマンションで死んだんだい。」


「それがな、ゆうき君は退院後目黒の歯科医の家に戻って、お嬢さんの手厚い看護でみるみる元気になり、後肢の麻痺は多少あるものの、幸せな生活を送っていたのだが、数年してお嬢さんのご両親が立て続けにお亡くなりになり、2人で六本木のマンションに引っ越したのさ。」


「そして、おそらくは心筋症での突然死というわけか。

 心筋症は君たちの突然死の原因のトップだから注意してくれよな。言っておくけどお前さんのような大型の雄が特に多いからね。」


「おっと嫌な情報だな。事前に予防はできないのかい、その心筋症。」


「そこだよ。身体検査の聴診で心臓の雑音があったり、猫には珍しく開口呼吸をしたりと、怪しいサインがあればエコーや血液検査で発見できるんだが、突然死するまで全く症状が出ない場合も少なくないのが現実だね。」


「開口呼吸って、犬みたいに口で息をすることかい。」


「そうさ、君らは興奮しても、暴れまわっても、暑い日でも、あまり口を開けて呼吸しないよね。心筋症や甲状腺機能亢進症という病気だと、開口呼吸する子が多いんだ。」


「わかったぜ、俺も注意するようにしよう。早死にしたら全国のファンに申し訳ない。」


「ン、何だって、よく聞き取れなかった・・・ ・・・。」

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