第29話 ウェア選びは難しい
「………………」
「………………」
歩道を歩く二人の間に、会話と呼べる会話はなかった。
コツッ……ココツッ……。
テンポの悪い歩く音と、歩くたびにプルプルと揺れる体。
ヒールで歩き慣れていないのがよくわかる。
「大丈夫ですか?」
「し、心配はいらん……! これくらい……大丈夫だ……っ」
と言っている間も、体を揺らしているのだから心配だ。
「でも…――」
「昨日」
「え?」
話そうとする僕を遮ると、先輩は顔を逸らしながら言った。
「……昨日誘ったばっかりなのに、今日はワタシの買い物に付き合ってくれて……ありがと……っ」
「っ!!」
どうして今日、凛堂先輩と一緒に出かけているのかというと、先輩から昨日メッセージが届いたからだ。
『次の休み時間。ちょっといいか?』
僕は、なにがあるのかわからないまま更衣室(バレー部)の前に向かうと、先に来ていた先輩から話を聞いた。
『実は、新しい練習用のウェアを買おうと思ってな』
『じゃあ、姉さんたちと一緒に行くんですね。でも、それからどうして僕に――』
『お、お前に……お前に選んでほしくて、ここに来てもらったんだ』
『えっ。僕に、ですか?』
『そ、そうだ……っ』
『僕は別に構いませんけど』
『そうか! ワタシは嬉しいぞ!』
『なら、よかったです……。えっと……じゃあ、いつの日に行くのかを――』
『明日っ!』
『……へっ?』
『明日だっ! 明日がいいっ!!』
ということがあって、今日、買い物に行くことが決定したのだった。
……。
…………。
………………。
そして、今日を迎えたのである。
「ところで、どうだ? この服……」
俯かせた顔を赤く染めながら、こちらの返答をじっと待っていた。
「え。あっ、そう……ですね……」
さっきはついスカートに注目してしまったが、改めて全体を見てみると、
「き……綺麗……ですっ」
「――――ッ!!?」
先輩は、これでもかと言わんばかりに目を見開くと、足を止めた。
「そっ、そうか……っ。フフッ……」
「もしかして……僕、なにかまずいこと……言っちゃいました……?」
「ああぁ、そうだな。…………心をかき乱すくらいにっ」
ここまで満面の笑みを浮かべる先輩を、初めて見たかもしれない。
「――今の見たー?」
「――ああぁ、見た。この目ではっきりと」
傍から見れば初々しいカップルな二人を、電柱の影から監視する二人の姿があった。
「なんだか面白いことが始まりそうな予感っ?♪」
一人は、水色のシャツにロング丈のデニムスカート、サングラス、黒のキャップという出で立ち。
「なんだ、あれはッ!!? まるで……こっ、恋人同士……じゃないか……っ」
秋は動揺が隠せず、後半に連れて声が小さくなっていった。
「彼女の……あたしがいるというのに……」
「いやいや。瑞樹は、一度も秋を彼女だと思ったことは……まあ、いっか。それにしても……」
奈緒は、隣にいる秋の全身に注目した。
上下お揃いの紺色のスポブラとスパッツの上に、グレーのパーカーを羽織っているだけという。
なんとも言えないその格好に、奈緒は思わず、
「おしゃれの欠片もない格好ねぇ……。それに……」
目が嫌でも“そこ・そこ・そこ”に向いてしまう。
同性の自分がそうなのだから、男共からすれば色々な意味でたまらないだろう。
「? なにか言ったか?」
「いや、なんでも……」
この際だし、ちょっと聞いてみようかな。
「秋ってさ、つばさみたいな服って持っていないの?」
「どうしてそんなことを聞いてくる?」
「今まで見たことないからだよ」
と言われて、秋は徐に奈緒の肩に手を置くと、
「あたしに……あんなヒラヒラした服が似合うと思うか?」
「……そのルックスで言われても、なんの説得力もないんだけど」
「? どういうことだ?」
「やれやれ……って、二人が行っちゃう!」
「あっ、いっけねぇ!? 急げぇーっ!!」
奈緒と秋は、慌てて二人の後を追った。
「今日は部活休みなんですか?」
「ん? そうだ。いつもは朝早くから夜までみっちりあるんだが、今日は特別だ」
「朝早くから……すごいですね……」
休日に朝早くから部活だなんて……。
帰宅部の自分からすれば、考えられないことだ。
「なにをぼーっとしているんだ?」
「!! な、なんでもないです……っ」
それから歩くこと、数十分。
目的地である大きなスポーツ用品店にやって来た。
「おぉ……っ!」
奥行きのある広い店内は、競技ごとにエリアが分けられていて、ウェアから始まり、ボールや道具など様々な商品が並んでいる。
僕たちは、その中にあるバレーのエリアに移動した。
自分よりもずっと背の高い棚には、ウェアから始まり、ボールなどがズラリと並んでいた。
(へぇー。サポーターだけでもこんなにも種類があるんだなー)
確か、先輩は練習しているとき、肘と膝に黒のサポーターを付けているんだっけ。
そんなことを考えていると、いつの間にか、先輩がウェアを吟味し始めていた。
「こっちもいいなー。あっ、こっちもいい!」
と、目をキラキラと輝かせながら、ハンガーでかけられたウェアを端から端まで見ていく。
楽しそうなところを見ていると、なんだかこっちまで楽しい気分になる。
「……な、なぁ、瑞樹。これなんてどうだ?」
「はいっ、似合うと思いますっ」
「おおぉーっ。じゃあ、こっちはどうだ?」
「はいっ、似合うと思いますっ」
「……ん? じゃ、じゃあ……これは?」
「はいっ、似合うと思いますっ」
「………………」
「? どうしたんですか?」
難しい顔でじーっとこっちを見ている。
「……どれも似合うんじゃ、選べないだろ?」
「え? だって、どれを着ても先輩に似合うと思ったから……」
「はぁ……。せっかく、お前がいいって言ったものを買おうと思っていたのに……」
「なにか言いましたか?」
「なんでもないっ!」
どうやら、僕は先輩を怒らせてしまったらしい。
でも、いつ……?
その後。
試着室で着替えをしてウェアを決めた僕たちは、買い物を終えて店を出た。
「今日はいい買い物ができた。ありがとう、助かったぞ」
「気に入ったものが見つかってよかったです」
「そういうお前も、なにか買ったみたいだが?」
と言って、先輩は自分が持っている袋と僕が手に持つ袋を交互に見た。
「あははは……。先輩たちを見ていたら、ちょっと運動しようかなって……」
「そうか!! なら、ワタシに言ってくれたら、いつでも協力するぞ!」
そう言って、なぜか先輩は鼻息を荒くした。
「そ、そのときはよろしくお願いします……っ」
「――そうなのか〜っ。ふっふっふ〜……」
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