第28話 服選びは難しい

 リビングの時計の針が、朝の十時を指した瞬間。

 

 ピンポーン。


 インターホンが鳴るなり、リビングを出て玄関の扉を開けると、


「お、おは……おはよう……っ!」


 日差しに照らされて頬を赤く染めている凛堂りんどう先輩が立っていた。


「はいっ。おはよう……ござい……ま……」


 だが、その装いはいつもと違っていた。


 上から順に、フリル付きのピンクのブラウス・黒のミニスカート・黒のヒール。

 下から順に、黒のヒール・黒のミニスカート・フリル付きのピンクのブラウス。


「………………」


 何度も顔を上下に動かしたせいで、ちょっと首が痛くなってきた。


「? ワタシの顔になにか付いているのか?」

「いえ、そんなことは……」


 てっきり、スポーティーな格好で来ると思っていたが、どうやらその予想は外れたらしい。

 やっぱり人は見た目に寄らないなー。


「な、なんだ……?」


 すると、スカートに視線が向けられていたことに気づいたのか、手で袖を引っ張った。


「あ、あまり見ないでもらえると……助かるのだが……っ」


 先輩は足をモジモジしながら、時折、チラチラとこっちを見た。


「っ!! す、すみません……っ」


 普段とは違う意外な反応に、思わず見惚れてしまう。

 な、なんというか…――


「……可愛い」

「!? 今、なんと言ったんだ!?」

「え? なにがですか?」

「言っただろ!」

「?」


 自分が無意識に言ったことに気づかず、首を傾げる僕に、先輩はたどたどしい声で言った。


「わ……ワタシのことを……か、可愛いって……」

「……あ。もしかして……声に出ていましたか……?」


 先輩はコクリと頷くと、さっき挨拶したとき以上に顔を赤く染めていた。




 ………………………………………………………………。




 そして唐突に訪れた、気まずい空気……。

 うーん……ど、どうしよう……。


「…………せ、先輩って、普段は意外と可愛い服を着るんですね」

「!!? 意外とはなんだッ!」

「え、だって……」

「勘違いするなよっ! いつもは……そう! これを着ているんだ!」


 と言って見せてきたスマホの画面には、ノースリーブの白のトップスとデニムのパンツに黒のパンプスという。見るだけで爽やかさを感じさせるコーデを身に纏った先輩がうつっていた。

 言い方はどうかと思うが、こっちの方が先輩らしいと思った。


 でも、それなら……


「どうして、今日はその格好なんですか?」

「っ……わ、ワタシの気分だッ! 悪いか……ッ!?」

「い、いえ、そんなことは……!」


 ――やはり、ちょっと挑戦しすぎたか……。


 本当は、この日のためにネットで調べに調べ、初挑戦した服だった。


(だが……スカートに手を出すべきではなかったな……っ。動くたびにヒラヒラして……心許こころもとないにもほどがあるだろ……!!)


「はぁ……」

「と、ところで、先輩」

「ん? なんだ」

「…………自撮り、するんですね。先輩のイメージ的に、ちょっと意外でした」

「はぁ? …………っ!!?」


 写真の中の先輩が、鏡に向かってウィンクとピースを決めていたのだ。

 さらに、撮るのに慣れていないのか、ぎこちない顔がなんとも……。


「――…み、見るなッ!!!」


 先輩は慌ててスマホの画面を閉じたが、怒りのオーラが漏れ出ていた。


「見……た……な……?」

「えっと……それは……先輩が見せてきたから……」

「ほ、ほぉ~。ワタシのせいだと言いたいんだな?」

「あぁ……」


 さり気なくサッと顔を逸らしたのだが、じーっとした視線が向けられた。


 ………………。


 気まずさと恐怖が混ざりに混ざって……。


(これが先輩の……オーラ?)


 そんなことを心の中で呟いていると、突然、強い風が吹き抜けた。

 扉が開けっ放しだったこともあって、その風が……先輩のスカートを…――


「――ッ!!!???」

「先輩? どうしたんで……あ」


 先輩は目を見開くと、慌ててスカートの袖を手で押さえた。


「…………っ」


 このとき、僕は思った。


 ああぁ……。”終わった” ……っと。


「――…ご、ごめんなさいっ!!!」


 怒られるのを覚悟して身構えると、


「っ……も、もう行くぞ……っ。時間は限られているのだからな……っ」


 返ってきたのは、意外にも小さな声だった。


「……あ。そ、そうですね……!」




 その後。


 玄関の扉が閉まると、


「ふふふっ……」

「…………ッ」


 二人がいた場所に、“あの”二人の姿があった――。

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