第25話 湧き出る想い

(く、くそっ……)

(どうしてこんなことに……っ)


 部屋の本棚の前には、反省顔の秋とつばさが並んで立っていた。

 直立不動とは、まさにこのこと。


「はぁ……。いつまでそうしているつもりなわけ?」

「あたしらが勝手にしていることだっ。ほっといてくれ!」

「瑞樹が許しても、ワタシ自身が許せないんだ! だから、気が済むまで好きにさせてくれ!」

「うわぁ……面倒くせぇ……。どうすんの、瑞樹?」

「ぼ、僕に言われても……」


 困惑した表情で二人を交互に見ると、


「えっと……もう気にしてないので、こっちに来て座ってくださいっ」

「……い、いいのか?」

「ほんとに?」

「はいっ。せっかく遊びに来てくれたんですから」


 と、瑞樹からお許しの言葉が出た瞬間。二人は瑞樹を両側から挟む形でソファーに座った。


 よくわからないけど。二人とも、とても嬉しそうだ。


「「~~~~~~♪」」

「やれやれ……」

「姉さん、どうしたの?」

「なんでもな~い」

「「~~~~~~♪」」


 そんな四人が囲むローテーブルの上には、人数分のジュースが入ったコップと、ポテチなどのお菓子が並んでいた。

 ちなみに、凛堂りんどう先輩のためなのか、プロテインバーが用意されていた。

 おもてなしが行き届き過ぎていて、ちょっと怖い。まあ、恐らく姉さんが事前に用意していたのだろう。


「………………」

「ん? ……ふふっ♪」


 ふと目が合うと、ニコニコと笑みを浮かべた。


(……怪しい)


 もしかして、先輩たちがここに来たのにも、なにか裏があるんじゃ……。


「なぁ、味はプレーンしかないのか?」

「え、プレーン?」


 どうやら、用意してあったプロテインバーのことを言っているようだけど。


「あれれ~? 他の味のも買っておいたんだけどな~~~っ?」


 そう言って、姉さんはローテーブルの周りを見渡した。

 他の味のバーはあったのだけど。プレーン味のバーはどこにもなかった。


 すると、隣でその話を聞いていた武藤むとう先輩が言った。


「用意してもらったものを黙って食えよっ」

「今日はチョコの日なんだよ!」

「? 毎日、味を変えているんですか?」

「その通りだっ」

「なんだそれ」

「ワタシが決めたルールなんだ」


 そのルール。ちょっとだけわかる気がする。


「瑞樹~。悪いんだけど、つばさと一緒にリビングに探しに行ってくれない? 多分、どっかの袋に入れたままだと思うからさー。ねっ?♪」

「別にいいけど」

「リビングだな?」


 瑞樹とつばさが立ち上がると、


「あっ。あたしも――」

「秋は~ここで私と一緒に陸上談義に花を咲かせようじゃないの~♪」

「なにッ!? ちょっ…………離せっ! はーーーなーーーせーーーッ!!!」


 姉さんに後ろから取り押さえられた先輩は、なんとかそれを振り解こうにも完全に抑えられてしまっていた。

 ここだけの話、姉さんに羽交い締めにされて逃れることができた人は…………いない。


「さあ! お二人さん、行ってらっしゃ~い!」

「奈緒ッ!! お前ーーーッ!!!」

「……い、行きましょうか、先輩……」

「あ、ああ……」

「おいッッッ!!! 待てええええええええええーーーーーッ!!!!!」




 あの女の絶叫がこだまする部屋を出たワタシたちは、


「まったく。人の家であんなに騒ぎやがって」

「あはははは……」


 リビングに来ると、プロテインバーを探し始めた。


「どこにあるんでしょう?」

「さ、さぁな……。ワタシより、お前の方がこの家のことは詳しいだろ?」

「それはそうなんですけど……」


 瑞樹が探し回っている一方で、ワタシはウロウロしているだけで、探し始めようとはしていなかった。


 ……プロテインバーよりも、あることで頭が埋め尽くされていたからだ。


「………………」


 それは、つい先ほどのことだった――。


 ニヤァアアアアア……ッ。


(…………ん?)


 ふと奈緒が不敵な笑みを浮かべたかと思ったら、


 ブゥッ、ブゥッ。


 デニムのズボンのポケットに入れていたスマホに通知が届いたため、ローテーブルの下でこっそりトーク画面を開いてみると、


『つばさ♪ つばっさ~~~♪』

『……なにが『つばっさ』だ』

『えへへっ。一度、こうやって呼んでみたかったんだよね~』


 目の前にいるのにわざわざメッセージを使ったということは、他の二人には聞かれたくないことなのだろう。


『ワタシに何の用だ?』

『このままだとフェアじゃないから、チャンスをあげるっ♪』

『……なんだと? なにが狙いだ?』

『狙いなんてないよ~。ただ……キス未遂事件のこともあったから、ねっ♪』


 …………っ!?


『……なるほど。だから、“チャンス”なんだな』

『そゆこと~っ♪』


 ……。

 …………。

 ………………。


 という経緯があって、奈緒が二人っきりの空間を作ってくれた。

 奈緒が言った“あの”事件については、まだ許していない。


(ワタシだって、ホントは…………)


 想像した瞬間、ブンブンッと首を横に振った。


(なにを考えているんだ、ワタシは……っ!!)


 あの女を自由にさせてしまった自分にも責任はある。

 だが。だからこそ、このチャンスを無駄にはしない。


「うーん……やっぱり、どこにもありませんね……」

「あ……」

「? もしかして、見つかっ…――」




 ――――――え。




 一方、その頃、羽交い締めにされている秋はというと、


「ぐっ……!! な、奈緒、いい加減にしろッ!!」

「やぁ~だね♪」

「あ……後で……覚えてろよ……ッ!」

「覚えとくから、今は私と一緒に遊ぼっ! ねっ、ねーーーーーっ♪」


 ――ギュウウウウウウウ~~~ッ。


「っ!? や、止めろ!! キツすぎ……ぎゃあああああああーーーっ!!!!!」




「凛堂……先輩……?」

「あっ……その、すっ、すまない……っ。つい躓いてしまって……っ」

「僕は大丈夫ですよ……でも……」


 リビングソファーに押し倒された形の瑞樹は、上から覆いかぶさったワタシをじっと見つめていた。


(これでいいんだ……これで……)


 コケてしまったていを装い、瑞樹を押し倒して一気に距離を詰める作戦。


 しかし、この作戦には大きな欠点があった。それは……


(この後……どうすればいいんだ……ッ!?)


 押し倒すことに成功したものの、そこから先のことは一切考えていなかったのだ。


「…………っ」


 ま、まずい……。


 頭に血が上ったように、急に視界がクラクラしてきた……。


 一方、押し倒された瑞樹はというと、


(先輩、どうしたんだろう……? なんだか顔も赤いし……。もしかして、怪我したんじゃ……っ!?)


 慌てて離れようとするが、突然首に手を回されて離れることができなくなってしまった。


「せ、先輩……?」

「………………」


 瑞樹の力では、つばさの腕力を振り解くことはできない。


(なにをしているんだ、ワタシは……)


 正直、自分でも、これからなにをしようとしているのかは……わからない。

 なにか言おうにも、咄嗟に言葉が出てこない。


 ――…でも。


「なぁ……瑞樹……」


 消え入りそうな声で…………囁いた。




「憶えているか? ワタシたちが……初めて会ったときのことを……」

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