第五章だっ!

第24話 突撃! あいつ/アイツの部屋!

 休日の昼下がり。

 暖かい日差しを浴びながら、とあるマンションの部屋の前で二人の少女が立っていた。


「………………」

「………………」


 その額から流れる滝のような汗は、直前まで運動をしていたからではない。


((こ、ここが……))


 表札ひょうさつには、はっきりとした字で『朝香』と書かれてある。

 そう。二人が今いるのは、朝香家の前だった。


 ……ごくっ。

 ……ゴクリ。


 二人の手には、それぞれ種類の異なる紙袋があった。その中には、つい先日、二人が出来心で触れてしまった瑞樹の体操服が入っている。


(ちゃんと洗って乾かしたが……)

(これで……ほんとに大丈夫なのか……?)


 秋は半袖シャツ、つばさはズボン。

 それぞれ、プロ顔負けの徹底した洗濯ぶりを発揮し、新品同様に仕上げた。

 そんな二人は奈緒に住所を教えてもらい、ここまで来たのはいいのだけど。


「………………」

「………………」


 インターホンを見つめたまま、二人は石のように固まっていた。

 ズーンっと重い空気を漂わせながら……。


「さ、先に押せよ……」

「いや、そっちが先に押せ……」

「いやいや、そっちが先に――」

「いやいやいや、そっちが――」


 ………………。


「……同時に押すか」

「……ああ。こうなれば、そうするしかあるまい」


 二人は目を合わせると、コクリと頷いた。そして、


「せーのっ! で、押すぞ」

「よ、よしっ」


 ドキッ……ドキッ……。


「「ふぅ……。せーーーーーのっ!!」」




 ………………………………………………………………………………。




「「押せよッ!!」」


 こんなときでも二人の息はぴったりだった。


(なんで押さないんだ、こいつ!?)

(フフフッ。その手に乗るものか!!)


 それからというと、


「「絶対に押せよ! せーの! …………押せよ!!」」


 このくだりが数十分も続いたのだった。


「「クソッ、今度こそ――」」


 ――ガチャリ。


「「…………ッ!!?」」

「……二人とも、さっきからなにしてんの? 思いっきり聞こえているんだけど」


 扉を開けて出てきたのは、シャツと短パンのラフな格好の奈緒だった。


「も、もしかして……聞こえていたのか……?」

「だから開けたんだけど。いつまで経ってもインターホンを鳴らさないから」

「「なん……だと……ッ!?」」


 落ち込んだ表情で、二人はおでこに手を当てた。


「はぁ……。約束の時間からとっくに三十分も過ぎているんだから、早く入りなよ」

「「三十分だと……!?」」

「私が嘘を吐くとでも?」

「「お、お邪魔します……」」


 家に入ると、まったく同じ動きで靴を脱いだ。

 ほんと、この二人は息ピッタリだなー。

 そんな二人を連れて廊下を進むと、


「あっ。ねぇ〜二人とも〜」

「「ん?」」


 奈緒は、ある部屋の前に止まった。扉には“みずき”と書かれた木のプレートがかけられていて…――


「ここは!?」

「まさか!?」

「瑞樹のお・部・屋、だよ〜♪」

「「…………っ!?」」


 奈緒の一言で、二人の目の色が変わった。


((この……扉の向こうに……っ))


 と心の中で呟きながら、二人は熱い視線を向けた。

 片方は鼻息を荒くしながら。もう片方は目を輝かせながら。


「やれやれ……」


 呆れた顔の奈緒が扉をノックすると、中から扉が開けられた。


「姉さん? 誰かお客さんが――…武藤先輩? それに凛堂先輩も。どうしたんですか?」

「「!! えーっと、それはだな…――」」


 二人は徐に瑞樹の前に並んで立つと、頭を下げると同時に各々が持っていた紙袋を差し出した。


「「ホントにすまなかった……ッ!! この通りだ……っ!!」」

「!?」


 瑞樹は驚いた表情を浮かべながら、二人を交互に見た。


「えっと……。とりあえず、中にどうぞ……」

「「お、お邪魔しま……おおぉ……っ!」」


 恐る恐る部屋に入ると、二人は口から声をこぼしながら室内を見渡した。


((ここが……瑞樹の部屋!! ――――…ザ・普通〜!!!))


 と、心の中で偽りのない本音ほんねを叫んだ。


 壁にポスターを貼っているわけでもなく、海外で売ってそうなアンティークものが置いてあるわけでもなく。


 ごく一般的な男子の部屋だった。


「あんたらさぁ~……はぁ。そこで変なことを考えている二人~」

「「なんだッ!!」」

「……いや、なんでもない……」


 自覚しているんかいっ!


「あ、あの……ジュース持ってきますけど。なにが飲みたいですか?」

「あっ。二人とも、飲み物持ってくるの、手伝ってー。てか、手伝え~。“義姉”の――」

「「是非っ、手伝わせていただきますッ!!」」


 高々と手を挙げると、二人はビシッと姿勢を正した。


「うむっ。では行くぞ、諸君!」

「「イエッサー!」」

「……なにをやっているんですか……先輩たち……」


 少し引き気味の瑞樹を先頭に部屋を出ると、


「…………っ」

「どうしたんですか、凛堂先輩?」

「す、すまない。トイレを借りてもいいか?」

「トイレはあそこです」


 と言って瑞樹が、部屋を出て斜め前にある扉を指さすと、


「ありがとっ!」


 つばさはお礼を伝え、足早にトイレに入っていった。


「ほほぉ~……」

「? 姉さん?」

「じゃっ、私らは先に準備を始めてますかーっ」

「う、うん」


 ………………。


「あっ……あのさ! あ、あたしも、実はちょうどトイレに行きたかったんだ! だ、だから、あいつが出てくるのをここで待って……」

「ふーん」


 じーーーーーっ。


「ぐっ……な、なんだよ!!」

「別に~」

「…………っ」

「……はぁ、しょうがないなぁ~」

「姉さん?」

「瑞樹、私たちだけで準備しよう~。ほら、ダッシュダッシュ~」

「ちょっ、そんな急に押さないでよっ」


 リビングに向かう二人の後ろ姿を見送ってから、秋は心の中でニヤリと笑みを浮かべた。


(ふふっ、作戦成功~……っ♪)


 それからの行動は早かった。

 素早く部屋に戻ると、窓側にあるベッドに注目を向けた。


(あそこで……っ、あいつが……っ)


 シンプルな枕に……シンプルなタオルケット……シンプルな……ベッド!!!!!


 やばい……。さっきから心臓がバクバク鳴ってる……。


「…………えへっ」


 自ずと不敵な笑みを浮かべた瞬間――




「うううぅぅぅぅぅ~~~…………とりゃああああああああああ~~~っ♪」




 秋はうさぎのようにぴょんっとベッドに飛び込んだ。


「えへっ、えへへへっ♪」


 タオルケットにくるまり、枕に埋めるその顔は、今までの人生で一番と言っていいほどにニヤけていた。


「ゴロゴロ~~~ゴロゴロゴロゴロ~~~♪♪♪」


 至福・極楽・安らぎ。その言葉の全てがここにあった。


 ここは…………あたしのオアシスだあぁぁぁ~~~っ♡




「――やっぱり」




「…………ハッ!!!???」


 慌てて扉の方を見ると、そこに立っていたのは……


「ワタシが少し目を離している隙に……」

「ど、どど、どうしてお前が……」


 トイレに入っているはずのつばさだった。


 目をパチパチしながら口を震わせるその様子は、秋が動揺していることをなによりも表していた。


「つ……遂に正体を現したなっ!? この変質者ッ!!」

「誰が変質者だっ!」


 すぐに言い返したものの、この場の状況的に否定できないのが苦しい点だ。


「早くそのベッドから離れろ……ッ!!」

「ど、退いたら、お前がゴロゴロすることくらいわかってるんだからなッ!」

「なっ!? そ、そんなことは……っ」

「目が泳いでるぞ? まさか、図星だったかw」

「!? そ……その口、今すぐに塞いでやるーッ!」


 そう言って、つばさがベッドに飛び込むことによって始まった、ベッドの上の格闘戦。


「こっ、こいつ……ッ!! 離れろ!!!」

「離すものかッ!! 貴様のような欲望の塊を、この部屋に放置しておくわけないだろ!!!」

「誰が『欲望の塊』だッ!! ブーメランが刺さっていることに気づいていないんじゃないか?」


 それから、なぜか枕の奪い合いに発展していると、


 ――ガチャリ。


「なにをしているんですか……先輩たち……」

「「あ」」


 部屋の扉を開けた瑞樹が見たのは、ベッドの上に寝転がる二人の姿だった。


 ………………………………………………。


 しーんっとした空気が部屋中を満たそうとした、そのとき。


「瑞樹~。そんなところでなにして…――あらあらっ。お二人さ~ん♪」


 ――ビクッ!!!


「ベッドの上で愛し合うなら、もっと声を押さえないと思いっ切り聞こえていたよー?」

「「――――は、はぁ……?」」


 二人は目を合わせると、改めて今の状況を確認した。

 乱れたお互いの服装。くしゃくしゃになったベッドのシーツ。

 傍から見れば、二人の少女がベッドの上で絡まり合っているように…――


「「ハァッ!! こ、これは違うんだ……ッ!!」」

「ご、ごゆっくり……」

「瑞樹……ッ!!?」


 ジュースが乗ったトレーをローテーブルの上に置くと、瑞樹は二人と目を合わせないようにしながら廊下へと消えた。


「ご、ごゆっくり……」


「「…………ああぁ」」

「あんたらさぁ~……もしかして、このために来たわけ?」


「「…………っ」」

「はぁー……」


 呆れを通り越して、ため息しか出ない奈緒であった――。

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