第18話 嫉妬とトスは奥深い
その日の昼休み。
僕は廊下を進みながら、さっきスマホにきたメッセージのことを思い返していた。
『昼休みになったら体育館に来て欲しい。いや、絶対に来てくれ!』
ここまで念を押されたら、行かないわけにもいかない。
まぁ、どっちみち行くんだけど。
(……それにしても、なんだろう?)
体育館、か。
「うぅーん……っ」
考えてもピンッとくる答えが見つからないまま体育館に入ると、バンッとボールが床を叩く音がした。
(この音は……)
中を見渡すと、手前にあるハーフコートの真ん中にバレー用のネットが立てられていた。
「おっ、来たな」
「凛堂先輩。えっと……」
「これのことか? 実はな――」
それから話を聞くと、どうやら四限目の体育の授業がバレーだったようで、そのために出したネットを昼休みに使わせてもらうことにしたらしい。
要するに、昼休みを使った自主トレだ。
「先生に頼んで、体育館を貸し切りにさせてもらった」
「へぇー。体育館って貸し切りにできるんですね」
「まあ。と言っても、『使ったものをきちんと片付ける』という条件付きだがな」
――…ここまではいい。問題はこれからだ……っ。
誰も人が来ないようにするために、自分なりに考えたこの作戦。
(ふふふっ……。我ながらいい作戦を思いついたものだ。これならば、二人だけの空間で……えへへへっ。おっと、ヨダレが……)
…………じゅるり。
「先輩?」
「!? …………お、オッホン!」
妄想は膨らむばかりだが、時間は限られている。片付けと着替える時間も入れると、三十分もないのだから。
よぉおおおおおーしっ!
「じ、時間も惜しいから、早速始めるとしよう!」
「は、はい。……って、あの、具体的に僕はなにをしたら……」
………………。
「んんー……そうだな……」
し、しまったぁぁあああーーーッ!!!
二人っきりの空間ということに浮かれていて、なにを手伝ってもらうのか全く考えてなかった……。
「と、とりあえず、そうだな……あ」
ワタシは、ちょうど手に持っていたボールに目が止まった。
……よしっ、これでいこう。
「じゃあ、お前にはトスを上げてもらおう。スパイクの練習のためにな」
「わ、わかりましたっ。えっと……」
その後。ワタシの説明を受けて、瑞樹は、ネットの中央の前に立った。
「ここですか?」
「そうだっ。そこからネットに沿って山なりにボールを上げてくれ」
「ネットに沿って……じゃ、じゃあ、いきますよ……っ」
「あっ、待て」
「? なにか間違っていましたか?」
「いや。ボールの上げ方のレクチャーをしていなかったと思ってな」
「上げ方、ですか?」
「ああぁ。さっきみたいに下投げでボールを上げようとするのではなくーー」
ワタシは瑞樹がわかりやすいように、自分の手を使って説明することにした。
「おでこの上で、両手の人差し指同士と親指同氏を繋げて、
「こうですか?」
「そうだっ。その手の形のままボールを上げることを、“オーバーハンドパス”と言うんだ」
「へぇー」
瑞樹の興味津々な顔……っ。
はぁ~~~……最高……っっっ。
「それで、この後はどうするんですか?」
「……ん? あっ、そうだなっ!」
「?」
「っ…………ゴッホン! この後だが。いらない力を抜いて、来たボールを弾くんだ。もちろん、上げるときに音を立てたらダメだ。反則になるからな」
「力を抜いて……ボールを弾くイメージ……」
教えられたことを口ずさむと、瑞樹は手に持ったボールを額の上に構え、山なりを意識してボールを上げた。
すると、ボールはコートのラインギリギリの位置に落ちた。
「えっと、これでいいんですか?」
「筋はいい。だが、できればもう少し高く上げてくれないか?」
「わ、わかりましたっ!」
アドバイスを受けながら、ボールを上げる練習を繰り返すと、
「よしっ、段々と慣れてきたな。あとは、こっちとタイミングを合わせるだけだ」
「タイミング……なんだか難しそうですね……」
それはそうだ。タイミングを逃せば、一気に状況が不利になるのだからな。
「バレーは
「阿吽の呼吸、ですか」
「一本打つために、二人が呼吸を揃えるんだ。さっきも言ったが、
「……わかりましたっ。やってみます」
ケースからボールを取ると、一度呼吸を整える。
「…………じゃあ、いきます」
そう言って、さっきよりもボールを高く上げた。
「……よしっ、いいぞ」
ワタシは一歩二歩と助走をつけると、三歩目で大きく踏み込み、高くジャンプした。そして…――
バァッン!!!!!
上から落ちてくるボールを、鋭い一線で相手コートに叩きつけた。
スパイクが決まったことがわかり、ワタシはホッと息を吐いた。
「とりあえず、こんな感じだ。一定のリズムと、お互いの呼吸を揃えることで初めて――」
「やったーっ! 先輩っ!」
「んん?」
瑞樹は徐に両の手のひらをこっちに向けた。
「!! …………っ」
一瞬目を丸くすると、周りをキョロキョロしてからハイタッチを交わした。
――パチンッ。
「先輩っ、すごいですよっ! 僕、びっくりしましたっ!」
「そ、そうか……?」
「はいっ! 一瞬、雷が落ちたのかと思いましたよ!」
「お、大袈裟なヤツだな……っ」
「大袈裟じゃないです。本当にそう思ったんですから」
「ほ、褒め言葉として受け取っておこう……。ハハ……ハハハハ……ッ!」
無理矢理笑ったからか、変な声が出てしまった。
……は、恥ずかしい……っ。
「ぷふっ……あはははっ!」
「!? わ、笑うなっ!!」
「だって、あはははっ!」
「くっ……っ」
ワタシは手のひらを見つめると、一瞬だけニヤッと笑みを浮かべたのだった。
……。
…………。
………………。
「よしっ。時間も時間だ。ここまでにしよう」
昼休みが終わる十分前。
これからパパッと片付けて着替えを済ませれば、午後の授業には間に合うだろう。
「お、お疲れ様でした……。ふぅ……疲れたぁ……」
瑞樹は額に汗を浮かべながら、床に座り込んだ。
「いい運動になっただろ?」
「はい……。先輩は疲れてないんですか……?」
「あれくらい、ウォーミングアップのようなものだ。部活の練習はもっと厳しいぞ?」
「ほ、本当ですか……? でも、その割にはたっぷり汗かいているみたいですけど……」
今も、滝のようにかいている汗を念入りにタオルで拭いていた。
「!! こ、これは……そうっ、練習した証拠だっ!!」
「証拠というより、“証”の方がしっくりきませんか?」
「なに? ……フッ。そうだな」
証、か……っ。
「ボールを――」
「ん?」
「ボールを上げるだけなのに、結構キツイんですね……」
腕立て伏せをした後のように腕がパンパンだ。
「そんなの当たり前だ。セッターは、バレーにおいて重要なポジションの内の一つ。なにせ、チームの司令塔なんだからな」
「じゃあ、トスが上手い人がなるんですか?」
「それもあるが、状況を瞬時に把握できる能力がないと難しい。レフトに上げるのか、それともライトに上げるのか。もしくは、上げるふりをして相手コートに落とすのか。その他も含めて、セッターはやることが多いんだ」
「へぇー」
…………瑞樹とこんなに長く話したのは、いつ以来だろう。
なかなか二人だけになるきっかけを作れずにいたから、そう感じるのかもしれない。
「…………っ」
ワタシは、取り外したネットをキレイに畳んでいる瑞樹の方を見た。
(アイツも……ああいう可愛い方が……いいのかな……)
別に、職員室で見かけた二人の仲睦まじい光景を見て、嫉妬しているわけではない。
(嫉妬しているわけ……はぁ……)
中学時代の家庭科部の部員で、同じクラスの同級生……。
(今のところ、勝ち目がねぇ……)
瑞樹からは背中越しで見えないだろうが、今のワタシの表情は、恐らく“恋する乙女”そのものだ。
鏡を見なくてもわかる……。
『――変に意識せず、至って自然体の方がいい』
とアイツの姉にアドバイスされたことがあったが……意識しない方が無理な話だ。
……だが、あのゴリゴリ女より一歩も二歩も先に進むには、このシチュエーションを生かさない手はないっ!
(ワタシは、必ずやり遂げてみせるっ!)
じーーーーーっ。
(……!? に、睨まれてる……? 畳み方、間違っていたのかな……?)
不安になりながら、なんとかキレイに畳んだネットを床に置くと、
「すまないが、反対の方を持ってくれないか?」
「あっ、はい」
立てたままだった二本の支柱を外し、二人で倉庫の中に運んだ。
その後。回収したボールを入れたケースと一緒にネットを中に運び終えると、
「よしっ。後は戸締りを済ませて、職員室に鍵を返しに行けば終わりだ」
「ふぅ。お疲れ様でした……っ」
もう、終わりか……。
「? 先輩、どうしたんですか?」
「!? な、なんでもない……あ。練習、手伝ってくれてありがとう。今度、なにかお礼でも――…ッ!!?」
「え――」
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