第17話 恋する乙女は決意する

「はぁ……。あたしとしたことが……」


 課題の提出期限って、どうして忘れちゃうんだろう?

 日にちを忘れないためにわざわざ手の甲に書いたりしたのに、忘れてしまう。

 まあ、今回は手を洗ったから消えちまったんだけどなー……。


「えへへっ」

「……どうして付いて来るんだよ。課題を職員室に出しに行くだけだぞ?」

「秋と一緒にいたら、なにか起きそうだから~♪」

「あたしと一緒にいたら、なにが起きるんだ?」

「さぁ~ねぇ~?」

「なんだよ、それ。説明にもなってねぇぞ」


 と呟きながらあたしが職員室の扉を開けると、


「「あ」」


 待っていましたと言わんばかりに、正面にアイツが…――


「!? お前……っ!!」

「!? 貴様……っ!!」


 二人が出会うことで始まることと言えば、一つしかない。


「「ど、どうしてお前がここにいるんだッ!?」」


 おぉ~今日も息ピッタリ。


「そこを退け! あたしの方が先だっ!」

「なんだと!? ワタシの方が先だッ!」


 バチバチ……ッ。


 二人の視線がぶつかり合う。


「あたしの方が一歩早かった!」

「いいやっ、ワタシの方が二歩早かった!」


 ほんと……毎度、毎度、よく飽きもしないで……。


「「なんだと〜ッ!? ぐぬぬぬぬ…………フンッ!」」

「相変わらず仲いいねぇ~」

「「よくないっ!」」


 ここまで来ると、実は双子なんじゃないかと疑ってしまう。

 確か、二人の誕生日って…――


「……コホン。職員室の中では静かにしてくださいね」


 と、近くにいた国語担当の先生に言われて、


「「ご、ごめんなさい……」」


 さっきまでの威勢が一瞬で消え失せていた。

 さすがに怒られたらそうなるよねー。

 それにしても、


「あははっ。やっぱり似た者同士――」

「「似てないっ!!」」

「ゴッホン」

「「…………っ」」


 ぷふふっw


「と、ところで、お前たちはなぜここへ?」

「この通り、課題のノートを出しに来ただけだ。呼び出しを食らった奴と違ってな!」

「なっ!?  ワタシは、職員室に用があっただけだっ!」

「呼び出されて𠮟られてたんだろ? あんまり悪いことすんなよー?w」

「違うッ! ワタシはただ、練習メニューの相談で…………え」

「ん? どした?」

「つばさ?」


 あたしたちはこの女の視線の先に顔を向けた。


「!? あ、あれは……っ」


 そこには、反対側の扉から入って来た瑞樹と…………女子生徒の姿があった。


「あらぁ~。瑞樹ったら、いつの間にあんな可愛いガールフレンドを――」

「「ガールフレンド……ッッッ!?」」


 いつもなら、顔を合わせるなり喧嘩を始める二人なのだけど。

 こと今回に関しては、そんなことをする余裕はなかったようだ。


「あ、あああ、あいつ……っ!」

「ワタシの……目の前で……ッ!」


(おぉ、燃えてるねぇ~)


 すると、次の瞬間。

 こっちの視線に気づいたのか、瑞樹が見てきたため、二人は慌てて私の後ろに隠れた。

 しかし、二人が隠れるほどのスペースはなく……。


「狭ぇよ! もっとそっちに寄れ……っ!」

「そっちこそ、もう少し寄れるだろ……ッ!」


 背中越しに感じる体温の熱さ。


(二人とも……暑苦しいねぇ~)


 某有名海賊漫画に出てくるキャラクターのような口調で呟くと、


「奈緒っ! お前もっと太れよ!!」

「ワタシたちが隠れられないではないかッ!!」

「無茶言わないでよ~。これでもか弱い“乙女”なんだから~っ」

「………………」

「………………」

「ちょっとそこーっ。無視しないでもらえますかー?」


 急に喋らなくなったと思ったら、ノートを運んできたらしい二人を無言で観察していた。


(はぁ……。気になるなら聞きにいけばいいのに……)


 いつもの勢いはどこへ行ったのやら。

 と、私が心の中で呟いている間、二人はそれぞれ別のことを考えていた。


「むぅ……」


 秋は、自分と違ってきちんと制服を着ているところに注目した。


(あのリボン……入学して一週間でなくしたっけ……。今どこにあるんだろ……)


 自室のベッドの下に落ちているが、それに気づくのは、まださっきの話。


「ふむ……」


 つばさは、自分とは違う小柄で可愛らしいところに注目した。


(背が高くて、ゴツゴツしているワタシとは大違いだな……。ちょっと羨ましい……)


 珍しく弱気になっている自分に、ただ落ち込むことしかできなかった。


(あの二人の関係がどうしても気になる……)

(気になるが、こいつが聞きに行くわけない……)


 じーーーーーっ。


「……ん、んん?」


 後ろから自分を見つめる視線を感じて振り返ると、二人が自分を見ていた。


「なにかなー? お二人さん」


 二人の考えていることが、手に取るようにわかる。

 瑞樹と同じで、ほんとわかりやすいな〜っ。


 ………………。


 一瞬の間の後。二人はなにも発さない代わりに、アイコンタクトで伝えてきた。


『聞いてこいっ』


 ……っと。


「はぁ……しょうがない。ちょっと聞いて来るから、そこで待ってな♪」


 白い歯をキラッと光らせると、


「早く行って来い」

「帰ってしまうぞ」

「……はいはい、わかりましたよ~……フフフッ」


 私は不敵な笑みを浮かべながら、二人の元に向かった。




(なにを話しているんだ……?)

(き、気になる……)


 奈緒は瑞樹たちとなにかを話すと、スキップしながら戻ってきた。


「……どうしてそんなに楽しそうなんだ?」

「えへへへっ」


 二人は顔を合わせると、同じように首を傾げた。


「それで、話は聞いてきたんだろうな?」

「うんっ。けど、教えてあげな~いっ♪」




 ………………………………………………………………。




「「…………はぁ?」」


 おぉ〜おぉ〜いい反応〜♪

 片方は目を見開いていて、もう片方は目をパチクリしている。


「そ、それは、どういうことだ!!」

「説明を求むッ!」

「だって~。聞いてこいって言われただけで、それを教えてほしいなんて一言も言われてないんだもんっ♪」

「「な、なにィィィ……ッ!?」」

「――オッホン。職員室の中では静かに」

「「ご、ごめんなさい……」」


 あぁ~あ、怒られちゃった~。

 すると、二人はヒソヒソ話をするかのように小さな声で言った。


「どうして教えてくれないんだ……!?」

「貴様のお遊びに付き合っている場合では……」


 ……はぁ。まったく、この二人ときたら……。


「逆に聞くけど。どうして、聞きに行かなかったの? あの二人の関係が気になるのなら、自分から聞きに行けばいいじゃん」

「!! そ、それは……」

「つばさはどうなの?」

「っ! ワタシは……っ」


 二人は恥ずかしそうに顔を俯かせた。


(……やっぱり、そういうことね)


 二人は、瑞樹を前にすると素直になれない。だから、面と向かうと、気持ちとは裏腹に強がってしまう。


 顔に出ずともその内心は、不安で不安でしょうがない。


 とことん私に頼る本当の理由は、それだ。


(……やれやれ。こうなったら――)


 私は、『敢えて』二人に追い打ちをかけた。


「協力すると言ったのはこっちだけど。最近、ちょっと甘えすぎじゃない?」

「「…………っ!!」」


 今の二人の反応を見るに。図星だな、これは……。


「はぁ……」


 今日一のため息をこぼしてしまったが……ここは、ガツンと言っておかないと。


 私は覚悟を決めると、とどめと言わんばかりに言い放った。


「自分の気持ちに素直になれないくせに、彼女になれると思うなよ。――――小娘ども」

「…………ッ!!?」


 ……ゴクリ。


 私の迫力に押されて、二人は唾を飲み込んだ。


(……奈緒の言う通りだ……っ。頼りすぎるあまり、どんどん攻めていくことを忘れていた)

(礼を言わないといけないな……。確かに、ワタシ自身の力で掴まなければ、それは本物とは呼べない)


 うんうんっ。やっぱり、恋は自分の力で立ち向かっていかなきゃねっ♪


「ふふっ……あ。言い忘れてたんだけど」

「なんだ?」

「?」

「瑞樹と一緒にいるあの女の子。中学のときの家庭科部の部員ちゃんだった〜っ」

「………………」

「………………」

「いや〜、すっかり忘れてー……って、あれ?」


(あたしはやるぞっ! 絶対に……あいつに告白してやる!!)

(ワタシの力……見せてやるから、待ってろよッ!!)


「聞いてますか~? おぉ~いっ。…………ダメだこりゃ」


 どうやら、あたしの声はまったく届いていないらしい。


 私の言葉に触発され、二人は気合いを入れ直したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る