第16話 服を着ない理由

「ああぁー……疲れたー……」


 私はソファーにふんぞり返ると、缶のコーラのフタに指をかけた。


 ――プシュッ!!


 いい音だ……っ。やっぱり、コーラは缶に限るってもんよ……!


 ゴクゴクッ……ゴクゴクッ……


「っ…………ぷはぁあああああ〜っ!!」


 はぁ~……最高~……っ。


「ふぅ……。おっと」


 ビールでもないのに泡がこぼれてしまった。

 まぁ、後で拭くからいいや。拭く気力も残っていないしー……。

 と心の中で思いつつも、ティッシュでキレイに拭き取ったのだった。


 ちなみに、コーラは箱買いをしているため、家に常備されている。

 段ボールから必要な数を出して、冷蔵庫に足すようにしているのだけど。

 冷蔵庫の一角を占拠しているため、母親からは早く飲むようにと常に言われ続けている。


(箱買いの方がお得なんだから、買っちゃうのはしょうがないよねー)


 と心の中で呟きながらテレビを点けると、


 ピロリンッ……ピロリンッ、ピロリンッ……ピロリンッ、ピロリンッ、ピロリンッ……。


 ローテーブルの上に置いたスマホから通知音が鳴った。それも連続で……。


(今日も今日とて……やれやれ。またやってるよ……この二人……)


 面と向かって言い足りないのか、最近はグループでやり合いをしている。

 最初は面白がってたまに絡んだりしていたけど。

 あんな毎日のようにやって、よく飽きないもんだねぇー……。


「はぁ……」


 二人が『闘い』という名の『喧嘩』を始めて、二週間。

 相変わらずと言うべきか。二人は顔を合わせるたびに、


『邪魔だっ! 道を開けろ!!』

『ワタシが通る道を塞ぐなッ!』


 喧嘩……


『なんだと~ッ!? 表に出ろ!』

『しょうがない。相手をしてやろうッ!!』


 喧嘩……


『力だけは……一丁前だな……っ! この……金髪怪力女!』

『ギャーギャー鳴くことしかできないその口を……この拳で粉砕してやる……ッ!!!』


 喧嘩……の繰り返し。よく飽きもしないで続けられるなぁー……。

 と心の中で呟いていると、それぞれのトーク画面にメッセージが送られてきた。


『あの女をギャフンと言わせたいから、力を貸してくれ!』


 秋……。


『ファーストキスを奪ったあの女に、ワタシは負けるわけにはいかなんだッ!』


 つばさ……。


 喧嘩しながらよくメッセージを打てるなー。

 二人ってそんなに器用だったっけ? ……まあ、いっか。

 今はそんなことより、『二人が私に頼りすぎ問題』を……なんとかしないと……。

 ちょっと最近、手を貸し過ぎているかもしれないから。

 まあ、頼って来るのは別に構わないし、こっちとしても面白いからいいんだけど。


「うーん……ここは一度、ガツンと一言――」


 そのとき。ガチャリと扉が開くと、コップを手に持った瑞樹がリビングに入ってきた。


「姉さん、なに見てるの?」

「ん?」


 どうやら、点けっぱなしだったテレビを私が見ているのだと思ったようだ。


「あっ。そのドラマ、確か最近流行っているんだよね」

「へ、へぇー。そうなんだ」


 瑞樹曰く、今期注目のミステリードラマらしい。

 正直、全く知らない。

 流行物を知らないJKってどうなんだろ? うーん……。まあこれが自分のスタイルだし、別にいいや!


「でも、珍しいね。姉さんがミステリー系を見るなんて」

「んんーっ。まあ、たまには、ねっ」


 それから、瑞樹と一緒に初見のドラマを見始めたのだけど。

 物語の内容が気になりだしたのもつかの間、エンディングが流れる五分前ということもあって、醍醐味であるミステリーを解く前に犯人を知ってしまうという。なんとも複雑な気分だった。


「………………」


 ちなみに、ドラマを集中して見ていた瑞樹はというと、


「えっ!? あの人が……!?」


 どうやら驚きの展開が起こっていたらしい。


(き、気になる……っ)


 そんな反応を見せられたら、一話から見たくなるじゃん!

 忘れないようにメモメモ……っと、あれ? スマホはどこに――


「ね、姉さん、えっと……」

「ん? どしたー、弟よ?」


 スマホを探す手を止めて顔を向けると、


「……家の中とはいえ、さすがにその恰好は……」

「恰好?」


 すっかり忘れていた。私、今下着しか着ていなかったんだ。


(タオルだけのときといい……姉さんって、もしかして“裸族”なのではないだろうか)


 ……ここは一度、追及した方が良さそうだ。


「どうして、いつもお風呂から上がったら服を着ようとしないの?」

「うぅ〜ん。暑いからっていうのと、単純に服を着るのがめんどくさ~いっ」

「面倒くさいって……。だとしても、せめてリビングにいるときくらいは着てよ……」

「しょうがないなぁ~。弟のお願いを聞いてあげるのも、姉の務めっ!」

「………………」

「やれやれ。ここは一発、姉としての振る舞いっていうものを見せて――」

「じーーーーーっ」

「ふゅっ……ふゅ~ふゅ~……ねぇ~瑞樹~っ」


 ワザとらしい口笛は一旦、無視するとして……。


「なに?」

「えへへっ。これから服着るから、あっち向いててねー♪」

「!! 姉さん、また……はぁ」


 瑞樹はため息をこぼすと、扉の方へと体を向けた。


(ほんと、可愛い弟だな~っ。あの二人のどちらかに渡すなんて勿体ないっ)


 そんなことを思いながら服を着ようとしたのだけど。


「ねぇー、瑞樹~っ」

「……次はなに?」

「悪いんだけど、着るものを取ってきてくれな~い?」

「……それくらい自分で取りに行ってよ」

「あははは~っ。はーい♪」


 私はソファーから立ち上がると、軽い足取りで扉の方へと向かった。


「まったく……」

「あっ、ねぇ瑞樹」

「ん? なにか忘れ物?」

「…………いや、なんでもないっ♪」


 いつものようにはぐらかすと、私は廊下の方へと向かった。


「……?」


 訳がわからず、瑞樹は首を傾げていたのだった。




 女の子同士のキスを見た感想を聞こうと思ったけど。


(また今度でいいや♪)

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