第14話 恋する乙女の闘い? -打ち上げ?-
近くにあるファーストフード店の一角。
窓際にある四人がけのテーブル席に、僕たちはいた。
「打ち上げだ~っ! 食べるぞ~~っ!! 飲むぞ~~~ッ!!!」
「!? ね、姉さ――」
「おいっ、静かにしろ」
「他のテーブルにも人が居るんだぞ」
店内に響き渡る姉さんの声は、周りにいたお客さんの視線を一気に集めていた。
しかし、じーっとした視線を向けられるも、姉さんはルンルンっと楽しそうに頭を揺らしていた。
……それとは対照的に、先輩たちの間には、
「………………」
「………………」
ピリッとした空気が漂っていた。
「あの、先輩たち……」
「「なんだ?」」
「あ、いえ……なにも……」
二人は姉さんの隣が空いているというのに、なぜか僕を挟む形で席に座った。
(狭いのに、どうして……ん?)
そのとき、凛堂先輩の方から微かにいい香りがした。
(これは……あ、間違いない。この香りは……)
――あの『場所』で感じたのと同じ柑橘系の香りだ。
「……なんだ?」
「な、なんでも……あははは……はぁ」
ため息を漏らしながら、日が沈んでいく空が映る窓に顔を向けた。
別に、外を見たかったというわけじゃない。
ただ、こうしていないと…………この空間に耐えられそうにないからだ。
(はぁ……。どうして来ちゃったんだろう……)
遡ること、二十分前――。
グラウンドで別れた後、家に帰った僕がリビングで本を呼んでいると、姉さんからメッセージが届いた。
『今すぐ、駅前に集合〜! 早く来た方がいいぞ~? 十以内に来ないと……ふふふっ』
この一文のあまりの恐ろしさに、僕は外着に着替えるなり急いで向かった――。
「ど、どうも……」
「み、瑞樹!? どうしてお前がここにいるんだ……!?」
「おいっ、なにも聞いてないぞ!?」
「えっと、姉さんに呼ばれて……」
………………。
一瞬の間の後、
「「…………あ」」
武藤先輩は一口サイズのメロンパンを口に押し込み、凛堂先輩は首から下げていたタオルを後ろ手に隠した。
「ゴホッ……! ゴホゴホ……ッ!」
「こ、これは違うんだっ! なにが違うのかは……言えないが……っ」
一人はむせて
「先輩たち、どうしたんですか?」
不思議な顔で首を傾げた。
「えっと……とりあえず、中に入りませんか? ここだと通る人たちの邪魔になりますから……」
「そ、そうだなっ!」
「邪魔になるといけないからな、うんうんっ!」
「ぷふふっ……w」
「「笑うなッ!!!」」
それから、近くにあったこのお店に入ると、
「じゃあ私たち先に行っているから、二人でなにか適当に買ってきてねー。行こっ、瑞樹♪」
「「おっ、おい!」」
二人に注文を任せ、席を確保するために二階に上がった。
「二人だけにしてよかったの?」
「ん? んん~っ、まあいいんじゃない?」
「いいんじゃないって……姉さんは二人のことが心配にならないの?」
「ならないっ!!」
「そ、即答……」
「だって、気にしたってしょうがないでしょ? あの二人なんだからさー」
「そう言われたら……そうかもしれないけど……」
それにしても、どうして勝負なんてしていたんだろう? 姉さんに聞いても教えてくれないし。
「今、二人のこと考えてる?♪」
「……まぁ、いろいろと……」
「そっか〜っ。二人のことをねぇ〜」
『はっくしゅん……っ!!』
「あっ。今頃、二人揃ってくしゃみしているかもよ?」
「え?」
『はっくしゅん……っ!!』
「あっ、またしたかも」
「ええ? どうして、そんなことがわかるの?」
「ふふふっ。内緒♪」
姉さんが不敵な笑みを浮かべるのは、作戦を立てているときか、作戦がうまくいっているとき、もしくは作戦がうまくいったときだ。
「………………」
「あっ。あそこの席に空いてるねーっ」
姉さんが指さした窓側のテーブル席に来ると、テーブルを挟んで向かい合うように座った。
「……姉さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「おや~? もしや、恋の悩み――」
「違うよ?」
「あっ……ご、ごっほん! でっ、なにかな~?」
「えっと……先輩たちのことなんだけど……」
やっぱり、気になるんだぁ〜♪ それってもしかして…………ふふふっ♪ 妄想が捗っちゃう……っ♡
「二人がどうしたの~?♪」
また不敵な笑みを浮かべている姉さんに、僕は言った。
「あの二人って、もしかして……」
「うんうんっ♪」
「両想い……?」
「………………………………はぁ?」
「ほ、ほらっ、喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ? お互いに素直になれないだけで、本当は……」
「えーっと……。なにが、どうなって、そうなったのかはわからないけど。それは絶対に『違う』とだけ言っとく」
「えっ、そうなの? じゃあその根拠は?」
「……な、内緒……っ」
「ええぇ……」
これも、内緒……?
自分なりに考えてみたんだけどなー……。
「ふんふんふ~ん♪」
すると、階段の方からリズミカルな鼻歌が聴こえてきた。
「ぐぬぬッ……。どうして貴様の分までワタシが払わなければならないんだっ!」
「じゃんけんで負けたからに決まっているだろ?」
「さ、三回勝負と言ったのはそっちだ! それなのに、一回で止めやがって……ッ!!」
「あははははっw」
「クッ……。百歩譲って奢るまではいいが……さすがにこれは買いすぎだろッ!?」
「ん? まあ、いつもそれくらい食うからなー」
「一気に二十個も頼むヤツがどこにいる!? だから、太って――」
「はぁあああ!? 誰が太っているって!?」
「うるさい! 黙れッ!!!」
聞き慣れた言い合い? とともに山のようなハンバーガーと、人数分の飲み物が乗ったトレーを持って二人が上がってきた。
「おぉーいっ、こっちこっち~」
姉さんが手を振ると、二人は目の色を変えてタタタタッと早歩きで席まで来ると、
「あたしがこっちだっ!!」
「ワタシがこっちだッ!!」
なぜか僕の隣の席を巡って、また言い合いが始まった。
「先輩たち……他の人たちが……」
「こいつ……って、どうしたんだ?」
「ワタシならいつでも相談に乗るぞ? この女と違ってな!」
「はぁ~?」
「なんだ、その目は。やるつもりか?」
バチバチ……ッ。
(ありゃ~。また始まっちゃった~……っ)
「「ぐぬぬぬ……ッ!!!」」
火花を散らしながらの睨み合いが始まった。
「先輩たち……落ち着いて……っ」
僕はなにもできずに、ただその様子を見守ることしかできなかった。
「う~ん……あ。じゃあ三人で座ればいいじゃん♪」
「「「…………え?」」」
その後。姉さんの天の一声? もあって、二人が僕を挟む形で座ることになったのだった。
「………………」
「………………」
「えーっと……」
混沌とした空気が漂うこちら側と違い、この状況を作り出した張本人である姉の方はというと、
「ぷふふっw」
ジュースを飲むふりをしながら、必死に笑うのを堪えていた。
(姉さん……それで隠しているつもりなんだろうけど。思いっきりバレてるよ……?)
こっちにバレバレなのは、恐らく……わざとやっているな。
はぁ……。二人に気づかれても、僕は知らないよ……。
「………………」
「………………」
「あ、あの……」
「「なんだ?」」
「っ……えっと……そろそろ食べませんか……? ……冷めちゃいますよ?」
と言っても、ハンバーガー……もう冷めちゃっているんですけどね……。
トレーが運ばれてきてから、かれこれ、数十分は経とうとしているのだから。
「あ、ああ、そうだな」
そう言って武藤先輩は、山の中からハンバーガーを一つ手に取ると、大きく開けた口でそれを迎え入れた。
「!! うまぁあああ~いっ!」
どうやら、味が良ければ冷めていることは気にならないらしい。
「!? み、瑞樹っ! このポテト、いるか……?」
「? もらっていいんですか?」
「も、もちろんだっ。食べてもらおうと思って、注文したからな」
「僕に?」
「!? そ、そこはいちいち気にするなっ」
「わ、わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて……」
お礼を伝えて僕が受け取ろうとすると、
「よ、よかったら……その……っ」
「?」
「あ、あーん……――」
手を震わせながらポテトを近づけてきた、そのとき。
「ひほのめも前へなにをひてやがうんだっ!!」
口がパンパンな武藤先輩が、大きな声でなにかを叫んだ。
「? あの、うまく聞き取れなかったんですけど……」
「口の中に入っているものを飲み込んでから喋ろ。行儀の悪い」
と言われて眉をひそめると、紙コップの中のコーラを一気に喉に流し込んだ。
「――ッ!? ごほっ! ごほぉ……っ!」
そして案の定、むせるという。
「ひ……人の目の前でなにをしてやがるんだっ!!」
「これはお裾分けだ。瑞樹がジュースしか頼んでいなかったからな」
「お裾分けだとー? それなら、どうしてあんなことをしようとしたんだー?」
あんなこと?
「フンッ。夢中になってバーガーを頬張る誰かさんと違って、ワタシは周りをよく見ているんだっ」
「話のすり替え、下手くそすぎるだろ!」
「先輩? どうしてそんなに怒って――」
「お前もお前だ。こいつなんかの誘惑に惑わされやがって!」
「な、なにが誘惑だッ!! ワタシは、ただ純粋にポテトを――」
「へぇー。純粋って言う割に、顔はニヤニヤしていたけど~?♪」
「……っ!?」
姉さんのまさかの参加に、思わずたじろぐ凛堂先輩。
するとその隙を狙っていたかのように、ハンバーガーをこっちに向けた。
「瑞樹ッ! お前に……このハンバーガーを食わせてやるッ!」
「へっ?」
「ほら、早く口を開けろッ! 口を開けろーッ!!」
「ほ、ほうへふか?」
「っ!! そうだ! よしっ、じっとしていろよー……っ」
「貴様こそ、人の目の前でなにをしているんだッ!」
「うっせぇ!! 今はあたしの番なんだよっ!」
そして、またまた二人の喧嘩が始まった。
(というか、わざわざ闘わせなくても、勝手にやってくれるじゃん。はぁー……。なんだか疲れちゃった~……)
急に眠気が押し寄せてくる、奈緒であった――。
―――――第四章へと続く―――――
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