第13話 恋する乙女の闘い? -3-

 その日の放課後。


「えーっと……せ、先輩たち……?」

「………………」

「………………」


 ピンッと張り詰めた空気の中、グラウンドの真ん中で向かい合った二人の間には……


 バチバチ……ッ。


 なかなか消えそうにない火花が散っていた。


「次を勝てば、二勝一引き分けでワタシの勝ちだ!」

「ふんっ! あたしが勝って振り出しに戻してやる!」

「やれるものならやってみろッ!!」

「ああッ! 言われなくてもやってやらあああッ!!」


 バチバチ……ッ。


 僕の知らないところで、一体なにが行なわれていたんだ……!?


「瑞樹、見ていろ! ワタシが勝利する瞬間を――」

「ほほぉ~? そう言う割には、額に汗が浮かんでいるのは見間違いかな~?」

「……なんだ、今の音は? そうか、ハエが飛んでいる音か。どうりで耳障りな音だと…――」

「!? い、いい気になるのも今の内だ……っ!!」


 舌戦ぜっせんだけでは収まらず、お互いのひたいを激しく擦りつけ合うと、


「「ぐぬぬぬぬ……ッ!!!!!」」


 食いしばった歯の隙間から声が漏れていた。


「あの……」

「そうだ、お前がスタートの合図をしろッ!!」

「え?」

「ワタシも、それがいい!!」

「で、でも……」

「「早く!!」」

「あ、はい……っ!」


 慌ててスタート位置に立つと、二人はスタートラインの前でクラウチングスタートの体勢を取った。

 すると、ふらりと横に来た姉さんが「おっほん」と咳払いをして言った。


「第三種目――――『百メートル走』!!!!!」


 ワァァァアアアアアアアアアーーーーーッッッ!!!!!


「……ん?」


 ふと周りを見ると、いつの間にか女子陸上部の面々が集まっていた。


「秋~っ! 陸上部の意地を見せろ~!」

「負けんじゃないわよーっ!!」

「ああ! 任せろ!」

「えっと……いいですか?」

「ああッ!!」

「構わん!」

「じゃ、じゃあ……位置について……よーーーいっ」


 グラウンドから雑音は消え、緊張感だけが増していく。

 ……ゴクリ。

 自分の喉を鳴らした音だけしか耳に入ってこない。


「………………ドンッ!!!」


 それは、一瞬のことだった。

 二人は風を切り、大地を駆ける。


「行っけえええええーーーっ!!!!!」


 砂ぼこりが舞う中、私はその小さくなっていく背中を目で追った。

 正直、痛くて開けてられないけど。

 泣いても笑っても最後の一発勝負。


(この闘いの『審判長』として、その勇姿を見届けないと……っ)


 そんなことを考えている間に、二人はコーナーを回り、ほぼ横並びで最終局面へと突入した。


 ゴールラインまで、残り……三メートル……ニメートル……一メートル……


「かっ、勝ったぞーーーーーッ!!!!!」


 武藤先輩が雄叫びを上げた。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ」


 凛堂先輩も速かった。しかし、本領を発揮した武藤先輩には及ばなかった。


「よしっ、あたしの勝ちだなっ!!」

「ク……クソッ……!」


 膝に手をつく凛堂先輩に対して、武藤先輩は涼しい顔で仁王立ちしている。

 それこそまさに、勝者の姿だった。


「だが、これで一勝一敗一引き分け。決着は……まだついていないぞッ!」

「やるか? あたしはいつでも――」

「そうだよねー。じゃあ~……最後は公平に、じゃんけんで決めよう♪」




 …――――――――――――――――――――――――。




「「…………はぁ?」」


 二人は目をパチクリさせると、姉さんに詰め寄った。


「じゃんけんで決めるだと?」

「急になにを言い出すんだ?」

「えへへっ。実は、最初から決めてたんだよねー。最後はじゃんけんって♪」


 ニコッと笑みを浮かべている奈緒に、二人はそれ以上なにか言おうにも言えず、


「じゃんけんか……。まあいいだろう」

「フンッ。望むところだ」


 渋々しぶしぶ、提案を受け入れたのだった。


(本当は、楽しめるだけ楽しんだから、そろそろ終わってほしいのが本音で~すっ)


「………………」


(……ふふっ。『あの二人って負けず嫌いだなー……』とか思っていそうな顔だなーっ)


「ん? なに?」

「ううん、なんでもな~いっ♪」


(はぁ……やれやれ)


 二人が闘うことになった理由を知らないままというのも、それはそれで面白いかもしれない。

 知ったときの顔を見る、楽しみもあるし……っ♪


「よ~しっ! じゃあ、二人とも、手を出して~!!」

「「最初はグー! じゃーんっ、けーん…――」」


 天高く上げた手を振り下ろそうとした瞬間、


「武藤〜? こんなところでなにをしてるんだぁ~?」

「!? こ、この……この声はぁぁぁ……っ!?」

「武藤先輩?」


 謎の声が聴こえた瞬間、先輩はガタガタと肩を振るわせながらゆっくり振り返った。

 そこには、姉と同様に不敵な笑みを浮かべている女性が立っていて……


「せ、せせ、先生……ッ!!?」


 先生?


「部活のときは『監督』と呼べと、何度言ったらわかるんだ?」

「ひぃぃぃ……!?」


 あの先輩が圧倒されている?


「ふふっ。この人はねっ、顧問の『おにはるちゃん』…――痛っ!?」


 柔らかい手刀が姉さんの頭に当たった。


「監督をそんなふざけた名前で呼ぶなっ」

「うぅ~……ごめんなさい……っ」

「お、おにはる?」


 ――ギロリッ。


「っ!!?」

じょうだっ」


 おにしろちゃん……ではなく、彼女の名前はじょうはるか


 女子陸上部の顧問で、そのあまりの厳しさから、部員たちの間で『鬼城』を略して『鬼』と呼ばれているらしい。もちろん、本人の前以外で。


「まったく。そんな名前で私を呼ぶのは、朝香、お前だけ…――きみは?」

「!! ぼ、僕は……」

「私の弟で〜すっ♪」

「お前に弟がいたのか?」

「あ、朝香あさか瑞樹みずきです……っ! 姉がいつもお世話に……っ」

「ほぉ~。朝香とは似ても似つかないほどに礼儀正しいな」

「はいっ。自慢の弟なんで~すっ♪」

「お前……はぁ。まあいい。ところで、凛堂」

「は、はいっ!」

「お前、バレー部の方はどうした? そろそろ練習が始まる時間だぞ?」

「あ」

「私は遅刻する奴がこの世で一番嫌いなんだ。この言葉の意味、わかるか?」

「!? しっ、失礼しましたぁあああーっ!!」


 と言い残して、先輩は駆け足で体育館の方へと行ってしまった。


(というか、速……っ!?)


 百メートル走のときより速いんじゃないだろうか。

 それにしても、あの凛堂先輩が怖れるほどの人物。


「やれやれ」


 じょう先生、か……。


「話は戻るが、武藤」

「は、はいッ!」

「さっき、ここでなにをしていたんだ?」

「百メートルを走っていましたッ!」

「練習が始まる前からか?」

「はいッ!」

「なるほど。そうか」


 顎に指を当てると、一度考え込んでからゆっくりと口を開けた。


「要するに、お前は……凛堂と一緒に、“ウォーミングアップ”をしていたんだな?」


 ――ギロリッ。


 め、目が怖い……!?


「そ……その通りですッ!!」

「ほぉ〜。やる気があるのはとてもいいことだっ。よしっ。ならば、今日は私が考えた特別メニューをやってもらおうかな?」

「えっ……!?」


 先輩は『特製メニュー』と言う言葉を聞いた瞬間、また震え出した。


 ガタガタガタ……ッ。


 震えの激しさが増している?

 特製メニューって、一体……。


「秋、頑張れ〜♪」

「お前もだぞ、朝香」

「……は〜いっ」


 ガタガタガタ……ッ。


 すると、姉さんも同じように震え出したのだった。

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