第10話 奈緒の思惑

 その日の夜。


「よしっ、これでいいかな」


 僕はシャーペンを机の上に置くと、腕を上にグッと伸ばした。


「んん……っ! ふぅ……危なかったー……」


 まさか、数学の課題の提出日が明日だったなんて……。

 油断は禁物。次から気をつけよう。

 そう心に決め、書いたページを見返していると、


 コンコンッ。


「瑞樹ーっ。お風呂いいよー」


 おっ、グッドタイミング。

 

 ガチャリ。


「はぁーい……って」

「ん? どしたの~?」


 そう言って、姉さんは僕の視線を辿って下に顔を向けると、


「あっ……きゃっ!」


 バスタオル一枚を巻いただけの身体を両腕で抱きしめた。


「もぉ~。瑞樹のエッチ~っ♪」


 ………………。


「……早く服着れば? 風邪引くよ?」

「あ、あれれ~?」


 期待していた反応はおろか、なぜか冷めた目で見られてしまった。


(おっかしいなぁ~。私が想像していたのは……)


『ねっ、姉さん!? どうしてそんな恰好なの……!?』


 ――…みたいな感じだったんだけどなー。


「………………」


 じーーーーーっ。


(ふ、ふ~んっ。なら、これはどうかな?)


 頬を膨らませて前屈まえかがみになると、


「お……お姉ちゃんのこの格好を見てなにも言わないなんて、どういうつもり……ッッッ!?」


 といつもより高いトーンで言ってみたのだけど。


「見慣れているからね……。姉さん、よくその恰好でリビングにいたりするから……」

「あ、ああぁ……」


 ――反応、薄っ!!  ……なら、これはどぉ!?


 チラ……チラチラッ。


「……なに?」

「…………っ!?」


(恥ずかしがっている女の子をやっても、効かない……!? おかしい……。いくら私が家族と言っても、異性のこんな格好を見て反応がないわけ……。もしかして、私のせいで女性の下着姿に対する耐性が……!?)


 急に黙ったと思ったら、姉さんは目を見開いたまま固まってしまった。


 考え事をしすぎて思考が停止した?


「………………」

「……はぁ。ちゃんと服着てよね?」


 僕は着替えを手に取ると、部屋を出たのだった。




 ――ガチャリ。


 ………………。


(今度、なにか手を打たないと……)


 あれから自分の部屋に戻ると、ベッドのふちに座ってスマホのトーク画面を開いた。

 表向きはただのグループトーク、なのだけど。

 実は、それは瑞樹を巡って争う二人のために作ったものだった。


(秋、起きてるかなー……)


 早寝早起きの彼女が寝ていないか気にしつつ、グループ通話を開始すると、


『遅いぞ』

『一時間の遅刻だ』


 おっ。起きてた♪


「二人とも、ごっめ~ん♪ つい長湯しちゃってさ~」

『まったく』

『時間くらい守れ』

「あっ、さっき瑞樹が入りに行ったよ?♪」

『なんだと……っ!?』

『それは本当なのか……ッ!?』

「私がウソつくと思う?」


 この問いに対しての返事はなかった。

 もしかして、私あまり信用されてない? 

 まあ、なんでもいいんだけどねっ。


『それで、用とはなんだ?』

『ワタシたちを呼んだのだから、理由は一つ。そうだろ?』

『えへへっ』


 ほんとは、のらりくらり喋りながら一二時間経って話そうと思っていたけど。


『今回はお二人さんに、瑞樹のお姉ちゃんである私から提案がありま~す♪」

『提案だと?』

『なんだ?』

「ふふふっ……」


 私が不敵の笑みを浮かべるとき…――




『『なんだと……ッ!!!???』』




 新しい闘いのゴングが鳴り響く!






―――――第三章へと続く―――――

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