第8話 サンドイッチは中庭で

 次の日。廊下にて――


「あの、凛堂りんどう先輩っ!」

「ん?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「おぉぉぉおおおおおおおおおお……っ!!!」


 中庭のベンチに座って声を上げた先輩は、太ももの上にある黄色のランチボックスに釘付けになっていた。


「あ、開けていいか?」

「どうぞっ」


 先輩は震えた手で蓋を開けると、その中には、数種類の具材が挟まったサンドイッチと、で野菜のサラダがキレイに盛り付けられていた。

 

「す、すごい……」


 思わず、写真に残したくなるほどのクオリティーだった。


「これは、お弁当で間違いないな!?」

「はい。正真正銘、お弁当ですっ」

「っ……どうして、これをワタシに?」

「えへへっ……。凛堂先輩、食に関心……こだわりがないみたいだったので、健康面が心配になって……」

「今、『食に関心がない』と言おうとしていなかったか」


 ………………。


「い、いいえ……?」

「ふーん。まぁいい。……と、ところで、この……サンドイッチは、ほんとに食べていいんだな?」

「もちろんです。先輩のために作って来たんですからっ」

「!? わ、ワタシのため……そうか……っ。フフッ」


 今日ほど、昼食にプロテインバーを食べていてよかったと思った日はない。

(そういえば、朝、テレビでやっていた星座占い……ワタシ、一位だったんだ……っ! しかも、ラッキーカラーは……)


 太ももの上にあるランチボックスの色である、“黄色”っ!

 今日は……最高の日、だったんだな……っ!!


「フフフッ……♪」




「「………………」」


 二人の様子を、近くにある木の後ろからこっそり覗いている人物が二人。

 その内、一人はというと……。


「ぐぐぐぐ……っ」


 少女の怒りが、顔だけでなく声からも漏れ出していた。

 すると、


「あはははっw」


 それを気にすることもなく、もう一人の少女が笑い声を上げた。


「わ……笑い事じゃない!!」

「は~いっ♪ わかりました~っ」

「………………」

「秋、顔が怖いよ~?♪」


 と、ニコニコした顔で言うと、キリッと鋭い視線を向けられてしまった。


(ふふっ。嫉妬している秋を見るの、楽しくてしょうがないんだよねーっ。いやぁ〜。それにしても、面白くなってきた~♪)


「……どうしてそんなに笑顔なんだ?」

「気のせいだよーっ♪」

「どうだか……はぁ……。…………ん?」


 急にどこからかじーっとした視線を感じて顔を向けると、


「………………………………………………………………………………」


(ッ!? あの女、こっちに気づいていたのか……?)

(フッフッフ。最初からなっ!)

(な、なに……ッ!?)

(貴様は指を咥えてそこで見ていろ……ッ!!!)

(なんだと……ッ!!!???)

(あ。これから幸せな時間が始まるのだから、くれぐれも邪魔はしないように)

(はぁあああーっ!?)


 突然始まった、アイコンタクトによる“喧嘩”は、意外にも一瞬で決着がついた。


(貴様が何度頭を下げようと、このサンドイッチはやらないぞ? なぜなら、これはワタシのために用意されたのだからなっ!)

(…………っ!!)

(フフフッ……アハハハハッ……!!!!!)


 一瞬見せた勝ち誇った表情に、


「ぐっ……。あいつ~……ッ!!!」


 こっちは怒りを募らせていく。


「まぁーまぁー落ち着きなって♪」


 私からすれば、今みたいに二人が口だけでなく目でも喧嘩する、この構図が好きだったりする。


「これが落ち着いていられるか!」

「はぁ……。焦っても、この状況が変わるわけじゃないでしょ?」

「そ……それはそうだが……っ」

「秋」


 私はポンっと肩に手を置いた。


「冷静に、ねっ♪」

「奈緒……そうだな。あいつの挑発に乗る必要はない」

「うんうんっ」

「あたしとしたことが……挑発に乗ってしまっていた自分が恥ずかしい……」

「それだけ秋が真剣だってことだよっ!」


 と言いつつ、心の内を少しだけ晒すなら、二人のところに乱入してほしかったのが本音ほんねだ。

 理由は、単純明快! そっちの方が……絶対に面白いから!


 一方その頃、つばさはというと、


「フフフッ」


 勝利したことによる高揚感に浸っていた。


「? 先輩、どうしたんですか?」

「!! いや、なんでもないっ! ところで、料理が得意だったんだな!」

「ま、まぁ……。中学のときに家庭科部に入っていたので……」

「家庭科部? 料理が得意だから入ったのか?」

「得意というか、流れに身を任せたと言いますか……」

「? どういうことだ?」


 ………………。


 すると、急に周りがしーんっと静かになった。

 普段はなにかしら音が聞こえてくる中庭が、静まり返っていた。


「な、なにか、まずいこと言ったか?」

「いえ、そんなことは……」

「?」


 訳がわからず首を傾げると、


「じ、実は……」


 なぜか恥ずかしそうな顔で話し始めた。


「通っていた中学の決まりで……必ずどこかの部に入らないといけなかったんですけど。僕、それを知らなくて……」

「ん? ああぁ……」


 なんとなく察しがついたのか、特に尋ねたりすることなく、耳を傾けていた。


「結局、知らないまま、入部届けの提出期限が過ぎちゃったんです。それで、担任の先生に呼ばれて行ったのが『家庭科部』だったんです……」

「? どうして家庭科部なんだ?」

「その先生が顧問を担当していたからです……っ」

「なるほどな。まあ、自業自得だな」

「あははは……ですよねー……」

「……だが。そのおかげで、ワタシはこの美味しそうなサンドイッチを食べることができる」

「!! 凛堂先輩……っ」

「フフッ」


 先輩は微笑むと、手に取った玉子たまごのサンドイッチをぱくっと口に運んだ。


「……んん……っ!?」

「ど、どうですか……?」


 恐る恐る尋ねると、先輩の瞳がキラリと輝いた。


「う……ウマぁぁぁああああああああーーーーーいっ!!!!!」


 本日二度目、中庭に声が響き渡った。


「ウマいぞっ、このサンドイッチ!」

「ほ、本当ですか!? よかったー……っ」


 ホッと息を吐くと、その隣では、先輩がすぐさま二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。


 もぐもぐ……っ。もぐもぐ……っ。

 もぐもぐ……っ。もぐもぐ……っ。


(っ……可愛い)


 頬をパンパンにしながら食べるその姿は、まるで……リス…――


 ――――…ゴックン。


「あ」

「? なんだ?」

「い、いえ……っ」


 年上の人に対して『可愛い』はどうかと思うが、心の中でなら言っても大丈夫だろう。

 そんなことを考えている間も、先輩はサンドイッチ『だけ』を食べ進めて……って、


「……先輩。サラダもありますよ?」

「ん? んんー…………後で食べる!」


 これは、もしかすると前途多難かもしれない。




「ぐぬぬぬ……っ」


 口から漏れ出る声は、屈辱くつじょくの証だ。


「やれやれ、ダメだこりゃ。――――…せっかく、人が冷静さを取り戻させてあげたのに」


 後半の呟きが、彼女の耳に入ることはなかった。

 なぜなら、五感全てがあの二人に集中していたからだ。


「あ……あいつ……ッッッ!!!!!」


 そして――――…昼休みが終わった後も、ただただ不満を募らせていたのだった。

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