第7話 凛堂つばさは〇〇?

 次の日の昼休み。

 食堂にやってきた僕たちは、昨日と同じ席で昼食を取ることになったのだけど。


「えーっと……」

「えへへっ♪」


 なぜか嬉しそうにしている姉さんの視線の先では、


「………………」

「………………」


 先輩たち二人が、鋭い目つきで睨み合っていた。

 特に、武藤先輩が放つ怒りのオーラは凄まじく、近くを通ろうとする人が避けていくほどだ。


「どぉーして、お前がここにいるんだ……ッ!!」

「それはこっちのセリフだっ! なぜ貴様がここにいる!?」


 バチッ……バチバチ……ッ。


 二人の間には、到底消せそうにもない火花が散っていた。

 もしかして、仲が悪いのかな……?


「犬猿の仲だよ、あの二人」

「え?」


 あれ、今言ったっけ?


「ねぇ、瑞樹」

「ん?」

「二人が中学のときのこと、知りたいと思わな~い?♪」

「? 中学のときのこと?」


「「…………ッ!?」」


 ニヤッと笑みを浮かべる姉さんに、二人の鋭い視線が向けられた。


「奈緒っ! お前ぇえええーッ!!」

「変なこと言ったら、ただで済むと思うなよ!?」

「ほほぉ〜。お二人さん――――…私に逆らってもいいのかな?」


「「!!? …………っ」」


 姉さんが耳元でなにかを囁くと、さっきまでの威勢が嘘のように二人はおとなしくなった。

 あの二人が……。なにを言ったんだろう?


「ふふっ、しょうがないな~。わかったよっ、今回は言わないでおいて…――二人って中学のときにタイマン張ってたんだよっ♪」

「た、タイマン……っ!?」

「お前えええええーーーーーっ!!!!!」

「貴様あああああああーーーッ!!!!!」

「ちょっ、二人とも静かにしなよ~っ」

「奈緒ッ! そんな昔のことをわざわざ言わなくていいだろ……ッ!!」

「そうだッ! なにを考えている!!」

「あぁ~はいはいっ。でねぇ~」


 姉さんはそれを軽く受け流し、話を続けた。

 二人が自分を止められないことをわかっているからだ。


「二人には、それぞれ二つ名があるんだけどー」

「二つ名って?」

「まあ、周りから呼ばれているあだ名、みたいな?」

「へぇー」


「「………………」」


「秋は、地獄の底まで猛追もうついすることから――“烈風れっぷう豪鬼ごうき”」

豪鬼ごうき!?」

「つばさは、しなるかたなのように腕を振り抜いていたことから――“黄金おうごん刃狼じんろう”」

刃狼じんろう!?」

「お……お前ぇえええーッ!!!」

「その口、今すぐ塞いでやるッ!!」


 ――ニヤリ。


「「…………ッ!!?」」


 二人は席から立とうとしたが、一瞬だけ見せた不敵な笑みが、それを止めた。

 そして、二人はそれ以上なにも言わなかったのだった……。


(ふふふっ。二人とも、焦っちゃダメだよ……♡)


 豪鬼ごうき刃狼じんろう

 同世代の人なら必ず一度は聞いたことがある、二つ名だ。

 かく言う私も、その内の一人だった。

 話すと長くなるから、この話はまた今度ということで……。


「っ……お、鬼……狼……っ」


 あちゃ~……怖がらせちゃったかなー……。まさかタイマンを張っていたなんて思っていなかっただろうし。


「「………………」」


 どうして私が睨まれるんだろうねぇ~?


 …………まあ、しょうがないか。だって、


(これは、私が考えた作戦なのだから……っ)


 過去をさらけ出すことで、お互いの距離を一気に詰める。

 どうせどちらかが瑞樹と付き合うことになったとしても、いずれバレることだし。

 それならいっそのこと、姉である私の口から直接言うことで、この先のリスクを下げようと考えたのだ。


(さすが私っ! 出来る女はつらいぜぇ~)


 汗をかいていない額に手の甲を当てると、「ふぅ~」とやり切った顔で息を吐いた。




 その後。

 時間が時間なだけに、本来の目的である昼食を食べ始めたのだけど。


「…………」


 僕はお箸を持ったまま、じっとテーブルの上を見つめていた。


「あの、凛堂先輩……っ」

「ん? どうしたんだ?」

「さっきからずっと気になっていたんですけど……」

「なんだ?」

「その……」

「? ハッキリ言え」

「……り、凛堂先輩って、もしかして…………食事が偏っていたりしますか?」

「どういう意味だ?」

「先輩は、へ……偏食家、なのかな……と」

「なんだと!? 誰が偏食家だっ!」

「だ、だって……」


 テーブルの上に、多種多様なお菓子が並んでいたからだ。

 先輩が、単純に超が付く甘党なだけかもしれないけど。

 さすがにあの量は…………多すぎだ。

 すると、先輩はテーブルと僕を交互に見た。


「これのことを言っているのか?」

「はい……」

「? なんだ、そんなに気になっていたんだなっ」


 そう言って、お菓子を一つ手に取ると、こっちに差し出した。


「ほらっ、これが特におススメだ! お前にやろう」

「ど、どうも……」


 渡されたのは、チョコ味のプロテインバーだった。


「!? あ、あたしもこれをやる……っ!」


 まるで対抗するかのように、武藤先輩は手に持っていたホットドッグを慌てて差し出した。


「こっちの方がうまいぞっ!!」

「えっと……食べかけは、ちょっと……」

「っ!? そ、そうだな……っ」


 先輩は顔を真っ赤にしながらホットドッグを頬張った。


「ふふっ、どんまい♪」

「うっせぇっ!!」

「あははは……それにしても……」


 改めてテーブルの上のお菓子に目を向けてみると、そのどれもが、栄養補給を目的とした栄養機能食品だったのがわかった。

 武藤先輩の大量のパンにもびっくりしたが、これはこれで少し引いた。

 すると、姉さんがふと尋ねた。


「もしかして、今までずっとお昼それだったの?」


 そう。僕もそれが気になった。


「? お昼に食べ始めたのは高校に入ってからだ。手軽に栄養が補給できるし、腹持ちもいいからな」

「な、なるほど……」


 それから話を聞くと、どうやらこれといったしょくへのこだわりがなく、“食べられるものならなんでもいい”という考えらしい。


 運動をする上で栄養に気をつけるのは、とても大切なことだと思うけど。


(……あ、そうだっ)


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