第二章だっ!

第5話 また、目が覚めたら女子更衣室

 遡ること、二時間前――。


(うーん……)


 僕は、机に肘を立ててぼーっと考え事をしていた。

 どうして聞けなかったんだろう……。


『あたしと………………付き合えっ!』


 あれは……ただ、食堂について来てほしかったという意味だったのかな?


 でも、どうして?


「うーん……。はぁ……」


 気になるけど。ここで考えていてもなにも思いつかないし、帰りながら考えよう。

 そう思い、カバンを肩にかけて教室を出た。


「――すまない」


「え」




 ――――――――――――――――――――――――――――――。




 それは、一瞬の出来事だった。

 突然、視界が暗転し、意識がプツリと途切れたの……だった……。




「あ……あれ……?」


 目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。

 周りを見渡すと、ズラリと並んだロッカーと柑橘系の香りが漂っている。

 どうしてもデジャブを感じてしまうのだけど。恐らく、それは間違っていないだろう。

 つい最近、今と同じ状況に遭ったばかりなのだから。


 ガチャガチャ。パチパチッ。


「ダメ、か……」


 扉が閉まっている上に電気が点かない、なんてことはないだろうなと思っていたのだけど。

 案の定、両方ともダメだった。


「うーん……」


 と声を漏らしながら、今の状況を整理するために一旦、ベンチに座り直した。

 教室から出たとき、後ろに誰かがいたような……。


『――すまない』


 ……謝るくらいなら、しないでもらえると助かるのだけど。でも、


(あの声……どこかで……)


 記憶の中からなんとか引っ張り出そうとしていると、ふと扉の方を見た。


「……まさか」


 前回と同じシチュエーションの場合、扉を開けて誰かが入ってくるはずだ。

 ……“あの人”が考えているのなら。


『ふふふっ……は……はっくっしゅんっ!!!』

『なんだ、風邪か?』

『誰かが私の噂をしているかもしれないねっ』

『ふーん』

『いやぁ~、人気者で困っちゃう……は……はっくしゅんっ!!!』


 ………………。


(いや、それはないな。さすがにこんな短期間で同じことが起きるわけ……)


 ――ガチャリ。


「あ」


 閉まっていたはずの扉が開くと、予想していた通り誰かが入ってきた。




「貴様、そこでなにをしている?」




 日差しに照らされて輝く、長い金髪。

 その幻想的な光景に、ついこの状況のことを忘れてしまいそうになる。


「………………」


 高貴なオーラを纏いながら、“彼女”はじっとこっちを見つめていた。

 ノースリーブのシャツに、ハーフパンツ、肘や膝などに着けられた黒のサポーター。

 その恰好は、まさにバレーのユニフォームだった。


(バレー部の人、なのかな……?)


 そんなことを考えながら目に止まったのが、ユニフォーム越しでもわかるその引き締まった身体。

 なんというか、『これがアスリート!』というスタイルの持ち主だった。


(僕もあれくらい、身長が高かったらなー……うっ)


 どうやら、塞いでいたはずの“コンプレックス”という名の傷口を、誤って開いてしまったらしい。


「はぁ……」

「ど、どうして貴様がため息を吐くんだ!?」

「ッ!? ご、ごめんなさい……っ!」


 慌てて頭を下げて謝ったものの、向こうからの返事はなかった。


 …………えっと、この状況は一体……。




「は……はっくっしゅんっ!!!」

「人に向かってくしゃみをするなッ!」

「あははは~っ」

「やはり風邪か?」

「いやいや。 ほら、この通り!!」


 と言って、力を入れた二の腕を見せてきたのだけど。


 プルプルプル……っ。


 これといった変化はなにもなかった。

 まあ、元気なのはわかった。




「………………」

「………………」


 あれから、もう何分が経っただろう?


 状況が状況だけに、ヘタに動くと余計に怪しまれるは確実。


(どうすれば……)


 すると、彼女は顔を逸らしながらそっと囁いた。


「ひ……」

「……『火』? 火がどうし――」

「ひ……久しぶりだな」

「へっ?」


 不意打ちの言葉に、思わず声が出てしまった。


「ど……どちら様……ですか……?」

「!? わ、忘れたのか!? このワタシを……ッ!!」

「と……言われましても……」

「……会ったときのことも、忘れてしまったというのか?」

「えっと……どこで会ったんでしょう……」

「ッ!!?」


 今の言葉が効いたのか、彼女は顔を俯かせてしまった。


 し、しまった……。


 いくら会ったときの記憶がないからとはいえ、さすがに失礼だったか……。


「あの…――」




「……去年の夏休み」




 なにかを呟くと、彼女は顔をバァッと上げた。


「お前が……ッ!! バレーの練習を勝手に覗いていたときのことだっ!!!」


 僕が……覗いていた……?


(『去年の夏休み』……『バレー』……『覗いていた』……)


 今のワードを並べた瞬間――――…頭の中で“彼女”の声が再生された。




『誰だ、お前は?』




 ――あっ。確か、僕が姉さんにお弁当を届けに行ったときに…――


「……思い出しました。体育館で練習をしていた人、ですよね……?」

「やっと……やっと、思い出してくれたようだな!!」

「…………っ!!」


 彼女の満面の笑みに、思わずドキッとしてしまった。

 ……いっ、一旦いったん、落ち着こう。

 向こうがこっちのことを知っているのに対して、こっちは彼女の名前すら知らないのだ。


「あ、あの……」

「なんだ?」

「な、名前を……教えてもらっても……いいですか……?」

「名前だと? お前……まさか、ワタシの名前も――…忘れてしまったのか!?」

「えーっと……」


 いい言葉が思い浮かばなかったので、恐る恐る頷くと、


「それは……本気で言っているのか……ッ!!!」


 そう言って、いきなりグッと距離を詰めてきた。それによって……


(す、すごい……っ)


 武藤先輩に勝るとも劣らない……いや、それ以上の“モノ”が、目の前にあった。


 ………………。


 至近距離によって、彼女のプロポーションの良さがさらに際立っていた。

 僕は、なんとか首から下を見ないようにして言葉を返す。


「あ、あのとき、名前を教えてもらわなかった気がするんですっ!!」

「なに? そんなはずは…………言っていなかったか?」

「はい……多分たぶん……」

「そ、そうか……っ」


 と言って二歩下がると、「ゴッホン」と咳払いをした。


「じゃあ、自己紹介をするとしよう……っ」


 怒ったり、急におとなしくなったり……表情がコロコロ変わる人だな……。


「ワタシは、凛堂りんどうつばさだっ!」

「凛堂……先輩……?」

「『先輩』なんて呼ばずに呼び捨てで構わないぞ!」

「えっ? い、いやっ、さすがにそれは……先輩を呼び捨てなんて……っ」

「――――お前だから……いいのに……」

「え、今なにか言いましたか?」

「なんでもないっ!」


 と言って、プイッと顔を逸らしたのだけど。

 その頬が赤色に染まっているように見えたのは、気のせいだろうか。


 それから、また無言のまま時間だけが過ぎていると、唐突に先輩の口から「あ」と声が漏れた。


「お、お前……っ、じょっ、女子更衣室に入っていたな……っ!!」


 急に大きな声を出したと思ったら、先輩はプルプルと震えながらこっちをジッと見つめて(睨んで)いたのだけど。

 その口調が、おぼつかないというか、とてもたどたどしかった。

 なんだか、第一印象と違って……って、そんなことを考えている場合じゃない!


「ぼ、僕の話を聞いてください! 実は、さっき急に意識を失って……というか、先輩が僕をここに――」

「いっ……言い逃れなどっ、ワタシに通用しゅるとでも思っているのか……っ!」


 ……今、噛んだ? 『する』を『しゅる』って……。

 すると、まるで覚えたてのセリフを読むかのように、先輩は口を震わせながら言った。


「このことをバラされたくなければ……ワタシと……」


 も、もしかして……




「っ……付き合ってもらうぞ!!!!!」




 ………………………………また?

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