第4話 恋バナガールズ+あたし?

 部活を終えて、女子陸上部の面々は更衣室へと戻ってきた。


「疲れたー……っ!!」

「ねぇ、この後どこか寄って行かなーい?」

「いいねぇー! 賛成〜っ」

「カラオケ、行っちゃう?」

「「「行っちゃう〜!」」」


 更衣室に入った途端に元気を取り戻す四人のガールズ。


「………………」


 さっきまで立っていられないくらいバテバテだったのに、その元気はどこから湧いてくるんだ?

 ふと頭に浮かんだ疑問の答えを探していると、


「秋~っ♪」


 ニコニコッ♪


「……なんだ? なぜそんなにニヤニヤしている?」

「ニヒヒィ~ッ♪」

「? ……んんッ!!?」

「もみっ、もみっ♪」


 横で着替えていたはずの奈緒の手が、ガッチリとあたしの胸を…――


「――ちょっ!!? きゅっ、急になにするん……だッ!!」


 胸を一向に離そうとしない手を振り払うと、あたしは魔の手から守るように自分の胸を抱えた。


「お前ええぇ……ッ」

「~~~♪」


 ギロリと睨まれても平然としていやがる……。


 クソッ。勝ちに逃げされた気分だ……ッ。


 ちなみにこの光景は、女子陸上部では毎度のことだった。


「いやぁ~やっぱり、秋のおっぱいはハリと弾力があって揉み応えがあるねぇ~。どうやってそんなに大きくしたの~?♪」

「だ、誰も、大きくするつもりでこうなったわけじゃないっ!」

「ふぅ~ん。でも、そんなに大きいといろいろと困ることがあるじゃない?」

「……なにが目的だ?」

「純粋に興味があるだけだよ~。……瑞樹の“姉”として♪」

「…………っ!!」


 姉として……そうか、そう来るか。


「卑怯な女だ……お前は……っ!」

「えへへっ。褒め言葉として受け取っておくね♪ さて、じゃあ教えてもらおうかな?」

「……しょうがない。いいだろう、教えてやる」

「おぉっ!!」

「……こ、この前……」

「うんうんっ!」

「せ……制服のボタンが弾き飛んでしまった……っ」


 …――――――――――――――――――。


「な、なん……ですとっ!?」


 驚愕の事実に、奈緒は唇を震わせた。

 それも無理もない。シャツのボタンを弾き飛ばす胸の持ち主が、目の前にいるのだから。


「ち、ちなみに、そのボタンって貰えたりなんか――」

「どうして、お前にやる必要があるんだ?」

「それはもちろんっ! 巨乳のお守りとして……ねっ♪」

「なにが『ねっ♪』だっ! お前なんかにやるもんか!」

「えぇ~いいじゃ~ん!! ちちがみ様~っ」

「誰が、ちちがみだっ! まったく……。こんなに大きいと邪魔なだけだぞ?」


 ――ピキッ。


「……ほほぉー。言いますなぁ~」


 そう言って両手をワシワシと動かすと、


「いいなぁ~。私も一度でいいから、『こんなに大きいと邪魔なだけだぞ?』って言ってみたい~っ♪」


 その手はあたしの胸にターゲットをロックした。


「ぐへへっ。じゃあ、おかわりといきま…――」


 ――ギロリッ。


「…………っ!!?」


 あたしの鋭い眼光とオーラに、奈緒は圧倒された。

 この構図。動物で表すとすれば、ライオンに怯える子犬だ。


「あははは……っ。じゃっ、じゃあ私は……お先にぃぃぃ……っ!!!」


 奈緒は下着姿のまま慌てて逃げようとしたが、一瞬で捕まえた。


「さすが、陸上部エース様……っ」

「あたしから走って逃げられるとでも思ったのか?」

「じょ、冗談……っ!! 冗談だから!」

「ほぉー?」


 ――ギロリッ。


「ひぃ……っ!? ――…あ、瑞樹!!」

「!!? なんだと……ッ!?」


 奈緒の視線を追って窓の方に顔を向けたのだが、


(よしっ、今がチャンス!! こっそり手を解いてー……)


 ――ガシッ。


「あ」

「どこへ……行くつもりだ……?」

「あ、あれれ~……? おっかしいなぁー……」


 ひたいから滝のように流れている汗が、内心焦っていることを表していた。


「お前の手には……引っかからないぞッ!!」

「ひぃ……ッ!?」

「覚悟しろぉぉぉぉおおおおおおーっ!!!!!」

「ぎゃあああああああああああーーーーーッッッ!!!」


 更衣室に、奈緒の悲鳴が響き渡ったのだった。




 その後。着替えを終えても、誰一人として帰ろうとはしなかった。なぜなら、


「最近、彼氏とどんな感じなの?」

「えぇ~。まあ、いつも通りかな~っ」


 ……恋バナがまだ続いていたからだ……っ。

 ほんと、女子って喋り出すと止まらないよな……あたしが言うのもなんだけど……。


「この前も、彼の部屋に……」


 そう言って、ポッと頬を赤く染めると、


「「「「おぉ……っ!!」」」」


 盛り上がりを見せる陸上ガールズ。


「はぁ……」

「いいなぁ~!! 私も彼氏欲しい~っ♪」


 ただでさえ、練習後で疲れているというのに……。この女が帰してくれなかったのだ!

 あたしが帰ろうとすると、


『いいのかなー? もう協力しないよ~?』


 と言われてしまったら、帰ることなんてできるわけがない。


(あぁー……早く終わらねぇかなー……)


 ぐぅううう……。


 さっきから腹が何度も鳴っているし……。


「もぉ~!! 私の話ばっかりじゃん! あっ、そういえば、隣のクラスの……これ言ってもいいの?」

「ん? 別にいいけど」

「「「なになに~?」」」


 あたし以外の五人は顔を近づけると、


「実は――」


 かくかくしかじか……。


「「「えっ、一か月前から付き合っていた……っ!!!???」」」

「まあねぇ~」

「向こう人気あったのにすごーいっ!」

「でも、なんか意外っ。前言っていたときと全然タイプ違うよね?」

「そう? たまには違うタイプも悪くないかな~って♪」

「「「ふゅ~ふゅ~♪」」」

「いやぁ~、熱いねぇ~っ」


 おとなしそうな顔の裏には、それはもう鋭い“牙”が隠されているのかもしれない。


「………………」


 恋バナや恋愛系の話は、自分とは全く別の世界のことだと決めつけていたけど。

 いざ、自分が恋をする立場になってみると、日々努力を怠らない子たちの気持ちがよくわかる。

 まさか、このあたしがそう思う日が来るなんてな……。

 そんなことをぼーっと考えていると、


「秋の好きな人のタイプはー?」

「好きな人のタイプだと?」


 急に話を振られて、思わず聞き返してしまった。


「ダメだよ~そんなこと聞いちゃあー。だって秋には、奈緒の弟くんがいるんだからさー♪」

「あっ、そうだっけーっ」

「ねぇ、秋は奈緒の弟くんのこと、どう思っての~?♪」

瑞樹あいつのこと……だと?」

「それ以外に誰かいるとでも?」

「いないよね〜」

「うんうんっ」


 ………………。


「……あ、あんな奴に興味なんて……ね、ねね、ねぇーよ……っ」


 ……なんて言ってしまったが、その内心はというと、


(瑞樹、勘違いしないでくれっ!! ほんとは、こんなことちっとも思ってねぇからな……っ!)


「たどたどしいなぁ~。なんだか怪しいーっ」

「…………っ」


 じーーーーーっ。


「な、なんだ!?」

「なんでもなーいっ。あ、ところで、作戦の結果はどうだったの?」

「……作戦? まあ、それは…………ん? ちょっと待て。今、『作戦』がなんとかって聞こえたんだが?」

「「「「あ」」」」


 四人は顔を合わせると、一人が気まずそうな顔で『ごめんっ!!』と、他の三人に向かって手で謝っていた。


「……まさか、お前ら……ッ」

「「「「あははは……っ」」」」


 ……。

 …………。

 ………………。


「どうして、お前たちが作戦のことを知っているんだ……ッ!!」


 あのことを知っているのは、あたしと……


「奈緒。お前……言ったな?」

「…………な、なにも?」

「今の間はなんだっ!! 絶対お前が言ったんだろ!!」


 なにが、『誰にも知られてはいけない作戦』だっ! 言った本人がそれを守らなくてどうする!?


「ねぇ~、教えてよ~」

「うんうんっ、気になる~っ」

「「男っ気のない秋が初めて恋をした、弟くんのことっ♪」」

「…………っ!!」


 どうしてこんなに、グイグイ来るんだ……。

 恋バナをしているときのその集中力には、さすがのあたしも勝てそうにない。


「あ、あいつのことを考えていると…………お、おかしなことが起きるんだ……っ!!」

「例えば~?♪」

「まぁ……その、なんだ……あいつのことを思うと……この辺がモヤモヤするんだ……っ」


 そう言って、あたしは自分の左胸を指さした。

 朱に染まった頬、潤んだ瞳。

 それは紛れもなく、恋する乙女の“証”だった――。


『こっ、これは……っ』


 伏し目がちに言うその姿に、面々は同性ながらドキッとしてしまった。


『秋って、こんなに乙女だったっけ……???』


 奈緒しか知らない意外な一面に振れ、思わずたじろぐ四人。


「ふふふっ」


 だが、その二人をよそに、奈緒は一人不敵な笑みを浮かべていたのだった。




 一方その頃、瑞樹はというと、


「ここは……どこ?」


 薄暗い室内には、ズラッと並んだロッカーと柑橘系の香りが漂っていた。






―――――第二章へと続く―――――

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