第3話 恋の反省会

 放課後。

 更衣室は、いつものようにキャッキャと盛り上がりを見せていた。


「昨日のドラマ見たー?」

「見た見たっ! あの展開は意外だったよねーっ」


 今話題になっているものから、


「体育ダルかったなー……今度サボるってあり?」

「サボったら放課後にグラウンドを走らされるって、他のクラスの子が言っていたよー?」

「え、マジ……!?」


 はたまた、


「そのブラどこで買ったの?」

「いい店見つけたんだ~♪ ここなんだけどーっ」

「うぅぅぅ……また体重増えてた……っ」

「お菓子ばっかり食べているからでしょー」


 ちょっと触れにくいこと、などなど……。

 いいな……。

 周りはあんなに楽しそうなのに、こっちは…――


「秋、聞いてるー?」

「!! は、はーい……」


 奈緒による“反省会”が始まっていた。


「ふ~ん。じゃあ、今、私がなにを言っていたのか言ってみて!」

「うっ……」

「ほらっ、やっぱり聞いてなかったんじゃーん」

「っ……も、もう一度、教えていただけないでしょうか……っ!」

「はぁ。そんなんで――――…瑞樹を落せるとでも?」

「!! 落とせ……ません……」


 口から出たか細いその声からは、不安の色が浮かんでいた。




 あたし・武藤むとうあきは…………朝香あさか瑞樹みずきに、恋をしている……っ。




 恋……恋…………ふふっ。


(――…ッ!? あぁあああーっ! なにを考えているんだ、あたしは……ッ!!!)


 想いが強すぎて、危うく自分を見失うところだった。


(落ち着け……まだ“告白”もしていねぇんだから……っ!)


 こ、告白……っ。

 恋という、未知の領域に踏み入ったことがないあたしには、“告白”の二文字はあまりにもハードルが高すぎた。

 そこであたしは、あいつの姉であり同級生の奈緒に力を借りることにしたのだけど……。

 ……この姉が、なかなかのクセ者だった。


「やれやれ。せっかく、私が“あの作戦”を用意してあげたのにっ」


 そう言ってどこから出してきたのか、小さいサイズのホワイトボードになにかを掻き出した。

 そして、デカデカとした文字で書かれたのは、作戦名、


『瑞樹の彼女になろう、大作戦~っ!』


 で、ある。名前のセンスに関しては……まあ、ノーコメントということで。


『その一。瑞樹を更衣室の前に呼ぶ!』

『その二。背後から素早く首に手刀を入れて中に運ぶ!!』

『その三。ベンチに寝かせて部屋を出る!!!』


 すると、あ~ら不思議! 女子更衣室のベンチで居眠りをする男子の絵が完成だぁ~~~っ♪


 そして、あいつが起きたところで突撃して、こっちの言うことを聞くようにさせる。

 ――…というのが、奈緒が考えた作戦の全容だ。

 最初は乗り気ではなかったが、『彼女』という文字に惹かれる自分がいたのだった……。


「ねぇ、今日の“あれ”はなに? せっかく私が付いて行ってあげたのにさぁ」

「ぐっ……。そ、それはさっきも『悪かった』と言ったはずだっ!」

「でもさぁ~。いくらパンが好きと言っても……普通、好きな男子の前であんなにバグバグ食べたりしないって」


 と言われて頭に浮かんだのは、食堂でパンを頬張る自分だった。


『うまぁあああ~っ♪ やっぱ、ここの焼きそばパンは最高だな……っ!』


 ………………。


「うっ。あ、あのときは……腹が減っていて……つい、あいつの前ってことを忘れて……」

「それに、急におとなしくなっちゃってさーっ」

「……っ。あ、あれは……あいつが……ため息なんてするから……」

「瑞樹が? ……ふーん。なるほど、そういうことか」


 どうやら、パンを頬張っている姿を見てガッカリされたのだと“勘違い”したようだ。

 あの子のことだから、なにか別の理由があったに違いない。

 さて、これはどうしたものか……。


「……ため息をしていたのは、秋が大食いをしていたからじゃないと思う」

「え、本当か……ッ!?」


 さっきまでのしょんぼりとした顔が噓のようだ。


「瑞樹のことだから、多分ね。そういう可能性があるよって話」

「な、なんだよ。それじゃ結局、なにもわかんねぇーじゃねぇか!」


 ――ふふっ。これは、チャンスかも……♪


「……そこまで気になるなら、本人に直接聞いてみたら~?」

「!? そ、それができたら苦労しねぇよ……っ! あ、あいつが……大食いをする女子をどう思っているかなんて……っ」


 あいつの顔を頭に思い浮かべるたびに、毎回胸の辺りがキュッとなる。別に苦しいわけじゃない。

 今まで感じたことのない、初めての感覚……。

 もしかすると、これが『恋』なのかもしれない。


「………………」

「はいはいっ、鼻の下を伸ばさな~い、伸ばさな~い」

「だ、誰が!」

「鏡を見れば一瞬だから、見てみるー?」

「…………っ」

「はぁ。とにかくっ。秋の頑張りが一番重要だということをお忘れなくっ!」

「わ、わかってるよ…………でも」


 と呟くと、両手の人差し指同士をツンツンとしながら、顔を俯かせた。


「あいつを前にすると、その……っ」

「急にしおらしくなるの、止めろ~いっ!」


 すると、


「ハァ……ッ。ハァ……ッ」


 着替え終えて先に行っていた子たちが戻ってきた。


「どしたの? そんなに息切らして」


 まだ他にいた子たちの視線も集めて、彼女は言った。


「ハァ……ッ。ハァ……ッ。か、監督が集合だってー!」

「「な、なに……っ!?」」


 目を合わせると、中途半端に止めていた着替えを慌てて再開した。

 それは周りの子たちも同じ。


((もし、遅れたら……))


『お前らぁ~、いつからそんなに偉くなったんだぁ~? ああ~ん?』


 ………………。


 あの怒りの顔が頭に浮かんだ瞬間、


((い……急げぇぇええええええーーーッ!!!!!))


 猛スピードで着替えを終えると、慌てて更衣室を後にしたのだった――。

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