第2話 秋、のパン祭り

 次の日。


『あたしと………………付き合えっ!』


 ………………。


 授業中、頭の中は更衣室でのことでいっぱいだった。


(どういう意味だろう……? 『付き合う』という言葉を使うときと言えば……買い物の誘いか……それとも――――…告白、か)


 前者と後者を比べると、前者の可能性が高いのは明らかだ。

 まさか……武藤むとう先輩が僕なんかに告白するわけ……ないし……。


「じゃあやっぱり……あれは買い物に付いて来て欲しいという意味で…――」

「おぉーいっ! 瑞樹みずき~っ」

「ん? ……ね、姉さんっ!? それから……む、武藤むとう先輩まで……」


 噂をすればとはこのことだっ。


「うわぁ〜、懐かしい〜っ♪」


 ワクワクした顔で教室を見渡す姉さんと、


「階が違うだけで、あたしらのときとなにも変わっていないぞ?」


 はっきりとした口調で言った武藤……先輩。


「ちっちっち、秋はわかってないなーっ。こういうのは、この場の空気を味わうものなんだよっ」

「空気に味はないぞ?」

「……うっせぇなぁ〜ッ!!」

「ね、姉さん……」

「ん? んんー……」


 姉さんはチラッチラッと周りを見渡すと、


「お……おほほほっ♪」


 誤魔化し方が下手すぎるよ……。


「まったく〜。秋が、ど~しても瑞樹と一緒にお昼ごはんを――」

「ば、ばかっ! 奈緒おまえ、なにを言っているんだよ!?」


 そう言って、姉さんの口を塞ごうとした瞬間、“あれ”が大きなえがいた。


「………………」


 姉さんがきちんとリボンタイをしているのに対して、武藤先輩はリボンタイを付けないどころか、胸元ギリギリまでボタンを外していた。

 油断しているというより、単純にそれがこの人のスタイルなのかもしれない。


(それにしても、どうして二人が……)


 すると、近くの席からクラスメイトたちの会話が耳に入った。


「おいっ、見ろよ! あの有名な武藤先輩だっ!!」

「マジかよ!? サイン貰わねぇーとっ!」


 そう言ってどこから出したのか、男子生徒の手には色紙しきしとペンがあった。

 もしかして、僕が知らないだけで、先輩って有名人……?


「すげぇー!」

「本物だぞ!?」


 特に男子生徒が騒いでいることから推測すいそくできるのは…………アイドル?


「ガキばっかだなー。ギャーギャー騒ぎすぎなんだよ」

「私たちと年は一つしか変わらないけどー?」

「一つでも下なら、ガキなんだよ」


 ……アイドルの線は、ないな。うん。

 そんなことを考えていると、ザワついている周りの視線を気にすることなく、二人は教室の通路を通って目の前にきた。


「……き、昨日以来だな……っ」

「!! そ、そうですね……」


 それから、ここに来た理由を二人に尋ねると、ニヤニヤしていた姉さんが答えた。


「三人でごはん食べよっかな~って♪」

「…………え?」




 その後。

 なぜか三人で昼食を食べることになり、校舎の一階にある食堂へとやってきたのだけど。


「「………………」」

「ぷふふっw 二人とも顔が硬すぎだって~っ」


 ……明らかに場違い感が否めなかった。

 というか、ここだけ周りとの空気が違いすぎだった。

 食堂って、ごはんを食べながら和気あいあいとする場所じゃなかったっけ?


「おい、あれって……」

「二年の武藤先輩だっ!」

「本物初めて見たけど、迫力半端ねぇーっ」


 ……ん?

 近くのテーブル席から聞こえてきた会話は、教室で聞いたのと似た内容だった。

 やはり、先輩は男子生徒たちからの人気が高いようだ。

 ほんとに、何者なんだ……?

 武藤むとうあき。姉と同じ二年生で陸上部所属。

 今、手元にある情報はこれだけだ。

 さすがに、これだけで特定するのは至難しなんわざか。

 そんなことを考えていると、


「ああぁ~~~腹減った♪ 食うぞ~っ!」


 と言って、先輩はテーブルの上にズラリとパンを並べた。


 焼きそばパン、ホットドッグ、カツサンド、カレーパン、明太フランス、コロッケパン。あと、紙パックの牛乳。


(すっ、すごい……)


 それは、育ち盛りの小学生が食べるような量だった。

 正直、ちょっと引いている。

 僕と姉さんの同じおかずが入ったお弁当と比べると、その量は一目瞭然いちもくりょうぜん


「毎回思うんだけどさっ。そんなに食べてよく部活のとき動けるよね?」

「これくらい食わなきゃ、昼持たねぇんだよっ。逆に、そっちはそれだけで足りるのか?」

「足りるもなにも、秋の食べる量が多すぎるだけでしょ?」

「そうか? まあ、いいや。いっただっきまーーーすっ!!」


 そう言って、乱暴に開けた袋から出した焼きそばパンを、大きく開けた口で迎え入れた。


「うまぁあああ~っ♪ やっぱ、ここの焼きそばパンは最高だな……っ!」

「はいはい、知ってますよー。何回聞いたと思ってんの?」

「じゃあ、そんだけうまいってことだなっ♪」


 ――――…っ!!


 ここまで幸せそうにパンを食べる人を……初めて見たかもしれない。


(……あ。もしかして、先輩は…――料理を美味しそうに食べているところを動画にしてSNSにアップする…………動画クリエイターなのでは……ッ!?)


 それなら、先輩を見た人たちが揃って目の色を変えていることにも説明がつく。

 そうだっ、間違いない!


 …………あれ?


 でも僕は、なにか……大事なことを忘れている気がする……。

 先輩の正体よりも気になることがあったはずだ……。

 なんだっけ……う~ん……っ。


『あ、あたしと……』


 ――…あっ。聞こうと思っていたのにすっかり忘れていた。


 あの言葉の意味を……。

 気になるけど、果たして素直に教えてくれるのだろうか。

 でも、聞くしかない……。


「はぁ……」


 口から自ずとため息が漏れると、


「――ッ!?」


 先輩は、両手に持っていたパンを慌ててテーブルの上に置いた。


「…………っ」


 それからというと、先輩は口を小さく開けてちょっとずつ食べ始めた。

 そのおとなしい姿は、『武藤秋、動画クリエイター説』を一瞬で否定した。

 さっきの『武藤秋、アイドル説』が、一瞬にして粉々に散ったことが今では懐かしい。ほんの数十分前のことなのに……。


「………………」


 それにしても、急にどうしたんだろう……?

 僕は首を傾げながら、その様子を見つめていたのだった。




 ――――…まさか、その原因が自分とは知らずに……。




「やれやれ……」


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