第6話

「ユエ、あれを見て」

 ユエに抱えられながら、森の西の方に向かっていたリリアは黒い影を見つけた。ユエが近くの着地しやすい場所まで飛んでいく。

「あなたは、キャメロンの使いの者ね?」

 リリアは地面に足が着くなり、黒い影に向かって問う。影はかすかに頷く素振りをする。人の形をしているが、全身真っ黒で顔がないので、動きをよく見て判断するしかない。影はついて来るように手を振って、茂みの方へ歩き出した。ユエとリリアは顔を見合わせ、影と少し距離を置きながらついていく。

 しばらく歩き続けると、やがて開けた場所に出た。

《主、あそこを》

 ユエが何かを見つけ、指をさす。彼女の指先を目で追うと、わずかに亀裂が入っている部分が見えた。

「あそこが結界の弱っているところかしら?」

《微かですが、フライやカルたちの気配が伝わってきます》

「え! レイウェン様たちが来てるってこと?」

《主を探されているのでしょう》

 ユエの言葉にリリアは、驚きを隠せない。どうやって、ここを探し当てたのか。人が寄り付かない場所だ。

 森の中を歩いていて気づいたのだが、景色に見覚えがあった。昔よく一人で迷い込んでしまい、ダンがいつも探しに来てくれていたカリマンダ城だろう。ダンがここを根城にしているのも頷ける。ここは、フォンセ国と六つの国の境界地となっていて、ドゥンケル族以外の者が入り込んでしまったら、二度と出られないと言われている禁断の森なのだ。

 昔の記憶を取り戻したリリアは、次々と懐かしい情景が思い出されていく。思い出に浸りかけていると再びユエの声で現実に引き戻される。

《主、結界の綻びを見つけました。破りますか?》

 気がつくと、影の者の姿はいつのまにか消えていた。ユエが返事を待つようにこちらをじっと見つめる。

「ここから出るには、破るしか方法はないのよね?」

《はい》

 その時、結界の綻びにミシリと音を立てて亀裂が僅かに入った。

「リリアー!!」

 遠くの方からレイウェンたちの声が聞こえた気がする。

「みんな!?」

 リリアは、声のした方向を探す。ユエが亀裂にそっと触れると、目の前の景色が変わった。

 突然、アイリスとフライの姿が見えるようになる。

「アイリス様!」

「リリア! よかった、無事なようだね」

「はい。他のみんなは?」

「いるよ、リリアを探してたんだ」

《リリアー、怪我はないー?》

「フライ、心配かけてごめんなさいね。大丈夫よ」

 よく向こう側を見ようと近づこうとして、リリアは火傷のように爛れている右腕を慌てて背中に隠す。ユエは、それを見ても黙ったままでいた。

 アイリスの声を聞きつけたのか、レイウェンたちもすぐに姿を現した。

 レイウェンの手には何故か、リリアが気に入っていたハンカチが握られている。

「リリア!」

 一番聞きたかった声が聞こえ、泣きそうになる。彼の姿を目にして、触れたい衝動に駆られる。

 レイウェンが結界に手を触れた。その手に、リリアも左手を重ねる。彼の温もりが伝わってくるはずはないのに、不思議とほっとした。目に涙が溢れそうになるのを我慢しながら、リリアは彼を見つめる。

……。わたし、やっと全てを思い出したの」

 昔呼んでいたように彼の名を口にすると、彼は目を見開いた。だが、すぐに柔らかく微笑む。

「やっと、リリアに会えた」

 彼の言わんとすることが分かり、涙が一粒だけ頬を伝った。

 けれど、再会の喜びに浸る間もなく、今度は城の方角から何かが爆発するような大きな音がした。同時に地面が激しく揺れる。

《主、時間がないです。バイオレットを封じていた空間が壊されました》

「そう、みたいね。みんな、少し離れて!」

 リリアの言葉に結界の向こう側にいる面々は、急いで木々の後ろに下がった。それを確認し、自分も数歩下がる。ユエが隣に立つために結界の亀裂から手を離すと、すぐに彼らの姿が見えなくなった。

「大丈夫。わたしならきっと出来る」

 リリアは足に力を入れ、怪我をしていない左腕を前に伸ばす。ユエがその横で同じポーズをとった。準備完了だ。

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