第4話

「待ちなさい」

 窓の近くで結界を張って、バイオレットの音から逃れていたキャメロンが立ちはだかる。ダンは気を失っているのか、床でぐったりと横になっていた。キャメロンはじっとこちらを見つめる。

「ここから逃げるのは、不可能です。ここは広範囲で結界が張り巡らされています」

「大丈夫です。わたしとユエなら結界を破ることが出来るわ」

「……その手で?」

 彼女は呆れたような表情で、リリアの手元を見た。キャメロンに言われて、リリアは初めて自分が怪我をしていることに気がつく。いつの間にか服が破れ、掌から腕にかけて火傷したように皮膚が爛れていた。

 だが、不思議なことに痛みはない。自身に治癒の力は使えないから、きっと後から痛みが増していくのだろう。

《主》

 心配そうにユエがこちらを見る。ユエを安心させようとリリアは微笑んだ。

「大丈夫よ。痛みはないから」

 キャメロンは大きくため息をつく。

「ダン様があなたを好いている理由が少し分かった気がします」

「え?」

 彼女は苦笑いしながら、言葉を続けた。

「結界の中でも力が弱まっている場所があります。そこまで私の影の者に案内させましょう」

「どうして、そこまで……?」

 リリアはキャメロンの意図が読めず、思わず眉根を寄せる。

 彼女らは、セェーン族を敵視していたのではなかったのか。なぜ、逃げ出す手助けをしてくれるのか。

 キャメロンがまたため息をついた。

「私達の目的は、昔のように光と闇を共存させることなのです。ダン様は不器用な方だから、素直にそうは言いませんが……」

 彼女はちらりと横になっている彼を見やる。その表情はとても優しいものだった。

「ですが、妹の方は違います。自分の私欲しか頭にありません。ですから」

「あなたの言いたいこと、分かったわ。私たちも共存を望んでいるの。敵対はしたくない」

 キャメロンは頷く。リリアは、結界に閉じ込めたバイオレットの方に視線を向ける。

 今回の問題の元である彼女をどうにかしないと、共存は無理だろうと思う。どうしたものかと考えているうちに、結界に亀裂が入り始めた。

《主、急ぎましょう。結界が壊されます》

 ユエが瞬時にリリアの足と脇に腕を通し、お姫様抱っこの状態で窓から飛び降りようとする。

「待って、ユエ。……あなた達はどうするの?」

 キャメロンがダンを抱き上げながら、振り向く。

「私たちも別のところへ身を隠します。西の方へ向かいなさい。影の者が森の入口にいますから」

 礼を言う前に、ユエが窓から外へ飛び出した。

《彼女に言われた通り、西へ向かいますか?》

 ユエは確認するように、リリアの表情を伺う。その言葉にただリリアは、頷くしかなかった。ここから逃げ出すには、彼女の言葉を信じるしかない。

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