第3話

『音はあらゆる振動によって紡ぎ出されるんだ。だけど、唯一音が出なくなる時がある』

 庭でいつものように、遊んでいた時だったと思う。彼が突然、そのようなことを言い出した。

『音が出なくなる時って、どういう時?』

『真空になった時だよ』

『しんくう? それって、空気が全くない空間のことだよね?』

『そう。どうやったら真空に近い状態の空間を生み出せるか、知っているかい?』

 思わぬ話に、とても興味を惹かれたのを覚えている。彼の話を前のめりで聞いていた。

『どうやるの?』

『結界だ。音の発祥源になっている所に結界を張ればいいんだ』

『逆の発想ね。周りから守るのではなく、相手の周りにだけ空間を作る!』

『そういうこと。やっぱり、リリアは賢い女性だね』

 レイウェンに頭を優しく撫でられ、嬉しさで胸がいっぱいになった。



結界を作る力と破る力を持っていたのは、当時リリアだけだった。セェーン族で結界破りが得意な者がいても、生み出せる者はいなかった。結界を作るには、それ相応の力が必要だからだ。

リリアが結界を作れたのは、六神の力を全て使うことができたから。その事を知っているのは、十五年前のあの時、あの場にいたリリアの両親とダンだけ。おそらくバイオレットは、リリアの真の力のことは聞かされていないのだろう。

 当の本人は、現在いまリリアの目の前で楽しそうに笛を吹いている。

 十五年前のあの日。バイオレットは突然リリアの部屋へやってきて、レイウェンと結婚したいから縁談が来ても断ってくれと懇願してきたのだ。リリアもレイウェンのことが好きだったため、無理だと彼女の頼みを断った。

『あんたばっかり、特別扱いされてズルい! レイウェン様もお兄様もあんたに夢中!! どうして!? 一体、あたしと何が違うっていうの!?』

 バイオレットが金切り声をあげた途端、部屋の窓ガラスが一斉に割れた。さらに、彼女の嫉妬は思わぬ方向へ向かったのだ。

『あんたの親が居なくなれば、掟が破られることもないわよね。そうよ、あの二人さえいなければ……』

『何を言っているの? バイオレット』

『大切な人を奪われる苦しみをあんたも知ればいいのよ!』

 バイオレットは泣きながら部屋を飛び出していった。彼女の姿を見たのはそれが最後だ。

まさか両親が殺され、火事で家も失うことになるとはリリアも想像していなかった。

不意にバイオレットの笛の音が耳に入り、我に返る。さっきよりもテンポが速くなっている気がするのは気のせいだろうか。

 ≪主、どうされますか≫

 頭上からユエの声がして、現状に意識を集中させる。

「とりあえず、彼女を結界の中に閉じ込めて、真空状態を作るのが先ね」

 ≪御意。お力添えいたします≫

 ユエが羽を広げ、リリアはバイオレットの前に立ちはだかる。全神経を彼女へ集中させる。

 頭の中で光の輪を思い描き、手のひらを上に突き出す。その手にユエは自分の手を重ねた。すると、さらに光の輪が大きくなり、渦を作り出す。そのまま、バイオレットの方へ輪を放つ。

「出でよ、月光界げっこうかい!」

 光の輪が彼女を捕え、そのまま彼女を包み込むようにして輪が大きくなり、光の結界が作られた。バイオレットの叫び声が微かに聞こえたが、すぐに結界で封じ込められる。

「はぁ、はぁ……。これで、しばらくは大丈夫かしら」

《はい。ですが、あまり長くはもちません。早くここから出ましょう》

 ユエが部屋の窓の方へ手をかざすと、触れてもないのに勝手に窓が開いた。

リリアはユエに抱えられ、窓から飛び立とうとした時に凜とした声に呼び止められた。

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