第2話

「何故、それを黙っていたのですか?」

「そのうち気付くと思ったからよ。でもお兄様、全然気付かないんだもん。だから、だんだん面白くなってきちゃって! それに————」

 ちらりとバイオレットがリリアを見る。その目はダンに向けていたものとは打って変わって、怒りに満ちていた。まるで、何かに嫉妬しているような怒りの目だった。

「あんたがお兄様の手に渡れば、あたしもお兄様もお互いにウィンウィンになるしね」

「……どういう意味?」

 思わず、リリアは口を挟んでしまう。

 バイオレットはリリアをしばらくじっと見据え、やがて得意げな表情で教えてくれた。

「あたしはレイウェン様が好きなの。お兄様は、あんたが好き。つまり、あんたがお兄様のところに嫁げば、レイウェン様はあたしとの結婚に首を縦に振るしかなくなる」

「えっ……」

「あんたの親は、あんたとレイウェン様を結婚させようとしていたみたいだけどね。お父様がそれを教えてくれたの。掟を破ろうとするなんて、先祖様の顔に泥を塗るようなものよ」

「やめろ、バイオレット」

 ダンが話を遮ろうとするが、バイオレットの口は止まらなかった。

 怒りに任せて、矢継ぎ早にリリアへ言葉で攻撃する。

「あら、お兄様だって、そう思うでしょう? 元々お兄様とその女が結婚するはずだったのに、親の都合で勝手に変えられるなんて、信じられないわよね。だから、あたしが制裁を下してあげたの。ありがたく思ってほしいわ」

「……だからって、何も殺さなくたって」

「それは、一応謝っておくわ。別に殺すつもりはなかったの。でも、力が勝手に暴走しちゃって。しょうがないわよね、まだ当時のあたしは幼かったわけだし?」

 悪びれた様子もなく、バイオレットは可愛らしく首を傾げた。リリアは怒りを通り越して、あまりの衝撃的な事実に言葉を失う。

「やはり、私たちはあなたに利用されていたのですね」

 キャメロンが静かな口調で呟いた。

「いやぁ、キャメロンさんはあたしの術が効かなくて、ヒヤヒヤしたけどねー」

「あなたの術は幼児が扱うも同然の力。けれど、私はダン様の命令であれば、従うまでですから」

「よ、幼児ですって!? ちゃんとあたしの術が効いていたじゃない!」

「何も考えないようにしておりましたので」

「くっ……、本当に嫌な女。でも、キャメロンさんが本当に好きなのは、お兄様だもんね」

 言い負かされまいとバイオレットは意地の悪い笑みを浮かべる。キャメロンは、そんな彼女を静かに睨み付けた。

 一方で、リリアは一人納得する。エドワードとキャメロンは結婚しているものの冷めた関係であると、レイウェンから聞いていた。それがどうしてなのかというのが、今やっと分かった。キャメロンには、別に好きな人がいたからだったのだ。

「でもまぁ、バレるのも時間の問題だったし。ちょうど良いわ。邪魔者は消えてもらうわね。お兄様ももう長くないだろうから」

 いつの間にか、バイオレットの手には金属でできた笛が握られていた。そのまま笛に口をつけ、メロディーを奏で始める。すると、部屋中に音が響き渡り、壁や床、天井などあらゆるところがミシミシと音を立て始めた。

「……!」

 突然の金切り音にその場にいた全員が耐えられずに耳を塞ぐ。その音は甲高く、女性の悲鳴みたいに聞こえる。

 すぐさまユエがリリアを抱え、大きな羽でリリアと自身を包み込んだ。そのお陰か、少し音が遮られる。

 リリアは、ダンたちの様子が気になり、羽の隙間から辺りを伺ってみると彼らも黒い結界を張っているのが見えた。何とか音から身を守れているのが分かり、少しほっとする。

 急いで音を止める方法を見つけるために、リリアは記憶の糸をたどり、バイオレットの力を思い出す。彼女はドゥンケル族の中で、唯一の音使い。この世の全ての音を操れ、確か話す声のトーン一つで暗示をかけることもできたはずだ。恐らく、今まで声色でダンに暗示をかけて、操っていたのだろう。だが、キャメロンにはあまり効いていなかったようだ。もしかしたら、同性には効力が弱まるのかもしれない。

 ふとその時、リリアは幼い頃にレイウェンから聞いた話を思い出す。

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