第6話

「ハァ、ハァ……」

 見慣れない天井が視界を覆う。辺りは薄暗く、しんと静まり返っていた。自分の荒い息遣いだけが響く。

 どうやら、さっきまで見ていた光景は夢だったようだ。背中や額にぐっしょりと汗をかいていて気持ちが悪い。ゆっくりと体を起こそうとした時だった。

「リリア、気がついたか」

 聞き覚えのある声が突然、部屋の中に響いた。自分の他にも人がいたことに驚く。

 薄暗闇の中から現れた者に目を凝らすと、夢で見た少年の面影が残った大人の男性がいた。

「あなたは……」

 声を聞いて、不意に思い出す。この声を今までも聞いたことがあった。

「ダン、ね?」

「その通り。久々だな。会えて嬉しいよ」

 彼は薄笑いを浮かべた。その表情にゾクリと寒気がする。自分がベッドの上にいることを理解し、掛け布団をぎゅっと手繰り寄せる。どうやら、彼にここへ連れ拐われたみたいだ。

「あなたが私にあんな夢を見せたの?」

「夢?」

「あなたは知っているんでしょう。私が……」

「伝説の力を持っていること?」

 やはり、あの夢は過去の記憶のようだ。まだ信じられない。何故、急に思い出せたのかも分からない。

 だが、この男と関わる度に毎回少しずつ、過去の記憶に触れる。何か関係があるのは間違いない。

「少し闇の力が触れただけで、そこまで思い出せるとは驚きだ。やはり、闇の力も持っているようだな」

 嬉しそうに、彼はよく分からないことを呟き、ベッドの方へゆっくりと近付いてくる。いつの間にか、扉の近くには女性が一人、気配を消して立っていた。月明かりがその女性を照らす。リリアは息を飲む。

 扉近くに立っていたのは、以前ローズ村のフェスティバルで襲われたキャメロンという女性だった。

「ダン様、お気をつけください」

「分かっている。直接、触れはしない」

 二人の会話の意図が読めず、リリアは身の危険を感じる。

「なぁ、リリア。俺と手を組まないか?」

「手を組む?」

「そうさ。十五年前、火事を起こしたのが誰か知っているのだろう? そいつに復讐してやろうじゃないか。家も家族も失ったのだから」

 ダンの言葉を聞き、記憶の糸を手繰り寄せる。ちらりと脳裏に小さい女の子が思い浮かぶ。その瞬間、何故だか急に頭に激痛が走った。

「痛っ……!」

 痛みに耐えようと歯を食い縛る。リリアの異変に気付き、ダンは歩みを止めた。

「もしかして、まだそこまでは思い出せていないのか?」

「どういうこと……」

「お前は治癒の力を持つ、闇と光の均衡を保つ存在だった。しかも、それだけではない。六神龍全員の力や闇の力も使える特別な存在なのだ」

 頭の痛みが和らぐことはなく、激痛に耐えながら、彼の話を聞く。彼はリリアに近づくことを諦めたのか、窓辺の方へ向きを変えて話を続けた。

「自分の六神龍や闇の力に気付き始めた頃、書庫であの話を聞いたのだろう?」

「書庫……。さっきの夢、あれはやっぱり私の記憶だったのね」

「ああ、そうだ。とても大きな力を持っていることに怯えたお前は、その場にいた俺に助けを求めた。だが、あの日、俺たち以外にも話を聞いていた奴がいたのだろう? そいつが屋敷に火をつけたんだ」

「知ら……ない」

 ダンがまくし立てるように話すのに比例して、頭が割れそうなほどに痛みが増していく。

 けれど、また幼い女の子の姿が脳裏をかすめた途端、頭の中でもやもやとしていたものが晴れ始めた。

 彼は「六神龍の力が使える」と言った。さっき見ていた夢で、確かに自らの手から火を放っていた。だが、あの感覚は自分の力で放っている感覚ではなかった。誰かの力を借りているような————。

「そうよ。あの時、私の中にカルがいたんだわ」

 六神龍の一匹、火龍のカルの存在を体の中に感じていたのだ。

 少しずつ、リリアの中で記憶の点と点だったものが、一本の線に繋がりかける。

「何が言いたい」

「私はあの日、両親を殺した掟破りの者と一緒に死ぬはずだったのよ」

「やはり、火をつけた奴が誰なのか、知っているんだな? いや、思い出したのか」

 ダンが眉をひそめる。短時間で記憶を思い出せたことは、予想だにしなかったのだろう。

 だんだんと頭の痛みが和らいでいく。記憶の封印が解かれつつあるのかもしれない。色々な情景が頭に浮かんでは消えていく。

「火事を起こす前に、両親は既に殺されていたの。もちろん、ダン。あなたもよく知っている人がやったのよ」

「俺が知っている人物?」

 彼は首を傾げる。扉の近くで微動だにしないキャメロンも固唾を飲んで成り行きを見守っている。

 どうやら、十五年前の真実を知っているのは、リリアだけのようだ。

 一つ深呼吸をしてから、リリアはダンを睨みつけるようにして、見つめる。

「————あなたの最愛の妹が掟を破ったのよ」

 リリアの言葉に、彼は大きく息を飲んだ。驚きの表情を隠せないでいる。

「あなたを裏切り者として仕立てあげたのも彼女じゃないかしら」

「そんなはずはない。アイツがそんなこと……」

 よろよろと窓辺に寄りかかる。その時、ハッキリと見えてしまった。

 彼には、

 薄暗いせいでよく見えていなかったが、窓辺の月明かりが差し込んた時に、一瞬だけ彼の体が透けて見えた。

「ダン、あなた、その体……」

「ああ、そうか。お前は知らないんだったな。あの火事で体はなくなった。残っているのは、魂だけだ」

「————ダン様は、死ぬ間際に禁術を使ったのです」

 それまで黙っていたキャメロンが口を開く。

「あなたを助けるために、魂だけが体から離れ、彷徨っていました。あなたを探し続けて、十五年。今は、式神を使って生き延びているのです」

 そう説明されるのと同時に、突然リリアの周りが光に包まれた。

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