第5話

 今、自分は懐かしい光景を見ている————。

 レイウェンやユエたちと庭園でお茶をしているのだ。辺りは柔らかい光に包まれていて、幸せに満ち溢れている。

 だが、突然その光景が赤い炎に包まれた。レイウェン達の姿はどこにも見当たらない。

(レイウェン様? ユエ? どこにいったの?)

 言葉を発しようとしても、なぜか声が出ない。炎の中で一生懸命に声を張り上げようとしても、息が吐き出されるだけだった。首を巡らしてみるが、周囲にはやはり誰もいない。ふと自分の手元を見て、リリアは驚く。炎に囲まれているのではなく、その炎は自分の手から放たれていた。

(どういうこと……? 私、炎も扱えるの?)

 頭が混乱する。だが、意思とは関係なく、次々と手は勝手に炎を放ち、屋敷中が燃えていく。不思議と熱くはない。ただ、燃え上がる炎と崩れ落ちていく屋敷を茫然と見つめることしか出来なかった。

(これって、十五年前の事件は私が起こしたものだったっていうこと……?)

 だんだんと冷静さを取り戻し、頭が冷えてきたかと思ったら、すぐに別の場面に変わった。

 そこは、壁が全て本に埋め尽くされている部屋で、微かに誰かの話し声が聞こえてくる。気になって、声がする方へ壁に沿ってこっそりと近づいていってみた。

『リリアとレイウェンが恋仲だと? まだあんなに小さいんだぞ!?』

 話している内容が聞こえる距離になった途端、少し大きめの野太い男性の言葉に思わず歩みを止める。

『まだ確定した訳じゃないわ。そうかもしれないって思って』

『それは決して、あってはならないことだ。リリアにはバイヤード家の嫡男であるダンとの婚約が決まっているんだ』

『それは、親である私たちの都合でしょう? 本人たちの意思を尊重してあげようとは思わないの?』

 もう一人は女性の声で、感情を押し殺したような低い声で話していた。

『お前もよく分かっているだろう。この世界の均衡を保つために、セェーン族とドゥンケル族の者同士で結婚するという掟を』

 男が冷たく言い放つ。どうやら言い合いをしている男女は、自分の両親のようだ。一体、何の話だろうか。

 幼い時に、自分はこの場面に遭遇したのだろう。リリアは固唾を飲んで物陰に佇み、成り行きを見守る。

『そんな掟、もう無くしてしまってもいいんじゃないかしら?』

『なんだと?』

『好きな人と結婚できないなんて、可哀想じゃない』

『……それは、お前のことを言っているのか? バイヤード家に嫁ぐことができなかったから』

『そうじゃないわ。ただ、同族同士でも結婚したっていいじゃないと思ったのよ。長きにわたって、掟を守ってきて平和が保たれてる今だからこそ、お互いを尊重して』

『お前、バイヤード家に何か言われたのか?』

 母の言葉に被せるように、父は語気を強めて遮った。母は押し黙ってしまう。それを肯定と捉えたようで、父が畳み掛けるように話し続ける。

『リリアは特別な子だ。数十年に一度に生まれてくる類まれなる子なんだぞ。バイヤード家に何を吹き込まれたか知らないが、リリアが特別だからと言って、掟を破るようなことは決してあってはならない。レイウェンもそれはよく分かっているはずだ』

『……でも、あの子なら光の世界と闇の世界を均衡に保ち続けられる方法を見つけ出せるかもしれないの』

『どういうことだ?』

 両親の会話に集中して聞き入っていたら、不意にかたりと背後から小さな音がした。慌てて振り返れば、自分より少し背の高い少年がいた。その顔には見覚えがあった。つい最近、会った人に似ている。

『リリア?』

 彼は少し驚いた表情かおをしたが、すぐに状況を察したのか口元を手で押さえた。両親の会話は続いている。

『あの子には、治癒の力の他に、もっと凄い力があるかもしれないのよ』

『それは確かなのか?』

『ええ。リリアはよく六神龍に囲まれているでしょう? しかも、ダンの守護神であるジャークでさえ、彼女に懐いてる、属性の異なる神龍たちが一人に懐くのはとても珍しいって、前に文献で読んだわ。でもあの子はどの神龍にも好かれてる』

『その文献なら読んだことがある。確か、「六神龍に好かれる者には偉大なる力が宿る」と書かれていたな。でも、あれは伝説で……』

『伝説なんかではないと思うの。間違いなく、リリアはこの世界を変える力を持っているわ』

 母のきっぱりとした言葉に、今度は父が押し黙った。

 両親の言っていることが頭に入ってこない。自分には治癒の力や月龍の力だけでなく、まだ何かあるというのだろうか。記憶が少しずつ戻りつつあり、嬉しい気持ちと同時に、だんだん自分のことがよく分からなくなっていく。

 自分は一体何なのか。不確かな存在のように感じて、怖い。

 これ以上は話を聞きたくなくて、その場から立ち去ろうとするが、足が思うように動かなかった。

 その時、背後で息をひそめていた少年がリリアの耳元で囁く。

『リリア、俺のところにおいでよ』

 少年が差し出した手が救いの手のように感じて、リリアは腕を伸ばしかける。途端に、視界が真っ暗になった。突然何も見えなくなり、パニック状態に陥りそうになって、はっと目を覚ます。

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