第3話

 ミリアはそっとリリアの肩まで毛布をかけ、彼女の寝息を確かめてから部屋を出る。ドアを静かに閉めたところで、エドワードの部屋からレイウェンが出てきたところだった。

「レイウェン様」

「リリアは、寝ましたか?」

「はい。今日だけで色々なことがあったからか、お疲れのご様子で」

 ミリアが今閉めたばかりのドアを、レイウェンは音を立てないように再び開けて、リリアの様子を確認する。昔から彼は、自分の目で確かめないと気が済まない性格だったことを思い出す。

 ちゃんと寝ていることを確認し、安堵の表情を浮かべているレイウェンに、ミリアは苦笑いする。

「リリア様へのお気持ちは、お変わりないようですね」

「当然です。彼女以上に癒される女性には、未だ出会えたことがないですよ。――――それより、この村も闇の手が伸びています。油断はできません。リリアから目を離さないでください」

「闇の手」と聞き、ミリアは身体に力が入る。リリアの力がどれくらいのものなのか誰も分からないため、万全な態勢ではない今、自分たちで守るしかないのだ。

「かしこまりました」

「あと、アイリスと明日、船で落ち合うことになりました」

「アイリス様、ですか? あのハウ国の」

「そうです。海の上で襲われる場合を考えて、風使いである彼女の援助を以前から要請していたのですが、やっと来てくれることになりました」

「え、アイリス様自ら、お越しになるのですか? 護衛の方たちがいらっしゃるのではなく?」

「はい。一応、護衛の者も来ますが、アイリス本人が来たいと言って聞かないようで」

 レイウェンが苦笑する。

 リリアがまだ幼かった頃に、ミリアも何度かアイリスに会ったことがある。確かに、自ら矢面に出ていくような性格だったことを思い出す。

 アイリスはハウ国で、風龍の力を持つ若手の現女王だ。当時十七歳だったアイリスは、ドゥンケル族で雷使いのカイザーと結婚をした。

「殿方がいても、アイリス様はアイリス様のようですね」

 ミリアが笑うと、レイウェンも肩をすくめた。

「あの人は、昔から何も変わっていないですよ。いい意味で」

「お元気そうでよかったです」

「ちなみに、彼女の前でカイザーに関する話題は禁物なので、気を付けてください」

 何やら不穏な空気を感じ、ミリアは不思議に思いながらも黙って頷く。

 アイリスとカイザーの二人は、今では珍しい恋愛結婚で、カイザーが婿養子としてハウ国に来たと聞いている。とても仲が良い夫婦で、リリアも可愛がってもらっていた。カイザーは執事であるミリアに対しても屈託なく接する人で、のんびりとした穏やかな性格だった。はっきりと物を言うアイリスとは対照的だが、仲睦まじかった印象が強い。そんな仲良し夫婦にも、闇の手が伸びているのかもしれないと思った。

 ドア越しにリリアの様子を伺うレイウェンの後ろ姿を何とはなしに見つめていて、不意に、ミリアは数か月前にリリアを訪ねてきた怪しい男のことを思い出した。

「レイウェン様、一つお話したいことがあります」

「何でしょうか」

「数か月前に、リリア様を訪ねてきた男性が一人いたことを思い出しました。今思えば、村で見たことのない顔でしたので、その方もドゥンケル族の者だったかもしれません」

「なるほど。どういった用件でリリアを訪ねてきたか、覚えていますか?」

「いえ。特に用件はなく、花を買うついでに世間話の流れで、娘がいるかと聞かれました。その場ではいないとお答えしたのですが、もしかしたらリリア様に会っているかもしれません」

 その日はちょうどリリアがローズと出掛けていて、家には居なかった。だが、夕方にリリアはひどく青白い顔をして帰ってきたのだ。理由を聞こうとしても、「途中で気分が悪くなった」の一点張りで、何も話さなかった。

 話を聞き終えたレイウェンは、顎に手を添えながら壁に寄りかかる。何やら気になることでもあるようだ。

「ちなみに、その男はどのような恰好をしていましたか?」

「確か、二十代後半ぐらいの痩せ細った人で、おどおどした話し方でした。身にまとっている空気が全体的に暗かった印象です」

「さすが、ミリアさん。花屋でたくさんの方と接しているはずなのに、よくそこまで詳細に覚えていますね」

「特徴的な方は覚えやすいのと、村の人以外は特に注意して観察しておりましたので」

 いつ何時、リリアの素性を知った者が現れるか分からなかったため、ミリアは常にちょっとしたことも見逃さないようにしていた。

「恐らくドゥンケル族の者でしょう。偵察に来ていたのかもしれません。こちらでも少し調べてみます」

「お願いします。また、何か思い出しましたら、ご報告いたします」

 ミリアの言葉にレイウェンは頷き、すぐさまエドワードの部屋へ戻っていった。

 部屋に入っていく後ろ姿を見送りながら、ミリアは道中で何も起こらないことを心の中で願うばかりだった。


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