第2話

 やがて、レイウェンたちの住むモントンについて話を聞いているうちに、今夜泊まる宿に到着した。

「到達いたしました」

 従者が灯りを片手にドアを開け、レイウェンとエドワードが先に降りた。彼らの手を借りながら、リリアたちも馬車を降りようとした時だった。不意に背後で気配を感じ、背中がぞくりとする。思わず、レイウェンの手を強く握る。

「リリア?」

 すっかり辺りが夜の闇に包まれているとはいえ、宿や街灯の灯りがあるのに異様に辺りが暗い。心の中でそっと月龍ユエの名を呼ぶと、自身の周りが仄かに光をまとう。その様子を見ていたレイウェンやエドワードは、リリアの背後を注視する。すぐさま親衛隊がレイウェンたちを背にして、周囲を警戒している。

「そこか!」

 エドワードが急にリリアの背後にある林の茂みにめがけて、炎を放った。だが、気配はあっさりと消える。リリアは、無意識に自分の肩を抱く。

「リリア、顔色が悪いね。大丈夫?」

 レイウェンの声で、リリアは我に返った。いつの間にか息を止めていたようで、息を深く吐きだす。

「少しだけ、寒気が……」

「すぐに宿へ入ろう」

 四人は急ぎ足で宿の中へ入り、部屋に案内してもらう。リリアとミリアはレイウェンと同じ部屋で、エドワードだけは別の部屋が用意されていた。今回、レイウェンたちはお忍びでこの村に来ていることになっている。――――が、装飾や家具などを見るからに、身分のいい人が泊まれる部屋であることは一目瞭然だった。

「あの、こんな立派な部屋」

「リリアは何も気にしなくていいよ。好きにここを使ってくれ。僕は、あっちのソファの部屋で寝るから」

 ベッドが二つ並んだ部屋に従者がリリアたちの荷物を置く。レイウェンは、暖炉とソファがあるもう一つの部屋の扉を開けた。どうやら、彼はそこで寝るつもりらしい。

「何かあったら、すぐに呼んで。必要であればメイドも」

 そのまま部屋を出て行こうとする彼をミリアが引き留めた。

「レイウェン様をソファで寝かす訳にはいきません。わたしが」

「ミリアさん。未婚であるリリアと僕が一緒に寝てもいいの?」

「それは」

「これは、国王命令だ。ミリアさんはこっちで寝ること。いいね?」

「……かしこまりました」

 国王命令となれば、ミリアも逆らうことはできない。渋々頷くミリアを尻目に、レイウェンは扉をしめた。

 しばらくして、部屋に軽食が運び込まれた。どうやらレイウェンの計らいのようだ。礼を伝えようと扉をノックしたが、部屋には誰もいなかった。従者に尋ねれば、彼はエドワードの部屋にいるとのことだった。礼を言うのは明日にして、ミリアと二人で食べることにする。

 ミリアがいつものように紅茶と軽食をテーブルに並べてくれる。

「リリア様、どうぞ召し上がってください」

「ありがとう、ミリアさん」

 淹れたての紅茶を口に含み、リリアは人心地つく。ミリアも隣に腰掛け、サンドイッチを手に取った。

「ねぇ、王族の生活って、どんなものかしら?」

「そうですね。お着替えが一日で朝・昼・ティータイム・夜と四回ほどありますよ」

「えっ! そんなにあるの?」

「はい。身だしなみは、王族の中で最も重要視されているものですから」

 リリアには考えられないことだった。着替えは、汚れた時や寝間着に着替える時ぐらいの感覚で、頻繁に着替えるとは驚きだ。

「小さい頃もそんなに着替えていた?」

「そこまで回数は多くはなかったですが、午前と午後で二回ほどお着替えされていましたよ」

「そうなの……」

 王族として暮らすのは、なかなか大変そうだ。一緒に暮らすとなったら、リリアもそれなりに作法などは学ぶことになるのだろう。

 ミリアはその他にも、淑女としての作法や食事、お茶会などについて詳しく教えてくれた。話しているうちに、夜も更けていき眠気に襲われる。リリアはミリアに寝る支度を手伝ってもらい、横になった。

「ゆっくりお休みください」

「おやすみ」

 部屋の灯りが消され、思っていたより疲れていたのか、リリアはすぐに眠りについた。


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