第9話

「ああ、ちゃんと説明していなかったね。ダンの正式名は、バイヤード・セル・ダンと言うんだ」

「バイヤード……」

「奴は十三年前、君の家を襲った主犯者だよ」

「えっ、彼が主犯……? バイヤード家の当主が主犯ではないのですか?」

「ダンの父親が、ダンを唆して事件を起こしたんだ」

「そうです。リリア様のことを気に入っていらしたダン様の心を利用するなんて、最低です」

 ミリアは当時のことを思い出したのか、ハンカチを握りしめ、感情を抑えようとしているように見えた。

「ちなみに、ダンはあの火事でかなりの火傷をしていて、生死を彷徨っていたと聞いている。けど、数年前から行方知らずになっている」

 エドワードは苦々しい表情で、拳を握りしめる。ダンの監視は、エドワードともう一つの国、ハウ国の管轄だった。だが、彼らの情報網を搔い潜り、ダンは忽然と姿を消したのだ。リリアの情報を探しながら、エドワードはダンの情報もかき集めているところだった。

「ダンが姿をくらましたのは、リリアの情報を何かしら掴んだからかもしれない。奴は闇使いの中でも、厄介な力を持っているしな」

「私の頭の中で彼の声が聞こえていたのも、その力が発揮されていたということでしょうか?」

「恐らく、そうだろう。昔から、リリアとダンは離れていても会話ができているようだったからね。だが、もっと厄介なのが、奴は自分でも力を制御できない所だ」

「力を制御できないと、どうなるのですか」

「感情が高ぶっている時に、力を使うとジャークが暴走して、誰にも止められなくなる」

 リリアに説明しながら、レイウェンはあることに引っかかった。

 ダンがリリアに言っていた『十三年前と同じ』とは、一体どういうことなのか。

 ジャークが暴走して、火事を起こした時のことを思い出そうとして、何かが見えてきそうだった。だが、エドワードの声で、考えを中断させられる。

「しかし、またいつリリアを襲ってくるか分からないから、油断はできないな」

「そうだな。だが、ユエの力でかなりの負傷をしているだろうから、治るまでに時間はかかるだろう」

 どうしたものかと考え込んでいると、リリアに呼びかけられた。

「あの、レイウェン様」

 リリアの方へ視線を向ける。彼女は、何かを決意したような瞳をしていた。

「レイウェン様。昨日の提案、ミリアさんと一緒にお屋敷に行こうと思います。ミリアさん、いいですか?」

 リリアがミリアの顔色を伺う。ミリアはリリアがそう言うことを分かっていたのか、迷わず頷いた。

「リリア様がそうするのが良いとお考えでしたら、わたしはその決断に従います」

「ミリアさん、ありがとうございます」

 リリアの瞳が少し潤む。微かに手足が震えていて、それを隠すように強く自身の手を握りしめている。

 突然、自分の過去や力のことを知らされ、住み慣れたこの村を離れなければならなくなったのにも関わらず、彼女は涙を見せずに毅然とした態度で振舞っている。幼い頃の彼女とその姿が重なる。あの火事の時、彼女は真正面からダンに立ち向かっていた。当時まだ五歳と幼かったのに――――。

 そんな年下の彼女の格好良さに、自分は惚れていたのだと改めて思い知る。

「リリア。決断してくれて、ありがとう。何があっても必ず守ってみせるよ」

 レイウェンの言葉に首を傾げる彼女の手を取り、レイウェンはそっと口付けた。

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