第7話

「リリアー?」

「ロ、ローズ! ここよ」

 すぐさまリリアはベンチから立ち上がり、声のする方へ手を振った。

 やがて、可愛らしい女性が大きなバスケットを手に、こちらへ駆け寄ってくる。

「リリア! こんなところにいたのね。どこに行ったのかと思ったじゃない!」

「ごめんなさい……。ちょっと、うたた寝してしまって」

 ちらりとリリアが申し訳なさそうにレイウェンを見上げる。

 それに釣られて、ローズの視線がレイウェンへ向けられ、悲鳴が上がった。

「ええっ!? ど、どうして、こ、国王様が……!」

「初めまして、レディ」

 にこりと笑いかけると、ローズの顔色が瞬時に変わった。

 まるで、狙った獲物を捕らえた獣のような目になる。

「ローズ?」

 リリアの声にローズは我に返り、スカートを持ち上げてレディらしく膝を屈める。

「は、初めまして! ローズ·エルメスと申します。国王様、お目にかかれて光栄ですわ」

「僕も花のように美しく可愛らしい君に出会えて、嬉しいよ」

「う、美しいだなんて……」

 ローズは頬を赤く染め、潤んだ瞳で見つめてくる。

 その表情かおは、レイウェンにとってだった。つい、眉をひそめてしまう。

 女性特有の媚びてくる表情に嫌気がさす。気持ちを静めようと二人に気付かれないようにそっと息を吐く。

 だが、何かを察したのか、突然思い出したようにリリアが手を叩いた。

「そ、そういえば、ローズ! お茶を持ってきてくれた?」

「あ、そうよ! すっかり忘れていたわ。お菓子も持って来たのよ。国王様もご一緒にいかがです?」

「素敵だね。花に囲まれて、まるで妖精のような可愛らしい女性たちとお茶会だなんて、何だかそそられる」

 意味深な瞳をリリアに向ければ、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 その反応も昔と変わらない。だけど、少し違和感がある。

 レイウェンの名前を聞いても、どんなに甘いことを言っても、反応がだった。

 いや、昔と変わらない反応ではあるが、なんとなくどこか雰囲気が違った。

 まるで、彼女はレイウェンのことを全く覚えていないかのようで――――。

「おーい、レイウェンー! どこだー?」

 その時、またもや遠くから名前を呼ぶ声がした。今度はエドワードだ。

「あら? 国王様を探している方がいるみたいですわ」

「残念。どうやら、そろそろ帰る時間みたいだ。お茶会の参加は、また別の機会にでも」

「まぁ、もう帰ってしまうのですか? 寂しいですわ……。ねぇ、リリア?」

「ローズ、国王様はお忙しい方なのだから、引き留めちゃダメよ」

「でも」

 まだ何か言いたそうにするローズの言葉を遮るように、エドワードの声がまた聞こえた。

「それじゃ、僕はこれで。二人はお茶会を楽しんで」

 ローズに微笑みながら、そっとリリアに耳打ちする。

「リリア、また迎えに来るよ」

「え……?」

 リリアが顔を上げた。レイウェンは何食わぬ顔で二人にお辞儀をして、元来た道を引き返す。

 やがて、引き返している途中で、エドワードと合流した。

「あ、いたいた! レイウェン、探したぞ」

「エド、今日はこの村に一泊する。お前はどうする?」

「え、おい、泊まるってどういうことだ? 探し人は」

「もう見つかった」

「は?」

「後で話す。思っていたより、簡単には事が進まないかもしれない」

 察しのいいエドワードはレイウェンの表情かおを見て、それ以上は何も聞かなかった。

 レイウェンは胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

「まだ、時間はあるな。村長に事情を話して、宿を手配してもらおう。あと市場にも行くぞ」

「市場?」

「さっき、行きたいと言っていただろう?」

 ちらりと横を歩くエドワードの表情を伺えば、彼は肩を震わして口元を抑えていた。

「何がおかしい」

「いや……、レイウェンもやっぱり市場が気になっていたんだなと思って」

「べ、別に物資の確認をしたいと思っただけだ」

「ふーん? まぁ、いいけど」

 にやにやしながら、エドワードは先に家の中へと入っていった。


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