第2話

 しばらく歩いていくと、村長宅の門前に大きな馬車が止まっているのが見えてきた。

 珍しくお客様が来ているようだ。それも立派な紋章がついた馬車である。

 その馬の近くには、いずれも綺麗な装飾がされている剣を腰に下げた、体格の良い男と、細身で背の低い男の二人組が立っていた。

 あの紋章や剣には見覚えがあるような気がしたが、どこで見たのか思い出せない。

 とても高い位の貴族が土地でも見に来たのだろうか。

 不思議に思いつつもリリアは玄関の方へは行かず、勝手知ったる足取りで庭に通じる門へ回る。

「こんにちは! 恒例のお花をお届けに参りましたー」

 一応、声をかけつつ庭園に足を踏み入れると、見慣れた縦ロールの髪がちらりと木々の合間から見えた。

「あら、リリアじゃないの! こっちへいらっしゃいな」

「ローズ! おはよう。ご機嫌いかが?」

「最っ高よ! 聞いて。今ね、すっごく素敵なお客様が来ているの!」

 辺り一面バラに囲まれた花園から顔を出していたローズが、興奮気味にリリアの手を引いた。

 バラの茂みからこっそり覗き込むようにして、ローズが指差す方へ視線を向ける。

「あの人って……」

「そう! この国を治めているやり手の若き国王、レイウェン様っ」

「どうして、国王様がローズ村に?」

「さぁ、どうしてかしら? あ、もしかしたら花嫁探しじゃない!?」

「は、花嫁探し?」

「だって、お父様にわざわざ会いに来るのよ? 花嫁探ししかなさそうじゃない? あたしが花嫁候補だったりして! きゃああ、どうしよう」

 頬に手を当て、黄色い悲鳴を上げるローズを尻目にリリアは国王の姿をよく見ようと目を凝らす。

 若くしてこのアックア国を治める、モルガン・ドゥ・レイウェン。

 彼は国中の女性を虜にしてしまうと言われるほど美しい容姿を持ち、二十五歳にして相当頭も切れるという噂だ。

 実際にその姿を見るのは初めてだったが、確かに噂通りの人のようだった。

 さっきの紋章に見覚えがあったのは、以前に新聞か何かで見かけたことがあったからだ。

 だが、心の中で何かが引っ掛かった。もっと前に、間近で見たことがあるような————。

「そうだ、リリア。お父様たちもまだ時間がかかりそうだし、ここでお茶にしましょう? 今持ってくるわ」

 ローズの突然の提案に思考が一瞬止まったが、一拍遅れてリリアはうなずく。

「あ、じゃあこの花も持って行ってもらっていいかしら?」

「まぁ、今回もまた素敵な花じゃないの! いつもありがとう。ちょっと待ってなさい」

 大きな花束を受け取ったローズは、髪を弾ませながら裏口から屋敷の中へ入っていった。

 その後ろ姿を見送り、リリアはローズお手製の花園をゆっくり見回す。

 日の光が差し込む花園内は、バラの香りに満ちており、大きく深呼吸をすると太陽の温もりも伴って、心が満たされていく。

 見覚えのある紋章について思い出すのは後にしよう、と考えるのをやめて、少し園内を散策する。

 歩いているうちに園の中央にあるいつもの見慣れたベンチに辿り着き、腰かける。

 ローズが戻ってくるのを待っている間に、リリアはあまりの心地よさにうつらうつらとし始め、そのまま眠ってしまった。

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