インパクター・ギャップ

亜未田久志

ルネサンスの巨人の虚実

  一―二

 ブランシュの中央にて棒をもちて

 水もて縁と足を濡らしむ

 蒸気と声が袖より震えきたる

 神の輝きなり、神は傍らに座す


 ノエルは頑なにその力を使おうとはしなかった。

 一九九九年、彼の予言者が終末を予言した日。

 各国の宇宙開発局はとある天体の接近をひた隠しにしていた。

 両親が務めていたため、ノエルと親友のロゼッタだけがそれを知る事になった。


  一―四

 世界にさる君主が生みだされんも

 永く安んじて生きることなからん

 そのとき釣り舟は難破し

 最大の損害に支配されん


 それはまさに今年の事だった。

 その数の隕石を観測出来ないなどあり得ないことだったけれど。

 しかし、国は、遠心能力者同様にその存在を秘匿した。

 ロゼッタは言う。

「私たちの力なら、隕石から地球を守れるかもしれないじゃん!」

 ノエルは頑なに否定する。

「無理だよ、ロゼッタ、ロゼッタの力は確かにすごいけど……それでも足りないんだ。個人のレベルでどうにか出来る事象じゃないんだよう」

 ノエルは博識な子だった。ロゼッタは猪突猛進な子だった。

 タイムリミットは近づいている。


  一―七

 到着に遅れて、はや処刑なされん

 逆風さかまき、旅の途次に手紙は奪われん

 さる宗派の陰謀者は十四名

 全ては赤毛によって賛同されん


 事は予言通りに進む。

 十四名の裏切り者は、赤毛によって告発文は破棄された。

 ノエルは深く悲しみ、ロゼッタは憤怒した。


  二―七


 島嶼に追い払われし数人の中に

 喉に二本の歯を生やせし者生まれん

 木々の葉が食べ尽くされんや、彼らは飢えて死なん

 彼らのために新王は新しき王令を作り出さん


 天体衝突を危惧した一部の国家上層部と能力者たちが食料の買い占めに走った。

 それが当時のゴシップ記事に乗り『ノストラダムスの予言は本当だった!? シェルターに隠れる政治家たち!』『迫る世紀の天体ショー!』『超能力開発の真実! 遠心力を操る者達の実態!』などの記事が世に飛び交った。

 ノエルはそれに恐怖し引きこもりがちになった、ロゼッタは甲斐甲斐しく彼女の家い通い詰めては彼女の事を励ました。


  二―三四

 激昂せし争いの向こう見ずな憤怒が

 食卓で兄弟に剣を閃かせん

 両者を引き離すべく配慮せん、かたや死し、かたや傷負わん

 容赦なき決闘がフランスに害をなさん。


 とうとうそれは起きてしまった。

 妹の遠心能力を気味悪がった兄が包丁を振りかざす事件が。

「お前のせいで世界が終わるんだ! 俺の未来が失われるんだ!」

「やめて……やめて……」

 フランスで起きたその事件で死んだのは兄の方であり、妹は心に大きな傷を負った。

 ノエルとロゼッタも伝聞でそれを聞き、遠心能力者が狙われる事を危惧した。

 二人は相談する。


  二―三五

 二軒の旅籠に夜中に火がつき

 中の数人が窒息し焼かれん

 それは確かに二つの河の近くで起こらん

 太陽が人馬宮と磨羯宮にあらんや、ことごとく滅びん


 徐々に隕石被害が増えて来た。

 それは予兆に過ぎなかった。

 世界中の都市で被害報告が上がった。

 ノエルとロゼッタの近隣の家も二軒ほどだけだったが微小隕石による火災被害が起きた。

 日に日に遠心少女たちへの疑念は強まっていく。


  二―四二

 大きな星は七日間燃えん

 雲は二つの太陽を出現せしめん

 巨大な犬は夜じゅう吠えん

 祭司長が土地を変えんとき


 とうとう民間の望遠鏡で隕石群が確認出来るまでになってきた。

 もう隠しようがない。

 人々は終末に嘆き、悲しみ、そして、能力者を魔女裁判にかけた。

 ノエルとロゼッタも、例外ではなかった。

 二人は故郷を逃げ出した。


  二―五一

 正義の血はロンドンに欠けん

 二十三人のうち六人が雷霆に撃たれ焼け死なん

 高齢の婦人が高き地位より失墜せん

 同じ宗派の数人は殺戮されん


 サッカー場サイズの隕石がロンドンに落ちた。

 ロンドンでは罪なき少女たちが電気椅子にかけられた。

 女王はそれに憤慨したが、世相はそれすらも弾劾し、世は既に能力者を迫害する流れに生まれ変わっていた。


  一〇―七二

 一九九九年七つの月

 恐怖の大王が空より来らん

 アンゴルモアの大王を蘇らせん

 マルスの前後に幸福で統べんため


 東京、香港、ロンドン、メッシーナ、アカプルコ、クレムリンその他世界中で隕石被害が報告される。

 ノエルとロゼッタは難民に紛れ、大陸を渡り、とある島国にたどり着く。

 隕石被害に遭った日本だ。

 日本だけが能力者の潔白を主張し、各国の非人道実験を避難した。

 それに救いを求め、彼女たちは来日する。 

 しかしそこで待っていたのもまた迫害だった。

 東京租界では隕石被害者たちが身を寄せ合い、細々と生きていた。

 ノエルとロゼッタは急いで東京を離れようとした。

 しかし、あろうことか、同じ能力者から後ろ指を指されることになる。


「逃げたんだな卑怯者! 私は必死に戦ったのに!」


 隻腕の少女だった。おそらく遠心能力を使って小型の隕石群を払い除けようとした結果であろうことは簡単に推測出来た。

 そして逃げたという誹りもまた、事実だった。

 こちらを攻撃してきた少女をロゼッタは一撃で撃退し、その場を去る。

 最後、二人の背中に向けて――主にロゼッタに向けて――言葉が飛んだ。

「そんなに力があるのに、どうして」

 ノエルは心の中で呟いた。

 ごめんなさい、と。


  三―九一

 永きにわたり死に枯れし樹が

 一夜にして緑を取り戻さん

 王は慢性の病に、しがらみを解かれし王子は

 敵方から恐れられ、帆を鳴り渡さん


 北海道にまで逃げた二人。ロシアからの追手が来ることを危惧したが。

 ロシアでは主導者が病に伏せ、後継は能力者迫害よりも復興に尽力する決定を下した。それにより北海道は一時的に安全な地となった。

 そこでノエルは枯れ木を緑に戻し実をつけてみせた。

 後に特異な分類をされるであろう希少種な能力だ。

 そうして北海道でノエルとロゼッタは果樹を育て生きていく事になる。

 こうして日陰を歩む遠心能力者の一生は続いていった。

 今や、南西地域に集中しているという遠心科の学校にも関わる事も無く。

 ただ「生きる」事を選んだ彼女たちの選択を責められるだろうか。

 現在、彼女たちが何をしているか、もう知る者はいない。

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