王子に婚約破棄された令嬢は、溺愛してくる義弟と結婚します

奥山秋悲

第1話

「ルアーナ姉さん、いやルアーナ、僕と結婚しよう」


「は、はい!?」


 私、ルアーナ・ギエナスは自分の耳を疑った。


 今、目の前で跪き、婚約指輪を差し出しているのは、公爵でも王子でもない。


 聞き慣れた声音、見慣れた金髪、今となっては追い越された身長。


そう、私の義弟シェイル・ギエナスだ。


「姉さん、返事を聞かせて欲しい」


「え、ちょ、え!?」


 なぜこんなことになったのか、時は一週間前にさかのぼる。





「ルアーナ、お前との婚約は今日をもって破棄する」


 その声には失望の色が滲み出していた。


 私を見下ろす赤い瞳は、まるで罪人を見るように鋭い。


「え?」


 私は、状況を飲み込むことが出来ず、思わず疑問の声を溢す。


 それを聞いた、セグロン王国第二王子にして私の婚約者、リンダ・セグロン様は嘲笑うように再び口を開いた。


「聞こえなかったのか? お前との婚約を破棄すると言ったのだ」


「リ、リンダ様……なぜ……」


「なぜかって?」


 リンダ様は、ニヤリと口角を挙げる。


「私は本当の愛を見つけたんだ。お前との偽りの愛は終わりだ」


 気付けば、顔も見知らぬ美少女がリンダ様の隣に立っていた。


「そんな……」


 こうして、私は王宮を追われることとなった。





 リンダ様と婚約してから王宮生活を過ごしていた私は、五年ぶりに実家へ戻った。


そんな私を待っていたのは、義弟のシャイルだった。


「姉さん、婚約破棄されたって本当!?」


「ええ、本当よ」


「ああ、今日は最高の日だ!」


 シェイルは神に感謝するように天を仰いだ。


「なんで喜んでるのよ」


「なんでって、最愛の姉さんが晴れて自由の身になったんだ。喜ばずにはいられないよ」


「自由の身って……」


「僕がどれだけこの時を待ちわびたか」


シャイルがグッと顔を近づけ、至近距離で私を見つめる。


 顔立ちに残っていた幼さはどこへやら、すっかり大人になったイケメンが目の前にいた。


 水色の綺麗な瞳、真っ直ぐ伸びた長いまつ毛。そして、眩しいほどの金髪。


 身長もいつの間にか追い越されている。


「リンダ王子はなんてもったいないことを……。姉さんはこんなに可愛いというのに!」


「ちょっと近い、近い!」


「当たり前だよ。僕はこれから失われた五年間を取り戻さなきゃいけないんだから」


 シェイルは、逃すまいと言わんばかりに私の両肩にそっと手を添える。


 添えられた手が思った以上に大きく、ドキッとしてしまう。


「べ、別に逃げないから……」


「言ったからね? もう僕を置いてどこにも行かないと約束して欲しい」


「行かない、行かない」


 私の言葉が信じられないのか、シェイルは疑惑の視線を向ける。


「なら姉さん、僕から一つ提案があるんだ」


「なによ……」


 私が訝しんでいると、シェイルは後ろ手に小さな箱を取り出して跪いた。


「ルアーナ姉さん、いやルアーナ、僕と結婚しよう」





 そして、今に至る。


「姉さん、僕は本気だ」


「そ、そんなの見たらわかるわよ」


 本気なんのがわかっているからこそ戸惑っているのだ。


 どこの世界に義姉にプロポーズする弟がいるだろうか。


 まぁ、こうして目の前にいるわけだが……。


「もしかして、世間体を気にしてるの?」


「そ、それもあるけど、そういう問題じゃ」


「僕は気にしないよ! 僕と姉さんに愛があれば周りの目なんて関係ないさ」


 シェイルは、跪いたまま顔を上げ私の手を取った。


 改めて、直接感じる手の大きさと体温に再び胸が高鳴る。


 しかし、これに騙されてはいけない。


「そういう問題じゃないわ」


「なら、将来性が心配?」


「ま、まあ、それはそうだけど……」


 確かに、結婚に将来性は大切だ。


「それなら姉さんはなんの心配もしないで欲しい。実は立ち上げた事業がようやく軌道に乗り始めたんだ。姉さんと子供を養うだけの収入は保証できるよ!」


「そうなの!? 凄いじゃない」


「そうでしょ、そうでしょ。僕、姉さんに褒めてもらうために頑張ったんだ」


 って、私はなにを感心してるの。


「でもシェイル、そういう問題でもないわ」


「じゃあ、ギエナス家の評判が下がるから?」


「い、いや……」


 理由の問題ではないということがなぜ伝わらないのだろうか……。


「それなら心配いらないよ姉さん。第一王子のことは知ってるよね?」


「ええ、それは知ってるけど……」


 実は第一王子は姿どころか名前さえ知り得る者はいないのだ。


 国王陛下は存在すると言い張っているが、情報を秘匿する理由も明かされていないため、本当は存在しないのではという噂が広がっている。


 結果、第二王子であるリンダ様が実質第一王子のようになっているのだ。


 それとギエナス家の評判になんの関係があるというのか。


「実は、僕が第一王子なんだ。だから心配いらないよ、ギエナス家の評判が落ちることはない」


「へぇ、そうなのね……って、え!? え? え? ええぇぇええええ!!」


「黙っててごめんね、姉さんと対等でいたくで秘密にしてたんだ」


 秘密にしていたことはどうでもいい。問題なのはその内容だ。


「だ、第一王子って、え? 本当なの?」


「本当さ、信じられないなら今度国王陛下に会いに行こう」


 そこまで言うからには本当なんだろうが、にわかには信じられない。


「とりあえず、家の評判は落ちないから安心して欲しい」


「まあ、確かに安心……って、違う!」


 危うく結婚するところだった。


「なにが違うんだい姉さん」


 問題は私たちの世間体でも家の評判でもない。私が、シェイルを恋愛対象として見ていないということだ。


「私、シェイルのことは弟として愛しているけど、一人の男性としては見れないわ」


 これでシェイルも諦めて、


「これでも?」


次の瞬間、立ち上がったシェイルが私をぎゅっと抱きしめた。


 さきほどまでとは違い、低く落ち着いた声が耳元で響く。


「シ、シェイル!?」


 突然の出来事に思わず声を上げるが、想像以上に抱きしめる力が強く逃れられない。


 そのせいか、体温と共に痛々しいほどに私への愛が伝わって来る。


「これから僕は、姉さんに毎日毎日沢山の愛を注ぐよ」


 甘い低音が脳みそまで届き、ゾクッと全身が痺れる。

 

溺れてしまいそうだ。


 このまま愛に溺れるのも悪くないのかもしれない。


 考えてみれば、誰よりも私を愛し、生涯養ってくれる経済力もある第一王子。


そして、申し分ないほどのイケメン。断る理由など探す方が難しい。


「だから、僕の奥さんになってよルアーナ」


「……はい」


 気付いた時にはそう答えていた。


こうして私は、五年ぶりに再会した義弟の妻となった。

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王子に婚約破棄された令嬢は、溺愛してくる義弟と結婚します 奥山秋悲 @shuuhi_okuyama

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