この引き金を引いたなら

黒白ノ巫女

本当の愛情はこんな時どうするのですか

「早くするんだ。そうでないと君が死んでしまうだろう」


目の前の愛する人に、私は銃口を向けている。


そうしなければならないから。


でも、私は無理だ。


撃てるわけがない。


後ろにはもう一つ、銃口がある。


その先には私の後頭部。


撃てば私は助かる。

でも、撃たなければ私は死ぬ。


貴方は私を生かしたいのでしょう。

私は貴方を生かしたい。


これは、お互いの愛情が深い故のことなのでしょうか。

こんな時、本当の愛情はどういった選択をするのでしょうか。


分からない。


でも、私は撃ちたくない。


死んだっていい。


貴方のためなら。


これは、愛情でしょうか。


それとも、押し付けでしょうか。


貴方は私に死ぬなと言う。


早く私に引き金を引けと言う。


何故そんなにも非情なことを言えるのでしょう。


私の愛した人は、そんなにも非情だったか。


いや、違うか。


深く深く私を愛してくれているからこそ。


思い上がりだろうか。


「こんな状況で笑うなど、お前も変な奴だなぁ」


無意識に笑みが零れていたらしい。


貴方もそう言いながら、笑っているではないか。


そう、返したいのに。


今まで、幾度となく人をこの手で殺めて来たのに。


何故、貴方が相手だと、こんなにも、手が震えるのでしょうか。


「今度は泣いてるのか…本当に、変な、奴だな」


貴方だって、泣いているではありませんか。


人のことは言えないではないですか。


そう、返したいのに。


いつから、私はこんなにも臆病になったのでしょうか。


引き金に手を掛ける。


でも、指先が震えてしまって、覚悟が出来ないまま撃ってしまいそうで。


また、手を外して。


それを、さっきからずっと繰り返している。


誰か。


誰でもいい。


後ろにいるヤツが死ねば、この呪縛からは解放される。


気づいて欲しい。


私はどうだっていい。


あの人を、私の愛する人を救ってほしい。


それで、私がたとえ犠牲になろうとも。


それほど幸せな死はないだろうな。


「ほら、早く。大丈夫だ、お前なら出来る。今までもやってきただろう」


貴方はまたそうやって。


ああ、もう、駄目になってしまうからやめて欲しい。


でも、その優しい笑顔をもっと見せて欲しい。


「何を悩んでいるんだ。眉間に皺が寄っているぞ」


自分の気持ちが矛盾だらけなことにも、気づけない。


未熟だ。


こんなんじゃ、貴方を守れない。


愛していると伝えたあの日から、貴方を守る為だけに。

それだけを生きがいにして生きて来たのに。


笑えてしまうな。


「また笑って。今日は変だぞ。何か変な物でも食べたか」


冗談はよしてください。


そうやって緊迫感のないことを言って。


私がこの引き金を引くのを待っている。


笑顔で死ねるように。


貴方はいつだって。

私のことばかり。

自分のことも少しは考えたらいいのに。


考えて欲しい。


貴方の命は、私の命でもあるんだ。


この手には、私の命と貴方の命、二つの命が乗っているんだ。


今だけじゃない。


今までも、これからも。


これからなんて、ないかもしれないけれど。


それでも、貴方の命は、私の命よりもずっとずっと重い。


愛しているから。


陳腐な言葉か。


ベタすぎて笑われてしまうかもしれないな。


でもそれでいい。


「やっと撃つ気になったのか。でもさっきの所からでも撃てるば当たるだろう。わざわざ近づいてこなくてもいいのに」


敢えて何も答えないことにします。


こう言えば、分かるでしょう。


私の愛した貴方なら。


後ろからはまだ銃口と人間の気配。

私が移動すれば、その分向こうも移動するらしい。


「愛しています」


それだけで、貴方には伝わるでしょう。


変な顔をしている。


恥ずかしがるか青ざめるかどっちかにすればいいのに。


そんなところも大好きですよ。


私は後ろを向いて、銃をもう一つ、奪い取った。


後は、引き金を引くだけ。


このゲームは、私がぶっ壊してあげます。


路地裏に響いた銃声は、二つ。


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