第4話 五年ぶりの里帰り


 ♪


「おかえり、優奈。旅の疲れはあるかい?」


 実家の門をくぐると、弟の嫁が温かいお茶を差し出してくれた。彼女が台所へ戻ると、母の懐かしい言葉が耳に届いた。


「こんな早朝にごめんね」


「優奈が遠くから帰ってきたんだから、気にすることないよ。それより、これからどうするの? お兄ちゃんがすごく心配してたわよ……」


 母は話がたくさんあるようだ。私には実の兄はいない。創太兄さんがいるだけ。彼は小学校からの幼なじみで、いつも兄のように遊んでくれた。母も彼を気に入っていて、よく一緒に食事をしていた。


 彼は家の近くに住んでいて、車で20分ほどの距離にある酒蔵で働いていると聞いていた。


「へえ、そうなんだ。創太兄さんはどうしてるの?」


「まだ独身だって。いい男なのに、どこか問題があるのかしらね」


「創太さんに限ってそんなことないわ」


 悪口は許せなかった。創太兄さんとは昔から仲が良く、いつかは結婚すると思っていた。今になって、なぜそうならなかったのか不思議だ。きっと、妹のように思われていたのだろう。


「そうね。ところで、いつまでこちらにいるの?」


「もしよければ、ずっといたいな」


「それなら、正二と嫁にも伝えておいて」


 五年ぶりに母さんの顔をじっと見ると、眉間にしわが増えていた。姑と嫁の関係が心配になる。


「わかったわ。後でちゃんと話しておくね」


「お見合いでもしてみたら? 農家の跡取りが嫁を探してるって聞いたわ」


 郷里では農家の長男たちが残り、役場が婚活をしているらしい。


「見合いなんて冗談じゃないわ。居候はしない。どこかで働くから、しばらく放っておいて」


「それならいいけど。あなたがかわいそうで……。まだ25歳でしょう? そのままで生きていくの?」


「母さん、そんな言い方しないで。いつか縁があるかもしれないでしょ」


「じゃあ、どう言えばいいの? 未亡人?」


「やめてよ。悲劇のヒロインじゃないんだから。ただの出戻り娘よ。そんな言い方、差別用語みたいで嫌い」


 恥ずかしいけれど、母の前で思わず口を尖らせ、頬を膨らませてしまった。


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