第2話 白夜の岐路

 ♪


 朝方の六時。世界はまだ夜の帳に包まれているが、幻想的な白夜のように感じられる。


 昨夜の夜行列車は、小樽の海沿いをゆっくりと走り抜けた。五年ぶりに訪れた故郷は、冬の北国らしく、木枯らしに誘われるように波立つ石狩湾が、その壮大さを際立たせていた。


 しかし、車窓から見える景色には、幻想的な黒い岩が映り込み、巨大なオーラを放っていた。まるで残り火を漂わせるロウソクのようだった。


 なぜか、亡き夫のことを思い出す。


 列車は何かに気づくと、猛スピードで通り過ぎてしまった。我に返り、群青色に雪の結晶が溶け合う海岸線を眺めていた。さざ波が心の深層にざわめきをもたらす。彼の命日から三年が経つが、依然として弔いは終わっていないようだ。


 ♪


 有明の時刻が近づく。


 ようやく雪景色の小樽駅に到着する。ホームに一人降り立ち、ダウンコートの襟を整えるが、厳しい寒さに白い息を漏らしてしまう。道産娘とはいえ、長く住んだ東京とは異なる寒さに、手足が痺れていた。


 何を思ったのか、小銭入れから五円玉を取り出し、コイントスをする衝動に駆られる。目の前にマジックアワーと呼ばれる美しい景色が広がっているにも関わらずだ。


 空を見上げ、ちらつく淡雪に抗うかのように、力いっぱい五円玉を放り投げた。


 ここは、愛する故郷だ。きっと、運命を決めてくれるだろう。ふたつにひとつの確率で。


 表に描かれる「稲穂」や「水面」は、日本の里山の原風景を表している。一方、中心の「歯車」は、人生のリングを象徴していると聞く。


 もし神さまへの願掛け通り表が出たら、過去を五年前まで遡って捨て去り、未来に突き進むことにする。万が一裏が出たら、過去の幻影に逆戻りし、東京に置き去りにしたアパートに帰るつもりだ。


 どうせ、愛という名のもとに、一度は故郷を見捨てた女性なのだから。


 しかし、片手では受け止められず、運命を委ねた五円玉は、地面を転がり、ホームの白線ギリギリで止まった。幸いにも、帽子に青い線が入る駅員さんが駆け寄り、拾ってくれた。


 一瞬、彼に目が留まる。何となくだが、過ぎし日に兄のように慕っていた男性と面影が似ていた。


「ありがとう」と微笑みを返すが、裏表の判断はつかなくなってしまった。


 駅員さんから「どっから来たんや?」と尋ねられたが、「夢の国から」と答えた。


 男性はすぐに笑顔を浮かべ、「そりゃあ、たいへんなことで……。でも、自分を大切にしなきゃダメだ」と励ましてくれながら、駅舎の方へと消えていった。


 いずれにしても、自分の人生を占うサイコロは投げられた。運命の神さまが動き出すことを信じるしかない。どこからともなく耳元をレクイエムのメロディーが通り過ぎていく。


 決心をしなければならない。たとえ時空を越えて「不貞の裏切り者だ」と言われたとしても、もう今さら後戻りはできないのだ。


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