「群青の運河」純愛の名のもとにふたつの星が届く

神崎 小太郎

第1話 モノローグ



 ────イブは、人生最良の日。そう信じて疑わなかった。


 職場で出会った小太郎からのサプライズプロポーズに心を奪われ、クリスマスの聖夜、友人たちに祝福されながら、ふたりで細やかな結婚式を挙げた。あの日、ふたりで鳴らしたカリヨンの鐘の音色は、今でも耳に残っている。


 両親は猛反対したけれど、私たちは幸せな日々を過ごした。しかし、人生は山あり谷あり。思い通りにはいかないものだ。


 幸せは長くは続かなかった。


 小太郎は北アルプスをこよなく愛し、翌年のクリスマスが過ぎると、「掛け替えのない趣味だから許してくれ」と言い残し、穂高岳へと旅立った。


 朝焼けの山が桃色に染まる瞬間、彼の若き命は突然の雪崩に巻き込まれ、散っていた。出会って半年で結婚した私たちの幸せな時間は、一年という短い期間で終わってしまった。


 彼との楽しい日々を忘れようとしても、脳裏から離れず、彼との間に子供ができなかったことだけが心残りだった。


 彼への愛に偽りはないが、永遠という言葉には嘘が感じられてくる。もう涙は見せられない。きっと、亡き夫も望んでいないだろう。


 彼はとっくに、黄泉の国へ旅立ってしまった。アパートの文机には、封筒に入るラストメッセージが残されていた。


 何度も読み返していたことを覚えている。登山の出発前に書いたのだろうか……。


 ♪


 愛しい結奈へ


 この手紙を見つけたなら、僕はもう白銀の世界に抱かれていることでしょう。


 結奈が止めるのを振り切り、北アルプスへと向かった。それは僕の選んだ道、そしてその代償です。


 一年半、君と過ごした至福の時間は、今、この手紙を書く力となっています。


 僕の早すぎる別れを、どうか許してほしい。


 結奈、涙を拭いて、耳を傾けて。


 今日で550日。この数字が君にとってどれほど特別な意味を持つか、僕は知っています。


 君の笑顔に何度も救われ、君の手作りのじゃが芋カレーやホワイトシチューに幸せを感じた。僕たちの日々は、かけがえのない宝物です。


 心から感謝を込めてありがとう。でも、結奈はまだ若い。


 新たな幸せを追い求めることを、僕は全力で応援しています。北アルプスの天から、君の未来を見守っているよ。


 神崎 小太郎より

 202×年 12月29日



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