魔力と神力

「わーキレイ。こんなの初めて」

「フェイ、人のいる方に火を向けてはいけません」


 食事の後は花火大会だ。砂浜に降りて大はしゃぎするフェイをミエルダさんがたしなめている。うんこ小路うじさんは長椅子に寝そべっていびきをかいている。そしてアルピニイさんは夜の海を眺めながら相変わらず酒を飲んでいる。その横に腰を下ろした。


「まだ出張業務は六日残っていますが、アルピニイさんがいてくれれば安心です。よろしくお願いします」

「冗談じゃない。明日には帰るよ」

「えっ、どうしてですか。ボクらと同じように滞在費も食費もうんこ小路うじ家で負担するって申し出がありましたよね。モグリ海豚のヒレは超高級品なのでそれでもお釣りがくるって、うんこ小路うじさんニコニコ顔でしたよ」

「華族の別荘ほど居心地の悪い場所はないからねえ。執事とメイドにかしずかれてメシを食ったってうまくないだろ」


 それは同意見だ。できればボクも一緒に帰りたい。


「だけどせっかくここまで来たんだし、帰りは転移門なんか使わずのんびり帰らせてもらうよ。船と駅馬車を乗り継いで、らぼに帰るのは十日後くらいかねえ。あんたたちより遅くなりそうだ。ははは」


 こんな出張、アルピニイさんだから許されるんだろうな。旅費もうんこ小路うじ家で負担するんだろうし、らぼとしても文句は言えないか。


「アルピニイさん、ひとつ訊いてもいいですか」

「ああ、いいよ」

「東の森でミエルダさんはハイエルフに襲われました。長く生きているエルフはそれくらい他の種族を嫌っています。ダークエルフならなおのこと嫌っているはずです。それなのにアルピニイさんはどんな種族にも親切に接してくれます。何か理由があるんですか」

「そんなことかい。簡単だよ。あたしの初めての師匠が人族だったのさ。当時、師匠は勇者と呼ばれていた」

「勇者、本当にそんな人がいたんですね」

「初めて会った時、あたしまだフェイくらいの年だった。剣技、体術、戦闘術。魔力や神力を使う術以外は全て師匠に教わった。さっき話したプラズマ・エクスプロージョンを使う人族ってのは師匠のことさ」


 今回の昔話はいつも聞かされている与太話とは少し違うようだ。妙に感情がこもっている。きっと大切な思い出なのだろう。


「憧れていた。尊敬していた。ずっと師匠と一緒に冒険を続けていたいと思った。だけど人族ってのは悲しいね。出会って数十年で師匠は死んじまった。老衰だよ。悲しかったさ。あんなに泣いたのはあの時だけだね。だけどあたしはすぐ立ち直った。師匠はこころざし半ばで逝ってしまった。あたしがその意志を引き継ぐんだ、それだけを生きがいにして冒険を続けた」


 黙ってしまった。これで終わりなのだろうか。いや、どう考えても話の途中だ。こんな所で打ち切られたら気になって眠れない。恐る恐る訊いてみた。


「あの、それで、お師匠さんの意志って、何だったんですか」


 アルピニイさんは据わった目でボクを見つめると逆に問い返してきた。


「あんた、ゴールデン・フィーシーズって知ってるかい」

「はい。黄金のウンコ、別名女神のウンコでしょう。大昔、女神シリアナ様は地上に降臨され、迷える人々に教えを授け、施しを与え、多くの奇跡を起こして天に帰られた。その時、いつまでも人々を見守り続ける証しとして脱糞をしていかれた。それがゴールデン・フィーシーズ。そのウンコは全知全能の女神と同じ力を持つと信じられているがどこにあるかは誰も知らない。尻穴教の伝説のひとつです」

「そうさ。やっぱり知っていたんだねえ。師匠はそれを探していたんだ」

「それは無理でしょう。だって伝説なんですから。尻穴教の信者だって誰一人実在するとは思っていませんよ」

「そうだろうね。だけどあたしは信じたかった。師匠が生涯をかけて探していた黄金のウンコは絶対どこかにある、必ず見つけてやる、ただそれだけのために冒険を続けた。これまでの人生の大半をそのために使っちまった。その成れの果てが今のあたしさ。すっかり諦めちまったよ。ありもしない夢を探し続けて逝っちまった師匠が哀れに思えて仕方なかったよ。メルド、あんたに会うまではね」

「ボクに? どういうことですか」

「女神が脱糞したのは外界ではなく生物の体内だった、そう考えたらどうなると思う。そして先祖から子孫へ、その消化器官の中で代々受け継がれて存在しているとしたら」


 アルピニイさんの目付きが険しくなった。魔物のような眼差しを向けられて、ボクの尻穴は無意識に引き締まる。


「まさか、ボクのウンコがゴールデン・フィーシーズ……」

「そうさ。これまでの出来事を考えれば嫌でもその結論に落ち着くんだよ」

「でもらぼでは毎日ボクのウンコを調べていたんでしょう。何の変哲もないウンコだったんでしょう」

「ウンコだけじゃダメなんだよ。祝福された尻穴から力を与えられなければそれはただのウンコ、いや腸内細菌に過ぎないのさ。祝福された尻穴と祝福された腸内細菌、この二つが揃って初めて黄金のウンコになるのさ。きっとあたしの師匠もあんたと同じ腸内細菌と尻穴を持っていたんだろうね。探す必要なんてなかったんだ。師匠はもう持っていたんだから。本当に、純朴で厳しくて優しい師匠だったよ」


 運命とは皮肉なものだな。もしアルピニイさんの師匠がエルフと同じくらい長寿で今も生きていたとしたら、きっと手を取り合って喜んでいたことだろう。だけど師匠は逝ってしまいアルピニイさんだけが残った。今頃真実がわかったところでただ空しいだけだ。


「どうしてシリアナ様は人族を選んだのかな。エルフやドワーフのほうが優れた種族のはずなのに」

「これからは人族の時代、そう考えているんだろうさ」

「どうしてそう思うんですか」

「魔力も神力も弱まりつつあるからさ。ここ数百年で目に見えて衰退してきている。魔力と神力は表裏一体。どちらかが弱まればもう片方も弱くなる。紙の表側が燃えれば裏側も燃えて無くなっちまうだろう。それと同じさ。女神は故意に自分の力を弱めている。この世から常超の力を消し去ろうとしている。前国王にらぼ創立の啓示を与えたのもそのためだ。今は聖水を使わなくても同等の肥料を生み出せるまでに科学技術が進歩している。超常の力を必要としない世の中はもうすぐそこまで来ているのさ。それはまた魔力の恩恵を大きく受けているエルフ族やドワーフ族の衰退でもある。彼らの長寿や能力は魔力に負うところが大きいからね。やがて女神が姿を消し超常の力も消滅した時、この世は人族のものになるのさ」

「でも、それは魔族の衰退でもあるんでしょう。大人しくされるがままになっているとは思えません」

「いや、魔族はどうしようもないんだよ。紙の表側が燃えちまったら裏側だって燃えちまうんだからね。神力が消滅すれば自動的に魔力も消滅する。このまま自殺願望の女神と一緒に心中するしかないのさ。放っといても魔族は滅ぶ、だったら冒険者なんか意味がない、ってことで冒険者稼業から足を洗ってらぼに入ったのさ。だけど、今、少し状況が変わりつつある」

「今? 何が変わっているんですか」

「あんただよメルド。あんたの村は魔族に襲われて全滅した。最初は全滅させる理由がわからなかった。だけどあんたが黄金のウンコを持っていると考えれば全ての辻褄が合う。魔族は黄金のウンコを探していたんだ。魔力とも神力とも関係ない、無限の可能性を秘めた稀有なアイテムをね。魔族たちはあんたの村にその保有者がいると知って探しにきたんだ」

「黄金のウンコを見つけるために村を全滅させたと言うんですか」

「そうさ。思い出してごらんメルド。これまであんたはどんな状況で新しい術を会得してきた?」


 最初は……そうだ細菌認識術。自ら発動できるようになったのはアルピニイさんにムチでぶたれた時だ。次はウイルス認識力。抜き打ち試験の緊張で尻穴が震えていた。ウイルス不活性化術はフェイを助けたい一心だった。催便意術、怪力剣技術、治癒術、プラズマ・エクスプロージョン。どれもこれも身体的、精神的に追い詰められた時に習得している。


「尻穴が燃えるように熱くなるほど異常な状況、それが術習得の、つまりは黄金のウンコが真の力を発揮する条件」

「そうだよ。魔族はそれを知っていたのさ。だから襲ったんだ。死の恐怖ほど尻穴を熱くするものはないだろう。黄金のウンコを持っている者なら即座に強力な術を会得して反撃してくるはず、それを狙って村人たちを殺しまくったんだ」

「だけど、それならどうしてボクは助かったんですか。そんな怖い目には遭っていないんですよ」

「黄金のウンコは先祖から子孫に受け継がれる。あんたの家族なら誰が持っていても不思議じゃない。そしてあんたには妹がいた。思い出してごらん、妹と離れ離れになった時のことを。魔族に襲われたんじゃないのかい」


 目を閉じてあの夜の記憶をたどる。妹のハルンを連れて逃げ惑った夜道。聞こえてくる甲高い声、翼が風を切る音、重い足音。やがてそれらの全てがボクらの行く手を阻んだ。闇の中に赤い目が幾つも光っている。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「ハルン、大丈夫だよ」

「違うの。尻穴が熱いの。燃えるように熱いの」

「落ち着いて。心配いらないよ。兄ちゃんはここにいる」

「熱い。爆発しそうに熱いの」


 ボクらの前に立ちふさがった魔族の一人が燃える剣を振りかざした。切られる、そう思った瞬間、ハルンの悲鳴が聞こえた。


「いやああー!」


 ハルンの悲鳴は雷鳴に変わり、天から放たれた一筋の稲光が魔族の剣に落雷した。煙を上げて倒れ込む魔族。


「こいつだ。眠らせて連れていけ」


 ハルンの体が浮かび上がる。魔族の音が遠ざかる。


「お兄ちゃん、お兄……」

「ハルン、ハルーン!」


 追いかけても追いつかない。何も見えない。声も聞こえない。足元から道が消えた。落ちていく。そして意識を失った……。


「そうだ、ハルンだ。ハルンがボクを守ってくれたんだ。妹も黄金のウンコを持っていたんだ」

「やっぱりそうか。だからあんたは助かったのさ。探していたものが見つかった以上、あんたを殺す理由はないからね」

「じゃあ妹は魔王の城にいるんですね。生きているんですね」

「たぶんね。数年経っても魔族に大きな動きが見られないから、黄金のウンコをどう扱えばいいのか、あいつらも考えあぐねているんだろうよ」


 生きている。妹が生きている。これほど嬉しいことがあるだろうか。そうとわかればやることはひとつだ。


「魔王城へ行きます。妹を取り返します」

「できるのかい。階級『満』の冒険者五人で挑んでも勝てなかった相手なんだよ」

「強くなります。何年かかろうと絶対に諦めません。必ず妹を連れ戻します」


 アルピニイさんはグラスの酒を飲み干すとボクの肩をがっしりとつかんだ。


「その言葉、忘れるんじゃないよ。あたしもいい加減にあいつとはケリをつけたいと思っていたんだ。メルド、強くなりな。たくさんの魔獣を倒したくさんの糞尿を収集しな。あたしもできるだけのことはしてやるよ」

「ありがとうございます、アルピニイさん」

「メルドー、一緒に花火しようよー」


 砂浜でフェイが呼んでいる。いつの間にかうんこ小路うじさんも二人に混じって遊んでいる。


「うん、今行くよ」


 ボクは尻穴に力を込めるとテラスを降りて砂浜に向かった。ハルン、いつか必ず兄ちゃんがおまえを助け出してやる。昔はいつも二人だけで遊んでいた。でも今は違う。新しい仲間がたくさんいるんだ。いつかみんなで花火をして楽しもう。その時まで待っていておくれ、ハルン。








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続・ああ、かぐわしき「ふんにょーらぼ」 沢田和早 @123456789

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