第8話 絵を依頼する

 「わ、私、1年の文月 琴音ふづき ことねといいます」


 「あ、ああ。俺は新海 士郎って言うけど……」


 以外にも俺と同じ学年だった。名前が古風だが、この完全に見た目な文学少女の彼女にはぴったりと似合っている名前だと思う。


 「そ、そのぉ、友達になってくれないですか……?いえ、やっぱり私みたいな根暗な人間とは関わり合いになりたくないですよね、すみません忘れてくださいっ!」


 「ちょっ!?ちょっと待って!」


 涙を流しながら入口へ駆けだそうとする彼女の腕を慌てて掴んで引き留めた。


 「一旦落ち着けって!」


 「放してくださいっ!私なんて一生引きこもって絵を描くのがお似合いなんですっ!!」


 「どんだけネガティブなんだよっ!?あっ!?」


 「きゃっ!?」


 文月が何かに躓いたようで身体が地面に向かって倒れていく、必然的に腕を掴んでいる俺もなす術もなく一緒に転んでしまった。


 「い、いてててて……ふ、文月さん大丈夫―――」


 「―――」


 自分の手に妙な感触がある。それは熱を持っていてとても柔らかいものだ。俺は恐る恐る手元をみると、そこには文月の胸がある。かなりボリュームがあり恐らく巨乳なんだろうと場違いな感想を抱いた。


 ガラッ!


 突然教室の引き戸が開いたかと思うと、そこには何故か友達とカラオケに行ったはずの飛鳥井が立っていた。


 飛鳥井は俺達に気付き視線を投げかけると驚愕の表情を浮かべている。


 「ちょ、ちょっと待て。誤解だ!」


 「な、な、な、な、何やってんのアンタ―!!!!!!!!」


 華麗な足さばきで俺は顔面を蹴られて宙に浮いた。視界の隅で見えたのは飛鳥井のど派手なピンク色のパンツだった。





 「―――はぁ、事故ならそう言えし」


 「言う前にもう蹴り上げていただろっ!」


 暫く気絶していた俺が起き上がるとどうやらその間に文月が事の経緯を話していたらしく飛鳥井の誤解は解けたようだ。


 「す、すみません……私がこけちゃったのがいけなかったんです……」


 「いーのいーの。胸揉んだこのスケベ野郎が悪いんだから」


 完全に犯罪者扱いされている。理不尽だ。


 「てかさ、文月ちゃんって絵描いてるんだって!見たいなぁ」


 「い、一応ツブッターなどに載せています。主に二次創作ですけど……」


 「え、マジ!?フォローするから教えて!!」


 「で、でも私の絵なんて見る価値ないですし……」


 そういいながら文月はおぼつかない手つきでスマホを操作して自分のアカウントを俺達に見せた。


 「ちょ……え、マジ!?琴音ちゃんって、あのカガミさん!?」


 飛鳥井が驚くのも無理はない。こんな俺でも知っているくらい有名なイラストレーターのアカウントだったからだ。


 昨年の春に新星の如く現れたカガミ―――文月の絵はその繊細で尚且つ強烈な妖艶さを出しており瞬く間にフォロワー数が30万人を突破している。


 有名なアニメ制作会社やゲーム会社などがオファーを出しているが、それを全て断っているという噂を聞いたことがある程今話題になっている人物だ。


 「すごいじゃん!私もうフォローしてるよっ!!」


 「え、そ、そうなんですか……?」


 「ああ、俺もフォローしてる。昨日投稿してたかんなちゃんの第二形態イラストすごく良かった」


 「うぇ……」


 「そうそう!私も全部保存してるよ~。マジで本に出して売って欲しいって感じ!」


 「う、うぇぇぇ~ん!!」


 「え!?ちょ、何で泣くの!?アンタ、ちょっと言い方がキモすぎたんじゃない!?」


 「何でだよ!?」


 俺達が言い争っている間、文月は大粒の涙を流した。暫くして落ち着いたのか俺達に向かって頭を下げてきた。


 「ぐすん……わ、私、どうしてもネガティブな事を考えてしまうんです……。ネットで自分の絵を褒められても何か裏があるんじゃないかって不安になって……。だから、お二人の言葉も本当は嘘なんじゃないかと思ったけど、飛鳥井さんと新海さんの顔を見てると心の底から本当に言ってるって分かりました……」


 「琴音ちゃん……」


 その気持ちは少し分かる気がする。俺も相手が心の底では全く違う事を思っていると勘繰ってしまう事は多々あるからだ。


 「……ありがとうございます。おかげで少し前向きに考えようって思いました……」


 「大丈夫だよ琴音ちゃん。私は琴音ちゃんの絵が大好きだから」


 「ふぇ……」


 優しい手つきで文月を抱き寄せて優しく頭を撫でた飛鳥井は満面の笑みを浮かべた。


 「ネットの連中も、本当に琴音ちゃんの絵が大好きだからコメントするんだよ。本当に嫌いだったらそんな面倒なことしないって」


 「は、はい……」


 「あのさ、琴音ちゃんは図々しくなるべきだよ。自分の絵をツブッターだけじゃなくてもっと人の目につく場所で見せない?」


 「と、いうと……?」


 「8月のお盆の時期にコミトがあるじゃん?私達サークル参加するんだけど、琴音ちゃんにイラストを描いてほしい」


 「え、えぇ?」


 優しくしたのはこの為か、と一瞬思ってしまう程のさりげない依頼に俺は一瞬唖然とした。


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冴えないぼっちで過ごしたいけど、何故か超絶美女ギャルと友達になりました。 @zarusoba1234

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