最終話 電球切れました

 クリスマスイブを翌日に控えた休日のその日、奈々子は2本のメールをうった。1通目は和也あてに、旅行のキャンセルを伝えた。


 もう1通は、太一にあてた。




 電球切れました




 奈々子は太一の返事を待った。


 ハイヒールはもう履かない。和也に買ってもらったハイヒールは押入れの奥深くにしまいこんだ。


 村上といた世界は、きらびやかで華やかだった。その世界で、奈々子は自由ではなかった。村上の目線で物を見、村上の好みの服を着て、村上の与えてくれる物を口にする。奈々子は奈々子自身ではいられなかった。ハイヒールに押し込まれた足のように窮屈で、ふらつく足元は奈々子を不安にさせた。


 背伸びしないでのびのびとしていられる場所はどこだったか。考えた結果、奈々子はハイヒールを脱ぎ捨てることにした。


 スニーカーをはき、リップはグロスだけで、奈々子は街に出た。


 5センチ、ちぢんだ世界。


 だが、そこが奈々子のいる場所、落ち着く場所だった。


 つま先立たなくても手の届くもの、そこで手にしたもの ― 奈々子は自分が手にしていたものをみつめなおしていた。それは太一だった。


 メールの着信音が鳴った。




換えの電球は?


 買ってきて


ワット数は?


 わからない


先そっちいく




 太一からの最後の返信を受け取ったとき、奈々子は太一の住むマンション前についてしまっていた。メールの数分後、あわただしくエントランスをかけだしてきた大きな影があった。


「ここに住んでたんだ」


 スニーカーのかかとを踏んだままの太一は、奈々子の顔をみてぽかんとしていた。言い訳でも考えているのか、その口元がかすかに動いていたが、結局は観念したような深いため息をもらすだけに終わった。


「なんで、うちの近所に住んでるってウソついたの?」


 奈々子は太一を責めてはいなかった。ただ、純粋に理由が知りたい、それだけで奈々子は太一の答えをゆっくり待った。


「送っていくのに、そのほうが都合がよかったから……」


 太一のほうがよほど奈々子を理解している。心細い思いで夜道を歩いていても、「送る」と言われたら奈々子は反発してしまっていただろう。ちょうど、メール便を取ってくれた太一にむっとしたように。


「電球切れたってのは……」

「いつかは切れるものじゃない? 切れる前に換えたっていいわよね」


 奈々子は電球だってひとりで換えられる。少し手間がかかるが、台を使えばいいだけのことだ。だが、人を頼ってみてもいいのではないかと思う。


 太一に頼ってみても……。


 自分ひとりで何でもやるより誰かと一緒のほうが楽しい。その誰かが太一だといい。太一と一緒にいたい。


「電球、横綱でセールだって」

「よってくかー」




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あと5センチ あじろ けい @ajiro_kei

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