第11話 『キッカケ』

朝日が昇る前

 

 怪獣被害が終わり、街に動きが戻っていた。

 トリロンに敗北し散りぢりになっていた防衛線に居た騎士団員も街に戻り、休む事無く避難誘導や救助活動に移った。

 怪獣の死骸周辺は立ち入り禁止とされて警備の騎士が立っている。

 また、ギジュウが消えた湖も騎士団によって封鎖措置が取られた。その時、湖近くで気を失っていたグエン・ヴァイオレットが保護されていた。

 家を失った住民や軽傷の避難者は被害の少ない西区、東区に誘導された。

 一連の活動中に発見された死傷者は、北区に作られた医療テントに運ばれた。

 そこでは騎士団の後方支援部隊が汗水を垂らしながら、必死に怪我人へ治療を施し、声を掛け続ける。



 医療テントがあるエリアの医薬品や毛布の詰まった木箱が置かれている場所に、ベナとレムナの姿があった。

 二人の間には付かず離れずの距離が開いていた。

 ベナは項垂れ気味座り込み、レムナは顔を伏せて体育座りする。

 久し振りに再会した筈の親友二人は何も喋らず、少し空いた距離が、二人の間にある重苦しい空気を表していた。

 

「……」


「……」


 ベナはトリロンから逃げる途中、アッサムからはぐれた。

 ギジュウが去った後、アッサムを探していたベナは崩壊した北門の外で、父の亡骸に縋り付いて泣いている親友を見付けた。

 二人はアッサムの亡骸をここまで運んで来たばかりだった。

 何も考えたくないし、何も聞きたくない。

 そう想い、二人とも茫然としていた。

 すると、顔を伏せたままのレムナが口を開く。


「……湖に男の子が居る。保護してあげて」


「さっき、保護したって報告があった。その子が『お姉ちゃんは悪くない』って喚いてるらしい」


「……そう」


 素っ気ないやり取り。

 ベナが土埃に汚れた顔を上げ、朝日が昇る前の暗い空を見上げる。

 その目元は真っ赤だった。


「私、おじさんが大好きだった」


「……」


「本当の父親が人情味が無さ過ぎて大嫌いだったから、何度もおじさんがお父さんだったらって思った事もある。話した事あるよね」


「……うん」


「私、おじさんに背中を押されて騎士団に入ったの。本当に沢山助けられた。今日も命を救われた」


「……」


 過去話がしたい訳じゃない。

 むしろ、それは一緒に居た時間を思い出して辛くなるだけだった。

 なのに、口を開けばアッサムとの思い出話が零れる。

 大事だったから、いくらでも思い出せた。

 レムナも黙ってベナの話に聞き入っていた。一緒に体験した思い出もあり、二人してその事をぽつぽつと話した。

 やがてして、ベナが話題を戻した。


「あんな訳の分からない生き物が暴れてたんだ。他にも沢山犠牲者が居る。……だから、こんな事言うべきじゃないってわかってるけど……」


 大粒の涙がベナの頬を伝う。


「おじさんが死んだのが一番辛いよ」


 声を殺して泣く親友の気持ちが痛いほど解り、レムナがギュッと身を縮める。

 そして、ボソボソと謝罪を口にする。


「……ごめん……私のせいだ」


 レムナの声は震えていた。

 ベナは涙を拭い、片手を付いて親友の方を見る。


「どういう事? レムナ、何を知ってるの? おじさんの身体にあった傷は、絶対にあの巨大生物による物じゃない! おじさんは誰かに殺されたんでしょ!?」


「っ」


 レムナはビクリと身体を震わせる。

 彼女の脳裏に蛾人怪獣モスマンが父を殺した光景が思い出され、黙り込んだ。

 そんな弱々しい親友にベナが業を煮やして掴み掛かった。

 泣き腫らした目のレムナがベナを見上げる。


「しっかりしろ、レムナ・スティー! お前はアッサム・スティーの娘だろ! 私と、違って……!」


 気を吐くベナからレムナは視線を逸らす。


「……ムリだよ……ずっと父さんが殺された瞬間が忘れられない……怪獣が憎いとも想えない。私がギジュウで街をこんな風にしてしまって……もうどうでもいい……」


「怪獣? どういう事? 何を知ってるの?」


「知りたいの……?」


 心の支えとしていた怪獣への復讐心も、父を亡くした苦痛に塗り替えられた。

 アッサムの死をキッカケにして、レムナの心は暗い雲に隠されてしまった。

 もう隠す事も億劫で親友に全てを明かす。


「私があの鉄の怪獣を操ってたの。あの角持つ怪獣を倒す為に」


 ベナは突如現れ、トリロンと戦った鉄の生き物の事を思い出す。


「けど、あれが北門や北区を壊したんだよ?」


「……ふふ、そうよ。私は街も住民も、どうなっても良かった」


「は……?」


「私はね、怪獣が憎くて仕方なかったの。だから、ギジュウを自分の物にした時、やっと怪獣が倒せるって嬉しかった。ギジュウが街を壊すってわかってたけど、そんなのどうでもいい。怪獣を殺したかったの」


 吐き捨てたレムナの言葉にベナの怒りが湧き上がった。

 レムナがこけそうになるのも厭わずに強引に引きずって、壊れた街が見える場所に連れていく。


「これをどうでもいい!? あんたがやった!? 本気で言ってるの!?」


「そうだって言った!」

 

 そう叫び、レムナがベナの腕を振り払った。

 レムナがよろめき、ベナは荒い呼吸で親友を睨む。

 しばらく沈黙した。

 レムナは俯いたまま、言葉を続ける。


「自分が街を壊す事になろうが、魔法が嫌いだったし、周りが嫌いだったから別に良いと思ってた。自分以外は、どうせ異生物だって。壊れていいって」 


 レムナはそう言った。

 しかし、ベナの方に向けた顔は言葉とは裏腹に、辛そうな表情をしていた。

 そして、今にも泣き出しそうな、情けない顔になる。


「なのに、なのに……父さんはそんな私を信じてるって……」


「……」


「私に正しい心があるって、言ったの……そんな事ないのに……」


 震える声でそう言って、レムナは膝をついて項垂れた。

 苦しそうに頭を地面に打ちつける。


「父さんの言葉が頭から離れない。今はもう、壊れた街を見てると辛くて仕方ない……ごめん、ごめんなさい……」


 地面に涙の跡が出来る。

 その姿は弱々しく、まるで許しを乞う罪人のようだった。

 事情がどうあれ親友のそんな姿を見る事になって、ベナは今日という日が本当に嫌な日だと思った。

 親友に近付き肩を掴んで、無理やり顔を上げさせる。


「しっかりしろ、レムナ・スティー! 私はアンタを責められない。ずっと、アンタの抱えてるモノを無視して来たから。友達だったのに。――けど! 大事な物を奪われた街の皆は、アンタを絶対許さない!」


「……っ」


「だから、今度こそ、おじさんの言葉を本当にしろ! 正しい心で力を使って街を守れ! 今度は私も、一緒に戦うから」


「ぁ、あぁ……」


 レムナの顔が涙でぐちゃぐちゃになる。ベナが親友を抱きしめる。

 今度こそ二人で、アッサムが死んだ事を心から悲しんだ。





壊れた北門 怪獣トリロンの死骸付近


 レムナとベナが並んで、怪獣トリロンの死骸の方を見ていた。

 ベナが疑問を口にする。


「そのモスマンってのは、また来るの?」


「うん。必ず来る。ギジュウが居るって解った以上、そのパイロットになった私を殺したくて仕方ないだろうし」


「そっか。じゃあ、おじさんの仇を討てるね」


「それだけじゃダメ。今度は街を怪獣から守りたい。ギジュウはその為に使うんだ」


 レムナの顔は憑き物が落ちたみたいに澄んでいた。

 それを見て、ベナが嬉しげに微笑む。


「学生の頃以来じゃない? 二人で秘密を共有する共犯になったの」


「……そうね」


「ちょっとワクワクしてるや。そういえば、敵も転生者なのね?」


「きっとそう。怪獣を知ってるのは転生者だけ。きっと、モスマンに協力してる転生者が居る」

 

「そっか。そうだ、なら――」


 ベナが思いついた事を話そうとした時、瓦礫の影から武装した騎士たちが現れ、二人を取り囲んだ。

 全員が戦意をむき出しにして、剣の切っ先をレムナに向けている。

 ベナがレムナを自分の後ろに回し、仲間の騎士たちに問う。


「どういうつもり!?」


「――それはこちらの台詞だ」


 包帯で顔半分を覆ったオーガスタスが騎士たちの間を割って現れた。

 団長は警戒を露わにする娘を一瞥し、その背後のレムナに視線を移す。


「レムナ・スティー、決闘罪及び学生二人に対する傷害罪、加えてグエン・ヴァイオレットの誘拐について手配書が出ている。君は犯罪者だ、騎士団がその身柄を拘束する」


「待って!」


 ベナが待ったをかけた。


「手配は確かに出てる。けど、だからって何で最初から抜刀してるのよ? これじゃまるで殺す気じゃない」


 団長が苛立ちを隠さず、大きく息を吐き出した。


「ベナ・ウーランド、貴様は騎士団の騎士だ。その犯罪者を拘束しろ」


「……」


「……なら、もっと理由をやろう。その小娘が、あの巨大生物――! そいつは怪獣を操る、我々の敵だ!」


 団長の言葉に騎士たちが憎しみの色を顔に見せた。

 ベナはレムナに顔を向ける。

 どうして、団長が怪獣の事を知っているのかと聞きたいようだ。

 レムナは既にギジュウから情報を受け取っていた。

 小声で情報を共有する。


「怪獣モスマンの反応をギジュウが察知してる。騎士の誰かの中に、モスマンが潜伏してるみたい」


「じゃあ、騎士団を使ってレムナを拘束しようとしてるの?」


 すると、団長が声を上げる。


「レムナ・スティー、怪獣を操る道具を持っているな? それをこちらに渡せ。そうすれば、命までは取らん」


 レムナはモスマンの目的を察した。


「ギジュウを操る中継器を探してるんだ」


「別の攻略法で障害を無力化しようって訳ね」


 殺気立つ騎士たちがじりじりとにじり寄って来る。

 ギジュウの力を奪われる訳にはいかない二人は追い詰められていく。

 ふと、レムナが初期同調の時に似た頭痛を覚えて頭を押さえる。


「うっ」


 頭の中に、いつものギジュウとは違う声がする。


『――怪獣から守れ』


『――怪獣を倒し、守れ』

 

 ベナが騎士たちを警戒しながら、心配の声を掛ける。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫。ギジュウから変なノイズが届いただけ」


 二人の会話が聞こえない団長が業を煮やして娘に声を掛ける。


「ベナ、親友なのは知っている。だが、その娘は実の父親さえ殺し、街を破滅させようとする悪魔だ。現実を見ろ、騎士としての役目を果たせ」


「……急に父親面しないでよ。そんな気も無い癖に」


「ああ。お前の言う通りだな。父らしくはしてやれなかった。だが、今は父として、お前を案じている。正しい道を歩け、ベナ」


「……」


 ベナはレムナの方を見た。


「ねえ、学生の頃の役割分担、覚えてる?」


 相手が何を言いたいのか理解して、レムナはベナを止めようと肩を掴む。


「ベナ、無茶すぎるって」


「あの頃みたいに、後でお菓子分けてあげるって。共犯」


 そう言うと、ベナはレムナを連れて崩壊した北門の方に走り出した。

 邪魔をしてくる騎士にベナが単身突っ込み、その武器を奪い取る。


「行って、レムナ!」


「ッ! 任せた!」


 レムナは崩壊した北門を通り抜け、湖の方に向かう。

 それを追いかけようとする騎士の前に、剣を構えたベナが立ちふさがる。


「正しい道はしっかり見えてる。メリジルを守るには、あの子が必要なのよ!」


 団長が舌打ちをする。


「アッサムとかいう男に任せたのは間違いだったようだな。構わん! 無力化して容疑者を追え!」


 騎士たちとベナの戦いが始まる。

 それを眺める団長の隣に、カリマ・ザザと名乗っている正和がやって来る。


「ね、言った通りでしょ? あのレムナって女は、人を操る怪獣まで従えてるんですよ。あの角の怪獣や鉄の怪獣だけじゃなくてね」


「……そうだな。娘は我が強いが、正義を理解している。親友だろうと犯罪者を庇う真似はせん。正気を失っている」


「ええ、助けてあげませんと」


 カリマは不気味な笑みを浮かべている。

 団長はカリマの方を見ず、言葉を紡ぐ。


「確認だが、君の情報が確かなら魔法が使えない者は転生者で怪獣を従える事が出来るのだな?」

 

「そうですよ、中継器さえあればね。あのレムナって奴も、どこかにそれを隠し持ってるんです。それを確保しちまえば、もう怪獣は操れません」


「まさか、街にそんな輩が潜んでいるとは……」


「本当の脅威は身近に潜んでたって事ですね。この街の惨状を見てくださいよ。あの小娘は、たった一人でこれをやってのけた。転生者は人間じゃありませんよ」


 カリマの言い分に、団長が頷く。


「……同感だ。生かしてはおけん、犠牲となった仲間たちの為にも」


 戦意を高める団長。

 カリマはそれを横目に、邪悪な笑みを浮かべた。




 レムナは湖に向かって走る。

 どうすればいいか、良い考えは浮かばない。

 だが、とにかくギジュウを黒幕の手に渡す訳にはいかない。

 例え、自分が街の皆から恨まれる悪魔となろうが犯罪者と罵られようが、今度こそ街を守る為にギジュウの力を使いたい。

 そう思うからなのか、例のギジュウから届くノイズの声も大きくなっていた。


『――怪獣を倒し、人を守れ』


 父の遺志と似た言葉。

 レムナはその言葉を、まるで父アッサムからの応援のように受け取っていた。


「任せて。ギジュウの力は守る為に使うから!」



_______


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これにて、第一章が終わりです。

第二章の更新は準備が出来次第始めたいと思います。

好評価等よろしくお願いします。

 



 

 

  

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【第一章完結】「GIJU」 桃山ほんま @82ki-aguri

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