幕間 『黒幕の考察』

深夜


 

 西区と東区も同様に一部被害を受けていたが、まだ街としての形を残している。

 住民はそれら両区を中心に分けられ、騎士団が設けた避難所に避難していた。

 なので、南区には全く人の姿無かった。

 そんな南区の特区跡に、瓦礫の山が出来ていた。

 その山に正和が居た。

 彼は足場が悪い中、瓦礫の山の天辺まで登る。

 登りながら、独り言を闇に呟く。


「今日、この特区でクソみたいな上司にクビを言い渡された。魔法が使えない俺をバカにして、頭からビールを掛けてきた。腰ぎんちゃく共も俺を笑った。心底、腹が立った。殺してやりたいよ」


 瓦礫に足を踏み出す。


「けど、全部がぐちゃぐちゃの瓦礫に変わった。気分がいい。破壊するってのは最高だ、アイツも死んだかもな」


 いつもの引き笑いを浮かべ、更に登る。

 遂に瓦礫の山を登頂した。

 天辺に立った正和はメリジルの街を見回す。

 トリロンにより南門と城壁が崩壊し、射出された角が痛々しく地面に突き刺さっている。

 怪獣同士の戦いにより、同様に北区も北門も壊滅的な被害を受けた。

 だが、それだけだ。

 自分は突貫怪獣トリロンを使ってメリジルの街を壊滅させるつもりだった。

 なのに、未だ街の半分は健在で、自分の肝入りだった怪獣がギジュウに殺され、北の城壁付近にその死骸が転がっている。

 正和は鼻から息を吐き出す。


「……何で、全部が壊れてないんだ? 俺は全部壊すつもりだったんだ」


 正和が闇に問う。

 しかし、返事はない。


「あの機械の怪獣……知ってるぞ。前世の魂が覚えてる。あれは怪獣を倒す為に生れた、機械の怪獣ギジュウだ。何でギジュウがこの世界に居るんだ?」


 闇から返事はない。


「転生ってのは機械でもいいのか?」 


 正和が苛立ちを込めて、疑問と不満を口にする。


「そもそも、俺が死んだ時奴はまだ健在だったぞ。なんで、奴が転生してんだよ!?」


 闇に赤い眼――モスマンが出現する。


「転生の仕組みはわからない。トリロンもモスマンも、かの世界でギジュウに負けて死んだ。奴が破壊されていた事も知らないし、この世界に奴まで居るとは想定外だ」


「そんな言い訳を聞きたい訳じゃないんだよ! クソクソ!!」


 正和は地団駄を踏む。


「どうしてこうなるんだよッ。この世界で怪獣を知ってるのは俺だけだろう!? なあ、モスマン、俺だけが転生者で特別だった筈だろ!? ハァハァ」


 自分の特異性が揺るがされ、正和の自尊心は崩壊寸前だった。

 ギジュウの事を考えるだけで手汗が滲み、自分が特別じゃないという不安に駆られて息苦しい。

 みっともない表情を浮かべた正和がモスマンに答えを求める。


「なあ、モスマン。俺は、どうすればいいんだ? ギジュウが居たら、俺はこの世界の王になれない……」


「正和、モスマンは既にギジュウのパイロットを発見している。ギジュウが女を守っていた」


 モスマンの報告を聞いた正和は情緒が不安定になり、怒りを露わにする。


「なら、今すぐ殺して来いよ! 回復魔法の奴は潰したんだろ!? 今ならギジュウが居ないじゃないか!?」


 モスマンが誤りを訂正する。


「正和、ギジュウは今もパイロットを守っている。確かに傍を離れているが、奴はこちらの反応を認識し、中継器となる媒介を通じてパイロットを守っている」


「なら、それを壊せよ!」


「出来ない。まだ、中継器が見つかっていない」


「~~ッ」


 モスマンの報告に正和は頭が痛くなる。

 自信を失くして、瓦礫の山に座り込んでしまう。


「クソぅ。モスマンはパイロットを殺せないし、トリロンもギジュウに殺された。計画は失敗した。俺は失敗したぁ……」


 ガタガタと不安と後悔に震える正和。

 彼は元々、転生前からこういう性格だった。

 常に自分に自信がなく、不安に駆られ勇気が出ない。周りを羨み、自分もいつか光の当たる場所に立ちたいと思い続けていた。

 だから、特別に憧れていた。

 転生者だと思い出して、その特別感に喜んだ。

 だが、精神が打たれ弱くて失敗を経験すると、今のように立ち上がれなくなる。

 モスマンが正和の後ろに出現し、翅で包むように寄り添う。


「安心しろ、正和。今回失敗しようと、結果は全て上手くいく」


「何でそう言えるんだよ……」


「正和が特別だからだ。転生者がもう一人居ようと、何も変わらない。ギジュウはこの世界では弱く、モスマンを従える正和の方が強い。転生前の記憶がある正和なら、理由がわかるだろう?」


 正和は少し思考し、ハッと気付く。


「機械だからか!」


「流石だ、正和。この世界の文明は魔法という未知の発展を遂げている。反対に、科学技術は転生前の世界に遠く及ばない。ギジュウは修理が出来ない、ダメージを回復できない」


「そう、そうだ! ギジュウは弱る一方。だけどモスマンは学習できるし、隙さえあればいつでもパイロットを叩ける。……俺たちの有利だ」


「そうだ。正和を苦しめ続けていた魔法が、結果正和の望みを助けている。因果なもの、というのだったか」


 自信を取り戻した正和が立ち上がった。モスマンは頭が当たらないよう事前に身を引いていた。

 

「警戒すべきは、怪獣の攻撃を防ぐ結界とかいう魔法やパイロットを助けられる可能性がある回復魔法。そして、ギジュウを直せるかもしれない未知の魔法の存在か」


「その通りだ、正和」


 考察を進めて自信を取り戻していた正和だったが、別の懸念を思い出す。


「だけど、手駒になる怪獣が居ない。街を破壊するなら、やっぱり怪獣が居ないと。それに今のギジュウに対する考察も、ギジュウを損傷させられるだけの強さを持った怪獣が居ないと」


 また正和の顔が曇りかける。

 しかし、モスマンは赤い眼を細める。


「実証段階にないが、実験するには丁度いい機会だ。正和、モスマンに考えがある」


「……」


 モスマンの眼からは感情を読み取れない。そもそも、この怪獣に感情や人間に似た精神活動があるのか、という疑問もある。

 正和は不安げかつ探るような視線を向ける。

 この怪獣には別の目的があり、自分は利用されている。

 そんな事は承知の上だ。自分も同じように利用してやっているんだ。

 モスマンを利用している間は、無力な自分が特別になれるから。

 怪獣を操るモスマンの力があれば、怪獣に勝ち続けていたあのギジュウにさえ、自分は勝てるかもしれない。

 そう思うと、自分の人生が開けそうな予感がする。

 妖しい怪獣を信頼せず、しかし、モスマンの力を信用している。

 だから、正和は口元を歪める。


「いいよ、やろう。俺たちがこの世界の主役になれるように」


 珍しくモスマンが笑い声を出す。


「ふふ。正和の言葉選びは面白い、とても興味を惹かれる」



 誰も居ない崩壊した廃墟で、計画の黒幕たちは新しい企てを打ち合わせる。

 人間と怪獣。まるでパートナーのように手を組んで悪巧みを楽しんでいた。

 怪獣を使ったメリジル破壊計画が、次の段階に進もうとしていた。

 

 

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