第10話 『力の使い方』

 それは怪獣の天敵として作られた兵器。

 科学という文明の申し子。

 怪獣を倒す怪獣。

 怪獣が文明の破壊者なら、あるいはコレは守護者なのかもしれない。

 そのようには全く見えないが。



 月明かりが照らし出す――ドラゴンに似たモチーフの頭部、人間のように長い腕、太い脚、長い尻尾。

 まるで、直立する竜人のような機械怪獣『ギジュウ』。

 全身が機械で出来たその姿は、魔法が当たり前でファンタジーのようなこの世界の中に存在しているのが、不自然で不釣り合いだった。

 まるで魔法を否定する科学の結晶、『世界の異物』と言えた。

 だが、それがレムナの心に充足をもたらす。

 魔法の使えない自分に一番ふさわしい相棒だとさえ思えた。

 すると、大きな咆哮が上がる。


「ガアアア!!」


 トリロンが起き上がり、己を攻撃してきた憎きギジュウの姿を認めて興奮する。何度も大口を開けて威嚇してくる。

 ギジュウはトリロンを睨み、眼を黄色く発光させる。

 精神を同調させているレムナには理解できる。

 ギジュウは敵を認識し、本格的に起動したのだ。

 トリロンが両掌の穴をギジュウに向けた。

 ギジュウと同調し怪獣のデータを自由に引き出せるレムナは、当然トリロンの攻撃パターンも把握している。

 トリロンは体内で高圧ガスと角を生成し、それを穴から射出してくる。


「知ってるぞ!」


 レムナが叫び、ギジュウに指示を出す。

 ギジュウが四つん這いの姿勢になり、その背中にまっすぐに固定された尻尾が乗っかった。まるで歩行する戦車のような見た目となったギジュウが尻尾の照準をトリロンに合わせた。

 二体の怪獣が互いに狙う。

 咆哮と共に、トリロンの両手から角が射出される。

 レムナを守る為、ギジュウがターゲットをトリロンから飛来する角に切り替え、水の弾で撃ち落とす。

 高水圧で弾かれた角は吹き飛び、街に落下する。

 

「お前は連続して角を撃ち出せないんだろ」


 ギジュウの眼が光る。

 射撃の隙を突いてトリロンに近付く為、変形しながら移動を開始した。

 途中にある北門や街の城壁を破壊し、ギジュウがメリジルに侵入する。

 ギジュウはこのまま近付いてトリロンを鉄拳で殴るつもりだった。

 だが、トリロンは腕を下げ、肩の角を向かってくるギジュウに向けた。

 ギジュウを追って街に向かっていたレムナが不審がる。


「肩の角には射出する機能がない筈なのに……?」


 転生前のギジュウ対トリロンの戦いでは記録されていない行動パターンに、レムナは戸惑う。

 すると、すぐに行動の真意が明らかとなった。

 トリロンが肩を上げると、何かの推進力が働き、高速でスライド移動してギジュウに突進してきた。

 咄嗟にギジュウは肩の角を両手で掴んだ。

 質量に加速が乗っているせいで踏ん張り切れず、城壁まで押し戻された。

 ギジュウがぶつかり城壁が崩れた。 


「ガアウ!!」


 トリロンは追撃の頭突きを繰り出そうと首を上げる。

 結界が破壊された光景が脳裏をよぎり、レムナがギジュウに回避を指示する。


「避けて!」


 振り下ろされるトリロンの頭突きを、ギジュウは腕で払って辛うじて逸らす。

 トリロンの頭突きが崩れた城壁に激突する度、更に城壁に亀裂が走る。


「あの威力で角を刺されたら、ギジュウの装甲も破られそうね」


 レムナは北門前に到着し、間近でギジュウとトリロンの攻防を見守る。

 トリロンはギジュウに覆いかぶさり、何度も頭突きを繰り返していた。

 ギジュウの不利は明らか。

 しかし、レムナはギジュウの勝利を確信していた。


「突進には驚いたけど、アンタから近付いてくれて助かったよ。馬鹿みたいにご自慢の頭突きばっか使ってくれてさ」


 トリロンがまた頭突きを繰り出そうと首を上げた。

 

「頭突きをする直前だけは首を上に向ける。そのご立派な襟も首下までは守ってない。ギジュウの牙を味わいな」


 ギジュウが腕を伸ばし、トリロンの襟を掴んだ。

 首が上がった状態で固定されたので、トリロンの首元が無防備に晒されている。

 ギジュウが大口を開け、牙をトリロンの喉笛に突き立てた。


「ガギャアアアアア!!!?」


 血飛沫が飛び散り、ギジュウを赤く染め上げる。

 トリロンは何とか牙から逃れたい一心でギジュウを引き剥がそうとするが、深く食い込んだギジュウの牙はビクともしない。

 しかも、ギジュウの牙はサメのようにノコギリ状で、食らいついた獲物が暴れるほど傷を広げていく仕組みになっていた。

 トリロンは特大の悲鳴を上げながら、手からデタラメに角を射出する。一発でもギジュウに当たればという狙いだが、全て見当違いな場所に飛んでいく。

 デタラメな角爆撃の余波を堪えながら、レムナが叫ぶ。

 

「さっさとくたばりやがれ、怪獣!」


 ギジュウが更にアゴの出力を上げる。

 トリロンは舌を無様に伸ばし苦しげな表情を浮かべて、全身から力を失くした。

 ギジュウが牙を引き抜くと、支えを失くしたトリロンはズシンッと瓦礫と化した街に落下した。

 勝利したギジュウが天に向かって咆哮を上げる。

 その様はまるで、命を食らって喜ぶようだった。




 崩壊した北門の傍でそれを見上げていたレムナは満足げにガッツポーズを取る。

 

「よっしゃ!! やった、やったわ! 私のギジュウが怪獣を倒したのよ! 最高の気分、ざまあみろって感じ。怪獣データとギジュウがあれば、どんな怪獣が転生してたって勝てる。もっと来い、怪獣! 全部、倒してやる!」


 勝利の余韻で胸が一杯で、興奮気味のレムナは門の方から近付いてきていた人物に気付かなかった。

 その人物はレムナが叫ぶ言葉を聞いて、驚愕の表情を浮かべた。


「『私のギジュウが倒した』ってどういう事だ、レムナ?」


「は? ……父、さん」


 レムナが振り返った先には、父アッサムが土埃で汚れた姿で怪訝な顔を娘に向けていた。

 すっと興奮が冷めきり、レムナは言葉に詰まる。

 

――どうして、ここに父さんが?

――無事でよかったけど、何でこのタイミングなのよ。

――今の聞かれてた。秘密がバレた、どうする……。


 父の登場にレムナの心が大きく揺さぶられる。

 ギジュウの事や怪獣の事を話すという展開になれば、自分が転生者であると明かさなければならない。

 それは避けたかった。

 自分を信じ続けている父にだけは自分の秘密を知られたくない。

 一番近くに居て、一番信じてくれている人だから。

 自分の本心を見せたくない相手だった。

 

「ッ」


 レムナは逃げ出そうとした。

 しかし、それを予測していたアッサムが娘の手を掴む。

 振り返る事無く、レムナは呟く。


「離してよ」


「レムナ、待ってくれ」


「嫌だ、離して」


「いいや、離さない。レムナと話したい事が沢山あるんだ」


「私には無い。知ってるんでしょ、私が犯罪者になったって事」


「ああ、知ってる。学生二人を怪我させたって」


「ふっ、ごめんね。ムカついてやっちゃった。だから、街には帰らない。捕まりたくないし、このまま別の所に行くつもり。連絡もしないから」


 嘘を吐いた。

 本当はグエンを助ける為にやったのに。

 自分より弱い相手を攻撃する学生たちの性悪さが気に食わず、許せなかった。

 きっと、グエンが魔法を使えていても助けていた。


「……」


「失望した? なら、私の事は忘れて。ベナを娘と思って大切にしてあげて」


 父がそんな事できないなんて、わかりきっている。

 ベナだって、そんな事は望んでいない。バレたら一生恨まれる。

 でも、とにかく早くこの場を離れたかった。

 しかし、アッサムの手は強くレムナの手を握っていた。 


「さっきの言葉、本当なのか?」


「……」


「お前があの鉄の塊を操ってあの巨大生物……怪獣というのか? あれを倒したのか?」 


「……そんな訳ないでしょ。私、魔法も使えないんだから」


「隠さなくたっていい。体質の事なんか関係ない、もっと自信を持ってくれ」


「は?」

 

 アッサムがレムナの前に立って、娘の顔を見ながら言葉を紡ぐ。


「お前はお前にしかできない事をやって皆を助けた。街を守ったんだ。正しい力の使い方をしたんだよ」


 父は勘違いをしている。

 レムナが街を守る為に戦ったと思い込んでいた。

 本当は、ただギジュウの力に酔って怪獣を倒したかっただけなのに。

 街の事や皆の事なんか、どうでもよかったのに。


「魔法が使えない体質なんて気にするな。レムナ、お前には持てる力を正しく使う心がある。それは、この世界で何よりも大事な心だ」


 強い信頼がこもった父の言葉。

 それが刃となって、街の破壊を肯定したレムナの心に傷をつける。


「止めて。私はそんな人間じゃない。父さんの言うような生き方は出来ないッ」


 思わず叫んでいた。

 父の言う生き方は、魔法の使えない自分がこの世界を自分の居場所だと認めて生きる事と同義だ。

 それは転生前の記憶を持つ今の自分を否定するように思えて、到底受け入れられなかった。

 何より、ギジュウと共に手に入れた『怪獣を倒す使命』を手離したくない。


「私に押し付けないでッ。大事なものは私が決めるんだから!」


 レムナはアッサムを突き飛ばす。

 アッサムは胸に残るレムナの手の感触を悲しく思いながら、それでも今度は娘から目を逸らさないと覚悟して言葉を続ける。


「押し付けてなんかいない。だが、父親としてこれだけは覚えておいてほしい。力持つ者はその責任から逃げてはいけないんだ。力の使い方を間違ってはいけない。その為には正しい心が必要なんだ。お前はそれを持っているんだ」


「そんなの、知るかッ……」


 レムナはそう吐き捨てて、踵を返して北門の方に向かう。

 本心や秘密を隠したい想いなど忘れ、父の言う事が全て疎ましかった。

 ただ、父の信頼から逃げ出したい想いで一杯だった。




 ギジュウから警告アラートが頭に届く。


『警告。怪獣反応が出現』


「は? トリロンは倒したでしょ?」


 急に立ち止まったレムナがイヤリングをしている方の耳を押さえて話出した。

 その後ろ姿を見て、アッサムは首を傾げる。

 ギジュウは北の城壁付近で活動を一時停止している。その周辺に新たな怪獣の姿は見当たらない。


「新しい怪獣なの? それとも、トリロンがまだ生きてたの?」


『突貫怪獣トリロンは死亡済み。もう一体の怪獣は生存』


「もう一体!? え、二体居たの?!」


『突貫怪獣トリロンの内部に潜伏していたと推察』


「内部って何よ、そんなのアリなの!?」


 驚愕したり叫んだりと忙しない娘の様子にアッサムも心配げな眼差しを向ける。

 ギジュウの警告も緊張感を孕んだものに変化する。


『反応がレムナの居る地点に接近中。高速移動の為、警戒を推奨』


 ギジュウも反応元の怪獣を確認できていないのか、どんな怪獣が出現しているのか報告してこない。


「どこから来るの?」


 レムナが周囲を見やるが、深夜なのも相まってどこからでも敵が現れそうだった。

 また、彼女はギジュウやトリロンの姿から、自然とそれらと似た大きな姿を想定していた。

 焦っていたのだろう。

 大きな怪獣だけではないと、ギジュウの怪獣データを確認すれば容易にわかった筈だったのに、その冷静さを失っていた。

 一陣の風が横を吹き抜けた。


『怪獣がレムナを通過』


「……ッ!?」


 ギジュウの通知を聞き、風の吹き抜けた先を振り返る。

 すると、――


「がふっ」


 苦しげな呻きが聞こえた。

 父アッサムは驚愕の表情で、口から赤い血を吐き出している。

 父の胸を二本の触角が貫いている。

 触角は父の血に塗れて、真っ赤に染まっている。

 父の背後に、翅を生やした人間のようなシルエットが立っている。ソイツが父を触角で刺し貫いている。

 レムナは瞬間的に怒りが湧き上がり、父を助ける為に駆け出した。


「離れろ!!」


「了承しよう」


 シルエットから声が響く。

 正確には言葉に聞こえる羽音だ。シルエットの翅が細かく震え、虫の羽音が声に聞こえるように鳴っている。

 言葉通り、シルエットは父から触角を引き抜き、さっと姿を消した。

 支えを失った父が膝から崩れ落ち、地面に倒れた。


「父さん!?」


 シルエットがどこに行ったかなど気にもせず、レムナは動かない父の下に駆け寄ろうとする。

 すると、いつの間にか背後に回っていたシルエット――赤い眼を持つ蛾と人間が合体したような怪獣が、また言葉を紡ぐ。


「回復魔法の使い手は始末した。次に計画の障害となるギジュウを無力化する」


 蛾人間がレムナを背後から襲おうとした瞬間、それを予測して自ら動いたギジュウの鉄拳が蛾人間に迫る。

 蛾人間の頭部がぐるりと背後に回り、直撃寸前の鉄拳を捉える。

 次の瞬間、ギジュウの鉄拳が地面を砕く。


「わっ!?」


 背後で起きた予想外の衝撃の風圧で、土埃に巻き込まれながらレムナが吹き飛ばされる。

 前後不覚になりながら、何とか父の下に辿り着こうともがく。

 手が引っかかり、運よく地面に落下できた。

 しばらくすると、土煙が晴れてきた。

 周囲を見れば、偶然倒れている父の傍に到着していた。

 立ち上がる事も忘れて父に近付く。


「父さん、父さん……」


 子供が眠っている親を起こすように揺すりながら、何度も呼びかける。

 アッサムの周囲に大きな血溜まりが出来ている。

 その息はか細く、呼吸の度に傷から血が噴き出している。

 胸を貫かれていた事を思い出し、肺が傷付いているのかもしれないの思い至る。


「ど、どうしよう……傷を塞がなきゃ」


 レムナはアッサムを仰向きにして、胸に空いた傷を両手で押さえる。

 苦しげな呻きを父が上げ、娘の額に汗が浮かぶ。

 ギジュウがレムナの頭に通信してくる。


『怪獣が逃走、反応を確認できず。また、潜伏したと推測する。視認した情報と合致する怪獣データを共有する』


「うるさい! 黙ってて!」


 レムナの言葉を無視して、ギジュウが情報を送り付けてくる。

 視界にバーチャルディスプレイが表示され、父アッサムを襲った蛾人間型怪獣の情報が羅列される。

 しかし、レムナにそれを確認する余裕なんか無い。

 むしろ、ギジュウの情報が視界を埋めるせいで父の様子が確認できない。


「邪魔すんな! この情報を消して!」


 ギジュウはそれを無視して、音声で情報を読み上げていく。


『怪獣名は蛾人怪獣モスマン、未確認生物として認知されていた。その正体は宇宙外から飛来した怪獣であると判明。本機が五番目に撃退した怪獣と酷似する』


「黙ってて! 良いから活動停止!!」


『停止コマンドを認識。ベースに帰投する』


 一方的にそう伝えられると、ギジュウからの情報が途切れて、視界を占領していたバーチャルディスプレイも消えた。

 文句を言いたいレムナはギジュウを見上げる。

 すると、ギジュウが己の意志で湖方面に向かい始めた。ギジュウの言うベースとは湖底神殿の事らしい。

 機械怪獣は尻尾が無事な建物に当たらないよう上げて、瓦礫と化した場所を優先して選び、メリジルから去っていく。

 




 脅威が去った事で、街からは明るい声が聞こえてきた。


「そうだ、人……人を呼んで来るッ。助けてくれる人を探してくるから!」


 傍を離れようとしたレムナの手へ、不意にアッサムが自分の手を添えた。

 レムナが目を見開いて、父を見下ろす。

 アッサムは回復魔法を発動させ、わずかばかり喋れる状態に戻った。


「レムナ……」


「もう怪獣は居ないから、今誰か、ベナとか呼んで来るから!」


 街に行こうとする娘を手に力を込めて止める。

 ゆっくりと首を横に振る。

 父はどこにも行くなと訴えていた。


「でも、でも」


 アッサムの発動させている回復魔法の力が弱まって、温かい光が小さくなる。

 それは父の命が消えかかっている事を示していた。

 レムナは縋るように父の手を握る。


「頑張って、お願い頑張って。私、魔法、魔法が使えないの……どうして使えないのよ。使えたら、父さんを助けられるのに……!」


 涙が零れないほど、心が混乱している。

 息が乱れ、言葉も上手く続かない。

 どうして、こうなってしまったんだろう。

 今ほど自分の体質を、転生者である事を恨んだ事はない。

 ギジュウという怪獣を倒せる力を得ても、目の前で死にかけている父親を救う事は出来ない。

 自分の手から父の命が零れていく。

 レムナは祈るように俯いた。

 自然と、本心が口から漏れる。


「私、怪獣を倒したかっただけなの。だって、だって、……私は前の世界で! 復讐したかった!」


 誰にも明かした事のない、魂の欠けた部分の正体を死にかけの父に打ち明けた。

 レムナが転生を自覚する前、魂に欠けがある感覚が心の渇きとなり、満たされない想いを抱え続けていた。

 魔法が使えない体質や身長などの違いが、その渇きを強くするから嫌いだった。

 

「理由のわからない怒りが、心の深い所にずっとあったの。けど、ベナが代わりに戦ってくれたから、少しは怒りが晴れた」


 それである程度は納得していたのだ。

 しかし、そんな応急処置では何も解決しなかった。


「やっぱり何にも満たされない。魔法に怒ってるんじゃない。ムカつくけど、それが怒りの正体じゃなかった!」


 心の渇きは満たされず、魂の欠けを感じていた。

 しかし、思い出した。

 小等部だったあの頃、この世界が自分の居場所じゃないと思ったその瞬間に。

 前世の事、怪獣の事、自分が転生者だって事。

 そして、魂の欠けが埋まった。

 思い出された前世の記憶は、前世の自分が怪獣に殺される瞬間。

 ビルに居る自分と、窓の外でコチラを見る怪獣の大きな眼。

 それが前世の自分の見た、最後の光景。


「私は怪獣に殺された! その想いは転生したこの世界でも消えなかった! それが魂の欠けとして、ずっと怒りとして残っていたの! それに気付いたら、もう止まれる訳ない!」


 レムナのイヤリングが揺れる。

 思い出した前世の記憶と魂に刻まれた怨念が、転生者レムナに使命を与えた。

 怪獣を倒す、怪獣を殺す。

 レムナはその事だけを生きる目的とした。


「私、守る為に戦ったんじゃない。街も人も、何とも思ってなかった。ただ怪獣を倒したかっただけなの……」


 父の信頼を裏切っていた事を懺悔するようにレムナは独白し終えた。

 その言葉が父に届いているかどうかなんて関係なかった。

 ただ、隠していた本心が堰を切ったように溢れ出したのだ。

 もう、アッサムの手は冷め切っていて、魔法の光はロウソクの火程度の大きさしかない。

 

「レムナ……」


 弱々しい声で、アッサムが娘の名を呼ぶ。

 レムナは涙でボロボロの顔を上げて、父の顔を見つめる。

 アッサムの眼はもうレムナがどこに居るかもわからない。

 父は震える口で言葉を紡ぐ。


「正しい心……ある……レムナ、立派……」


「あっ、ああ、駄目……逝かないで……」


 死の間際、アッサムは娘に信頼の言葉を伝える為に力を奮った。

 アッサムは死の恐怖を前に哀しげな顔を浮かべ、最期に小さく娘の名を呼ぶ。


「レムナ……」


 魔法が消えた。

 最後の力が失われた。

 レムナは動かなくなった父を抱きしめる。


「ああぁ……――」

 

 溢れ出す心のまま、泣き叫んだ。



______


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

好評価等よろしくお願いします。



 

 

 

 

 

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