第9話 『起動』

数時間前 メリジルという名の湖


 トンネルを通じて湖底神殿から地上に向けて射出された脱出艇が、レムナとグエンが落ちた穴から突き出していた。

 脱出艇のドアは開いており、中身は空だった。どうやら乗り捨てられたようだ。

 そして、脱出艇に乗っていた二人は疲れた表情で近場の岩に座っていた。

 彼女らは一日前に湖底神殿へ落下してから、ずっと脱出出来ずにいたのだ。

 食事も無く水も無い状態で監禁されていたが、何かの拍子に脱出艇が起動し、二人はそれに乗り込んで湖底神殿を脱出した。

 呻きを漏らしながら、レムナが首を回す。


「あ~……一日ぶりの外の空気~……あの脱出艇狭すぎ。大人と中等部で満杯って」


「お姉ちゃんが大人の男の人ぐらいあるんだもん」


 グエンも脱出艇内での姿勢が辛かったのか、身体を伸ばす運動をしている。


「私だってなりたくて大きくなった訳じゃないの。あ~、首回りがかったい」


「何かおじさんっぽい」


 失礼な発言にイラついたレムナが少年の頭を引っ叩く。


「痛っ」


「女に向かっておじさんとか言うな、クソガキ」


 少年は不満たっぷりの視線をレムナに向け、反論のつもりでぼそりと呟く。


「メスオーガ……」


「また言ったな!? 今度という今度は許さないわよ!」


「わー暴力反対!」


 レムナとグエンはじゃれあうように取っ組み合う。

 すると、街の方から轟音が響く。それも何度も。

 二人は揉み合い状態のまま、街に顔を向ける。

 轟音が鳴る度に街の方角から青い光が上がる。

 取っ組み合いを止めた二人が立ち上がり、街の方を改めて見る。


「何よ、あの青いの」


「結界だ。神聖魔法の光だよ、滅多に見れるもんじゃない!」


 珍しい物を見たと、嬉々とした顔でグエンがそう口にする。


「魔法好きなのね。丁度いいわ、その……」


 魔法の造詣が浅いレムナは結界という単語に聞き覚えが無くて首を傾げる。


「結界? それって……強い魔法なの?」


「神聖魔法の結界は魔法の中で一番固いって言われてるんだ! 賢者が使う高位魔法でも、どちらが勝つかわからないって言われてる。ていうか、学校でも勉強するでしょ?」


「私は魔法科の授業受けてないの。良いから、解説しなさいよ」


「解説って言っても、神聖魔法は教会の専門なんだ。教科書や本に載ってるのは今言った程度だよ」


 少年の解説にレムナが感心して頷く。


「教科書に、賢者の魔法と教会の結界どっちが強いか、みたいなの載ってるの? 随分、実践的なのね」


「ううん。中等部で流行ってる『矛盾! どっちが強い!?』って空想本に載ってるんだ、面白いよ」 


「ガキっぽい」


「お姉ちゃんは好きじゃなかったの? どっちが強いか、みたいなの」


 少年の問にレムナは少し間を置いてから、ぼそりと答えた。


「……嫌いじゃなかった、子供の頃は」 


「へえ~」


 グエンがニヤニヤとレムナの顔を見上げる。


「ホント生意気っ」


 少年のしたり顔を手で押し退けていると、また轟音がする。

 レムナは怪訝そうな表情でグエンに問う。


「……それで、その結界を攻撃して迷惑な騒音を上げてる奴は何?」


「わからないよ。結界の光が邪魔して、向こう側がよく見えないんだ」


「なら、質問を変えるわ。神殿に在ったアレなら結界は壊せる?」


 レムナが言っている物――湖底神殿で見た、生き物を模した鉄の塊を思い出し、グエンは考え込んだ。

 少年が俯きがちに続きを言葉にする。


「わからない……けど……あんな大きさ、質量の物が結界を攻撃し続けているなら……耐えられないと思う。結界だって魔法だ、マナの限界値がある」


 少年の言葉を証明するかのように限界を迎えた結界が崩壊した。

 そして、結界を壊した轟音の正体――怪獣トリロンの姿を二人は初めて目撃する。

 怪獣はそのまま倒れて見えなくなった。

 遠目からでもわかった怪獣の威容に、グエンが息をするのも忘れて声を漏らす。


「ま、街が……何だったのアレ……」


 少年の隣に立つレムナが大きく息を吸い込んだ。

 彼女の口角は歪んでいた。


「本当に世界が変わってるじゃない……! 怪獣が居るじゃない!」


「か、怪獣? 何それ……?」

 

「神殿のアレが戦う相手よッ」


 嬉しそうなレムナは勇んで湖の方に向かう。

 少年は怪獣に襲われている街の方が気にかかるが、それよりもレムナの方が気になって後を追った。

 レムナは足が濡れるのも厭わず、膝の辺りまで浸かるぐらいに湖へ入っていく。

 グエンがほとりの辺りから声を上げる。


「お姉ちゃん! 何する気なの!?」


「相手が出来たって呼び起こすのよ、アレを!!」


 そう言って、レムナは自分のイヤリングを外した。

 手の中のオレンジ色の石を見つめ、改めて己を見つめ直す。

 自分の心には転生前の記憶がある。

 そして、その記憶が『怪獣を殺す』という使命を与えてくれた。

 自分はその使命の為に今まで生きていたと、強く感じている。

 ぎゅっと、石を握る。


「コレが私を使命に導いた。どこに辿り着くかわかんないけど――」


 そこで言葉を切って、大きな笑みを浮かべる。


「怪獣がぶっ殺せるなら何でもいい! 敵よ、!!」


 手の中の石が強く光り輝く。

 石はレムナの声帯から発せられた起動コードを認識し、湖底神殿に眠るギジュウに起動信号を送る。

 やがて、光が収まった。

 湖に静寂だけが広がる。


「……」


「……」


 二人は何か変化が起こらないかと、ずっと沈黙して待つ。

 しかし、変化が起きるより先に街の方で怪獣が暴れ始めた。

 まさか失敗したと思い、レムナが焦り出す。


「ちょっと、早く出て来なさいよ!?」


「……あっ! 後ろ、後ろ!」


「は?」


 グエンが自分の後ろを指差している。

 レムナは振り返った。


「ぁ……」


 湖の中央から、機械の蛇のような物が天に向かって伸びあがっていた。

 レムナにはそれが何か解る。

 ギジュウの尻尾だ。

 レムナがギジュウの尻尾を見上げていると、また石が光る。

 途端、レムナの脳に奇妙な声が響く。


『パイロットとのマインドリンクを開始

 ……20……40……50……特別権限により中断

 遠隔操作モードを承認

 機体データのフィードバックと戦術データベースの共有を開始

 個体名レムナ・スティーの脳に疑似回路を形成』

 

 ――バチッ。 

 頭の中で火花が散り、レムナの意識が飛ぶ。

 突如倒れたレムナを見て、湖に飛び込んだグエンが駆け寄る。

 少年は自分よりも大きなレムナを引っ張りながら、必死に声を掛け続ける。

 しかし、レムナがそれに反応する事はない。



 レムナの脳にギジュウが持つデータの数々がダイレクトに刻み込まれていき、同時にレムナの記憶もギジュウに共有される。

 今現在、自分が意識を失っているのは調整の為らしい。

 あの石を通じて、ギジュウを脳波コントロールできるように脳を改造している途中という事だ。

 改造と言っても、ギジュウが送り付けてくるデータにあるような脊椎神経と直接接続するような物ではなく、ギジュウとの中継器になる石と脳波の波長が合致するよう調整しているだけらしい。

 波長が合えばギジュウと自分が感応できるようになる、と直接頭に説明が届く。

 感想としては、脳を弄られているのに違いはないので不快なのは変わりない。

 だが、良い事もある。

 怪獣に関する情報が豊富に残されていた事だ。

 ギジュウが転生前の世界で戦った怪獣のデータを閲覧でき、あらゆる怪獣の情報を調べる事が出来た。

 すると、その中に見覚えのある怪獣が居た。

 先程街を襲っていた怪獣だ。

 ギジュウの怪獣データによれば、街を襲っている怪獣の正体は『突貫怪獣トリロン』という名前らしい。

 トリロンはギジュウが三番目に倒した怪獣として記録されている。

 つまり、怪獣も転生してきているという事だ。

 要求すると、その時の戦闘データも送られてくる。

 トリロンの怪獣データを獲得した所で、脳の改造が終わった。

  


 

 意識が覚醒する。


「ん……」


 眠りから覚めるようにレムナが眼を開けた。

 すると、それに気付いたグエンが心配そうな顔で覗き込んで来た。彼の髪はレムナを助ける為に湖へ飛び込んだせいで濡れていた。

 

「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 少年の声が調整直後の頭に響き、レムナは顔をしかめる。


「叫ばないで。今、すっごく頭が痛いの」


 言いながら上体を起こしたレムナ。

 調整の後遺症のせいで酷い頭痛がする。二日酔いを経験した事は無いが、この頭の痛みはそれに近いのかもしれない。

 意識を失っても握っていた石を見る。

 石の中に『COMPLETE』という文字が浮かんでいた。


「……まさか、毎回これがある訳じゃないわよね」


 頭痛に顔しかめながらも、湖のギジュウの尻尾を見る。

 相変わらず、尻尾はピンッと天を向いている。

 レムナは傍で心配そうにしている少年に尋ねる。

 

「私、どれぐらい寝てた?」


「三分くらい。あ、街が大変な事になってるんだ!」


 グエンがそう言って街の方を指差した。

 レムナがそちらを見ると、トリロンが大暴れして街を破壊している所だった。

 その光景を見た瞬間、心に強い怒りが湧き上がって立ち上がる。


「好き勝手しやがってッ」


「お姉ちゃん、ホントにアレを動かせるの? アイツとアレで戦うの?」


 グエンは心配そうな顔で見上げてくる。

 その顔を見返していると、疑問が湧く。

 目の前の少年の事が不思議でならない。

 レムナが目覚めず心細い中、彼はずっと怪獣が暴れ回って街を破壊する音を聞き続けていたんだろう。

 遠くから悲鳴も聞こえてくる。逃げている住民が北区に集まっているのだろう。

 悲鳴と破壊音を聞き続け、中等部の子供が心を痛めない訳がない。

 あの悲鳴の中には彼の親や学友が居るかもしれないのだから。

 逃げ出したって誰も責めない。街に戻って知人を探すのも良い。

 置いて行かれたからといって、自分は何とも思わない。

 どうせ、少年は魔法を使える側、異生物の側なんだから。

 自分とは違う生き物だ。

 それでも、彼は自分を置いていかなかった。

 少年がそこまでする理由が、レムナには解らなかった。

 ただ、勘違いで助けただけの、その場限りの関係なのに。

 そう思えてならなかった。

 だから、少年の視線から逃げるように顔を逸らし、自分の使命に没頭してギジュウの尻尾に手をかざした。

 ギジュウの尻尾はレムナの手に合わせて流麗に動く。

 

「よしッ……!」


 動作を確認して、調整が上手くいっている事を自覚する。

 次に頭の中にあるギジュウのデータを思い出す。

 ギジュウの尻尾には武器がある。そして、それは遠距離攻撃が出来る。

 レムナは人差し指と中指を合わせてまっすぐ伸ばし親指を立てる――銃のジェスチャーを作り、街に向ける。

 レムナの動きに合わせて、ギジュウの尻尾も街を向き、尻尾の先が開く。

 尻尾の先端部はノズルのような形になっており、その銃口は街で暴れるトリロンの方を向いていた。

 グエンが首を傾げる。


「お姉ちゃん、何をする気なの?」


「……さっさとどっかに行きなさいよ。私は怪獣にしか興味ないのよ」


 冷たく言い放つと、レムナはトリロンを睨む。

 そして、短く合図を出す。


「バンッ」


 声に合わせて、尻尾の先端部から圧縮された水が放水された。 

 凄まじい勢いで発射された水はまっすぐ伸び、トリロンに直撃した。

 トリロンは突然の放水でバランスを崩し、横向きに倒れた。

 レムナは満足そうな笑みを浮かべる。




 レムナのギジュウを使った攻撃が街の被害を考えていない物だとわかり、グエンが悲痛な声を上げる。


「街が壊れちゃうよ!?」


「だから何? さっきも言ったし、ずっと言ってるでしょ。魔法が使える奴なんかどうでもいい。私は怪獣を倒したいだけなんだから」

 

「それじゃダメだよ、ギジュウが暴れたら街が滅茶苦茶になる! あの怪獣をどこかに連れていかないと!」


 グエンはレムナの前に立って、強行な姿勢を貫く女を止めようとする。


「ギジュウで皆を守る為に戦おうよ。それが正しい事だって、わかってるでしょ」


 少年の言葉に忌々しそうな視線を返すレムナ。


「ホントに馴れ馴れしいし生意気。私の何を知った気になってるのよ? わかったような口きかないで! 私の使命は怪獣を倒す事ッ、殺す事ッ。アンタの言うような守る為の戦いなんて、私の役目じゃない!」


「なんでそんな事言うんだよ! お姉ちゃんは勘違いでも、僕みたいな苦しんでる奴を助けてくれた。弱い相手を虐める奴に怒ってくれた。使命だとか役目だとか関係ない、正しい事に力が使える人なのに!」


 叫ぶ少年の声は哀しげだった。

 本当にレムナの事を正義の人だと思っている。

 だが、当の本人は勝手な思い込みと理想をぶつけられて心底イラついていた。


「うるさい! お前の勝手な理想を押し付けるな、クソガキ!」


 そう叫ぶと、レムナは少年を無視して大股で街に向かっていく。

 グエンは何としても今のレムナを止めようと、彼女の後を追いかけて手を広げて立ちふさがる。

 

「どけッ!」

 

 レムナは少年を振り払う。

 だが、グエンは何度突き飛ばされても、何度でもレムナの前に立った。

 服が土まみれになっても、どれだけボロボロになっても。

 何度でもレムナを止める為に立ちふさがった。


「何なのよアンタは、邪魔しないでよッ。やっと私の望みが叶うの、夢が叶うの。何で、そこまで邪魔するのよ」


「だって……だって、街を壊したら、駄目だよ……皆、悲しむ……」


 そう言うと、グエンは力が切れて倒れ込む。

 咄嗟にレムナが少年を受け止めた。少年は完全に意識を失っていた。

 

「……飲まず食わずが一日続いてたのに無理するからよ、馬鹿じゃないの」


 キツイ言葉を吐くが、レムナは少年を抱え上げて、危険が及ばない場所の柔らかい土にグエンを寝かした。

 少年の髪が目元に掛かっていたので、それを手で払ってやる。


「誰かの事を想えるアンタは立派だと思う。けど、そういうのはアンタやベナ、それに父さんの得意分野なの。私のじゃないし、私には向いてない」


 最後まで少年の理想を拒んだ。

 正義の道なんて自分の柄じゃない。そう思うから。

 ゆっくりと立ち上がったレムナは湖を振り返った。

 

「行くよ、ギジュウ」


 レムナの言葉に応えるように尻尾が水中に引っ込み、湖面がざわめき出す。

 水しぶきを上げて鈍色をした機械の怪獣がせりあがってきた。


________


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

好評価等よろしくお願いします。

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