妄想も大概にしろ、大好きだぞこんちくしょう

よなが

本編

「私、夏海なつみの妹な気がする」


 学校からの帰り道、千秋ちあきが突然言いだした。


「は?」

「実は私、夏海の妹だったんだなって」


 ご自慢の艶やかなセミロングの黒髪をさらりと手でかき分け、口許に甘い微笑みを浮かべて切なげに呟いた。


「てきとうなこと言ってんじゃないわよ、頭かち割られたいわけ?」

「ええっー!? な、なんでそんな反応になるかな。『そっかぁ。試しにお姉ちゃんって呼んでみて』ってなるでしょ、普通」


 あたふたと。うっかり見蕩れちゃうぐらいの魅惑的な笑みはどこへやら。その澄んだ瞳にもすっかり動揺が浮かんじゃって。


「ならないっての。あたしをあんたの妄想に勝手に巻き込むな」

「と言いつつも、本心は満更でもない夏海お姉ちゃんだったのでし、ったぁ! 痛いよっ! 頭割れちゃったよ!」


 たかだか、デコピン一つに煩いやつだ。手加減はしている。綺麗な額を赤く腫れさせるつもりなんてないから。


「あたしに妹はいない。千秋は妹ではない。オーケー?」

「うう、むしろケーオーだよ。ノックアウト。わかる?」

「知らん」

「夏海、英語赤点だったもんね」

「いや、ギリ回避したからね。一点は大きいから。たった一点でも人類にとっては偉大な一点だから」

「え、どうしたの夏海。頭打った?――――ちょっ、ダメっ、ストップ! デコピンは一日一回まで! 可愛い妹との約束でしょ!」


 だから、違うっての。

 あたしは西部劇のガンマンよろしく構えた右手を下ろすと、なんとなしに空を仰いだ。すっかり秋だなぁと。夏休み明けのテストが終わって、半月。高校二年生になって早半年が経とうとしている。

 今日もあたしの隣には千秋がいてくれる。それはまぁ、幸せであるのだけれど。


「……千秋は妹じゃないから」

「わかったって。ぷりぷりした顔も、可愛いぞーっと」

「はっ倒すわよ」

「えー?」

「ちなみに何か理由あるの? そんなろくでもない発想に至ったきっかけみたいな」

「いやいやいや、それはご自身の豊かな胸に手を当てて考えればおわかりでしょう」

「千秋が平らなだけで、あたしは並だから」

「ぐさぁっー!」


 オーバーリアクション。その主張控え目な胸に手を当て、呻いている。

 黙っていれば麗しの淑女に見えるランキング、クラス内どころか学校内、堂々の一位である千秋だ。ひとたび口を開いて話し始めれば「残念美人」の四文字が彼女をそれはもうおもしろおかしく象り、彩り、祀りすらする勢いなのである。とはいえ、そのギャップに心打たれて、奪われた挙句に玉砕した男子も何人かいる。

 

 なぜ彼氏を作らないのか、千秋にそう訊ねた人もこれまでに何人かいた。

 

 回答その一。

「私の理想はカラコルム山脈よりも高いからなー」 

 エベレスト級らしい。


 回答その二。

「彼氏って木造? それとも鉄骨?」

 恋人を建築するな。

 

 回答その三。

「彼よりカレーもってこーい!なんてね、えへへ」

 辛いのは苦手なくせに。


 故意にはぐらかしているのか、恋に疎いのか、そんな調子だった。

 

 それはさておき。


「全然思いつかない。どうせどうでもいいことなんでしょ」

「えー、どうでもはよくないでしょ? 長い付き合いの大親友が抱える妄想だよ? もう少し興味を持ってもいいんじゃないかな」

「……まだ半年でしょ。つーか、自分でも妄想って言っているし」

「時間の長さは関係ない。質で勝負しようよ、夏海」

「あんたが言いだしたんでしょうが! なに、急にきりっとした表情しているのよ」


 ドキッとするでしょ、馬鹿。私は大きなため息をつく。


「で、答えは」

「夏海が面倒見いいから。まるで、私のことを妹みたいにお世話してくれるでしょ? あっ、じゃあ、私、妹だったんだ!って」

「姉妹ってそういう関係とは限らないと思う。それに、あたしは千秋を世話なんてしてなくない?」

「なくなくなくなくなくないよ!」

「どっちよ」


 駅までもうすぐだった。そこであたしたちは別れる。二十分足らずの帰り道。

 塾に通っている千秋が一緒にどこかで寄り道してくれるのは週に二日しかない。それを千秋が物足りないって言うと、あたしは十分でしょって返すけれど、内心、全然足りていないと思ってしまっている。

 それはまぁ、教室でも話すけれど、でもやっぱり独り占めしたいわけで。

 そんなこと大真面目に考えちゃっている自分に戸惑い出したのは春が終わる頃。なかなか会えない夏に、想いが爆ぜて身を焦がし、でも彼女には到底伝えられなくて、今に至る。秋、来ちゃったな。


「実際のところさー、夏海は妹をほしくなったことってない?」

「ある。おつかいとか代わりに行ってほしい」

「あわわわ、この人、妹を、人権を剥奪されて無償労働を強いられる道具みたいな人間扱いしているーっ!」

「その生々しさいる? やめてよ」

「なんかねー、鈴木君がそーいう女の子がヒロインの小説読んでいて、ドン引きしたって真美ちゃんが言っていたよ」

「その報告が一番いらない」


 なんで真美ちゃんはわかったんだろう? 

 タイトルでそうだとわかるような本でもあるのだろうか。いや、それよりも千秋の情操教育に悪いことを吹き込まないでほしい。

 

 駅構内に入る。改札を抜ければ、別々のホームへと行くことになる。


「なんだかんださ」

「なによ」

「私、夏海の妹じゃなくてよかった!」

「は?」


 言うだけ言って、千秋が駆けていく。るんるんと。しばし後ろ姿を見送る。

 それからあたしも改札を抜けて自分が待つべき場所へと歩いていく。

 あの子への、この気持ち。なんでかな。強くなる一方なんだよ。




「私、夏海の姉な気がする」


 翌日の帰り道、唐突に千秋が言いだした。


「……は?」

「実は私、夏海のお姉ちゃんだったの」


 秋にしては爽やかな香りをふわりとさせて、あどけなさのある唇から透明な声をあたしに放って、顔を綻ばせている。


「変なもの、拾い食いでもした?」

「しませんからっ! お姉ちゃんはそんなことしないのです」

「マジでどうしたの。文化祭の実行委員なんてやっているから、おかしくなったんじゃない?」

「なっていない、なっていない。ああ、でも夏海も協力してよね。私だけだと、ついてきてくれない女の子たちがちらほらいるから。もうあと一カ月切ったのに」

「あー……」


 千秋の性格を、男に媚びているとみなす連中のことだろう。いわゆる天然系というのは、そういう目で見られがちというか、千秋が何もかも可愛いのが彼女たちの薄っぺらいプライドをざくりざくりと刺激するというか。

 実行委員に千秋が選出されたのは六月のことだったが他薦めいた立候補だった。近くの席の子から、やってみればと唆されていたのを覚えている。そのせいで彼女の放課後の時間が減り、あたしと共有できる時間も削られたのである。

 当の千秋が楽しげにしているからいいけれど。


「あの子たち、あたしの言うことなんて聞かないよ。でも……千秋がそう言うなら、わかった。できることはやってみる」

「千秋お姉ちゃん、でしょ?」

「やっぱ、やめようかな」

「ああーっ、もう、嘘、嘘! 呼び方は任せるって! お姉様でもいいよ?」

「そういう問題じゃないから。つーか、なんなの。昨日の今日で、姉になりたがるって。どういう心境の変化があったわけ」

「悟ったの」


 ふっ、と千秋がまたいい顔をして笑った。

 出し抜けに凛々しい表情をされると心臓に悪いってのを遠回しにでも伝えないといけないかもしれない。


「何をよ」

「私ね、夏海に甘えたい気持ちもあるよ? でもね、甘えられたい気持ちもあるってわかったの。あっ、それじゃ、私がお姉ちゃんだぁーって」

「なんでやねん」

「西の人だ……!」


 なぜそこで目を輝かせる。


「ねぇねぇ、夏海は姉をほしくなったことってないの?」

「ある。家庭内で責任転嫁できる相手がいると便利かもって」

「わー、打算的! しかたないなぁ、私が責任をとってあげるお姉ちゃんになるよ」

「ふうん。じゃあ、今日は千秋の奢りね」

「え?」

「なんだっけ。今日のお目当て。もう始まったハロウィンセールの、新作ドーナツだっけか。飲み物もつけていいよね」

「な、夏海さん? 私のお財布事情をコンシダーしてくれないと困るよ。わかる? コンシダー。リピートアフターミー。consider」

「うん? 何か言ったの、千秋お姉ちゃん」

「はいっ、カーット! 姉妹契約終了でーす。更改はありませーん。後悔しても遅いでーす。It is no use crying over spilt milkだよ」

「ミルクティーもいいけれど、今の気分はシトラスティーかな」

「あの、ほんと今日は手持ちがないから。ね?」

「冗談だよ。そんな困り顔しないでよ」


 そんな顔まで可愛いんだから。からかうのをやめるタイミングなくなっちゃうでしょ。


「もう、からかうなんて生意気な妹め!」

「姉妹契約は終了したんじゃなかったの」

「え、姉妹契約ってなに」

「そこできょとんとされると、こっちが困る」

「夏海を困らせていいのは私だけなんだからねっ」

「ちょっと何言っているかわからない」


 きゃっきゃっと喜ぶ千秋についついあたしも楽しくなる。

 でも、千秋がぐいっと腕を組んできた時は高揚感とはまた別の何かが込み上げた。


「あ、歩きにくいでしょ」

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。くつろいでくださいまし」

「全然くつろげないって」


 近すぎる。千秋の香りが強まる。胸が騒がしくなる。バレないよね?

 

「私ね、結局のところさ」

「うん?」

「夏海の姉じゃなくてよかった!」

「そ、そう」


 よくわからないが、千秋が笑顔ならそれでいいかなって。


 

 

「私、夏海の飼い猫な気がする」


 数日後の土曜日に二人でショッピングモールまで出かけたときに、千秋が出鱈目なことを言いだした。


「えぇ……?」

「実は私、夏海があの日助けてくれた野良猫だにゃん」


 なぜか得意気に、にやりとしている。学校とは違う髪型だ。そしてあたしが前にあげた髪留めをしてくれている千秋が、猫であるのを告白したのだった。

 どうした、こいつ。可愛いけれど。


「生まれてこの方、野良猫を助けた経験はないよ」

「鶴は?」

「ねぇよ」

「そっかぁ。でもさ、いいよね、猫」

「あたし、犬派」

「みんなちがって、みんないいよね!」

「肯定感強いなぁ。で、今度は何よ。なんで飼い猫なんて言いだしたの」

「気になっちゃう? 気になるよねー。そうだよね、どうしよっかなぁ、教えてあげるか迷っちゃ、って、ダメダメ! 無言でデコピン構えないで! 条例で禁止されているから! 取締まり強化対象だからね!」


 一通り買い物が済んで、二人でベンチに腰掛けて缶ジュースを飲んでいるところだった。買い物と言っても、大半が見るだけだったのはしかたあるまい。二人ともアルバイトってしていないし。でも、千秋ってああいうジャケットも似合うんだ。今、着ているきれいめの服もいいけれど、カッコイイのも合うなんて、そんなのますます好きになっちゃう。


「理由は三つあります」

「というと?」


 プレゼンするかのように、千秋が襟を正して言う。


「まず、親戚が猫を飼い始めました」

「だからなによ」

「まぁ、落ち着きなさいな。二つ目。昨晩は猫耳生やした夏海の夢を見ました」

「だったら、なんなのよ」

「Calm down、夏海」

「流暢なのが腹立つわね」

「こう見えて、英語は得意でも苦手でもないからね、えっへん」

「意味わからない……」

「え? さっきのは『落ち着け』って意味だよ」

「それじゃない!」

「三つ目はね、嬉しかったから」

「へ?」


 トーンを落として、千秋が言った。あたかも夏から秋になったみたいな。そんな雰囲気。学校ではほとんどしていないメイクを今はそれなりにしていて、それが千秋の美をいっそう引き立てる。その横顔、本当に惹きつけられてしまう。


「何が嬉しかったのよ」

「夏海が私の頭を撫でてくれたこと」

「は? そんなの……勢いっていうか、べつにそんな大したことじゃないでしょ」


 五分前の話だ。話の流れで千秋が称賛を要求してきたから、「はいはい、えらいえらい」と撫でたのだ。なんでもないような素振りで。実はけっこう勇気を出して。彼女に触れたくて。髪のセットを崩さないようにしないとって思いつつ。触れたくなった。どうしても。


 というか、頭を撫でて喜ぶのって犬のイメージが強いのだけれど、猫もなのだろうか。そういうこと全然知らない。千秋が猫好きっていうなら、調べてみてもいいかな。


「でも、嬉しかったから!」

「う、うん」

「ちゃんとわかっている?」


 千秋が唇を尖らせ、あたしの顔を覗き込んだ。

 正直、わからない。悔しく思う。こんなに好きなのに、振り回されてばかりで、彼女の心に触れられないのが。うまく理解してあげられないのが。

 そうするのを躊躇い、怖がる自分がいるのは気づいている。知れば知るほどに、後戻りできない感情を、いつかぽろりと彼女に、ううん、不器用なあたしはきっと思い切りぶつけちゃうんじゃないかって。それでお互いを傷つけてしまうのだろう。関係を壊してしまうんだ。


「たしかに千秋は猫っぽいところあるもんね」


 あたしは笑みをつくる。せっかく二人きりの休日なんだ。

 心配なんてさせてたまるか。


「でしょー。飼ってみる? えっと、マグロしか食べないけど。大トロオンリー」

「野菜や肉も食べなよ」

「じゃあ、そうする」

「米とかパンとかも食べるでしょ」

「うん、好き」


 好き。何気ない言葉が、決してあたしに向けられたのではないそれが、刺さる。が、堪える。


「じゃあ、トイレは砂でいい?」

「そんなわけないじゃん! ふしゃーっ!」

「なにそれ、猫の真似? ふふっ、ほんと、千秋は……」

「なぁに?」

「なんでもない」

「ええーっ!?」


 可愛いなって。だからこそ、あたしじゃダメなのかなって思う。

 思ってしまう。釣り合わない。

 こんな強がりばかりの根暗女にこの子は眩しすぎる。




「私、夏海にとってなんなんだろうね」


 千秋が呟いた。まるで独り言。聞こえなかったら、それでいいやってふうに。

 文化祭直前。日が短くなって、帰る頃にはあたりが暗くなっていた。


「どうしたの、突拍子もなく」


 秋の風が優しくない。肌寒い。あたしの声が震えたのはそのせいだ。そのはずだ。

 反応しなきゃよかった? でも聞き逃すには、その内容はあまりにあたしの心をかき乱すものだった。


「最近の夏海、変だよ」

「えっ」

「いつもの元気ないよね。けど、ダイエットしている様子はないし」

「まず疑うのそれなの」

「私じゃ頼りないのかな。ここだけの話、私が夏海の一番だって信じていたのにな。お悩み相談ぐらい、ちょちょいのちょい……は無理かもだけど、力になりたいのに」


 一番だよ、紛うことなく。そう叫んでしまえば楽になるんだろうか。彼女は力になってくれるんだろうか。このあたしに、あたしが欲する好きをくれるのか。

 

 黙ったままあたしたちは数十歩進んだ。あたしが何か言うのを千秋が待っている。待ってくれている。あの千秋が。こういう我慢は不得意どころか無理難題であると思っていた彼女が。こんなあたしを。情けないことに、何をどう説明すれば、どう取り繕えばいいかわからなくなっているあたしを。 


「あのさ、これから言うのは嘘でも冗談でもなくて。一度しか言わないから聞いてくれる?」


 ようやくあたしが切り出した。「うん」と千秋が肯く。


「悩んでいること、あるよ。千秋には……話せないこと。でもっ! 千秋には、えっと、その……今までどおり傍にいてほしい。ははっ、我儘だよね」

「笑えないよ」

「っ! そんな顔しないでよ」


 いつもみたいに笑ってくれればいいのに。あたしの空笑いをその明るい声で笑い飛ばしてほしかった。


「傍にいるだけでいいの?」

「……そう」

「私でいい?」

「千秋がいい」


 交差する視線、外したのはどっちからだろう。口からついて出た言葉は、もっと別の形で伝えたくもある一方で、今すぐ冗談めかしてしまいたい気持ちもあった。


「ねぇ、覚えているかな。私と夏海が友達になった日。それは夏と秋がまだ決して出会うことがなく、この星の大部分が厚い氷で覆われていた時代のことだったよね」

「妄想が壮大過ぎる」


 それになんとなくポエミーだ。千秋が物静かに話すと、その妄想も抒情的になるのだった。


「ん、ん。こほん。仕切り直し。二年生になってすぐだったよね。私が真美ちゃんにフクロウとミミズクって何が違うのって訊いてげんなりされているところに『ミミズクはフクロウの一種で、耳みたいに見える羽角ってのがある』って近くにいた夏海が教えてくれたんだよね。それで私が、ほーほーって相槌打ったら、失笑されたっけ。あれが夏海が笑うところ初めて見た時だったよ」

「まさかその次の日に『ハリセンボンって針が千本もないんだよ!詐欺じゃん!』って声をかけられるとは思わなかったけれどね」

「あの時の夏海、『え、なにこいつやば』みたいな顔していた」

「心読まれちゃっていたんだ」

「うん。でも、最近は読めない」


 話が戻った。

 思い出話に花は咲かず、葉が落ちて、あたしたちの間にまた沈黙が降ってきた。


「夏海、文化祭はいっしょに回ろうね」


 別れ際、千秋がそう言って微笑んだ。あたしはぎこちなく「うん、ありがとう」と返していた。




 文化祭後の打ち上げ。クラスメイトの半数以上が参加するそれを、あたしは断ってさっさと帰る支度をして学校を離れた。校門を出てから、最初の曲がり角に差し掛かったところで、後ろから声がした。振り返る。誰の声かすぐにわかった。

 そこに千秋がいた。ぜぇぜぇと息を切らしている。あたしはそんな彼女を見やっても足が止まったままだった。それで彼女が近づいてくるのを拒めもしない。


「ぶ、文化祭さ、全然カルチャーショックなかったよね……ふふっ」

「そういうのを楽しむ催し物じゃないからね」

「だね。でも、夏海が気づいたらいなくなっていたのはショックだったよ。びっくりして、掃除ロッカーとか机の引き出しの中とか探しちゃった」

「打ち上げよかったの? みんな、千秋がいないと寂しがるよ」


 勢いで告白しようと画策していた男の子もいたかもしれない。


「夏海は? 傍にいてほしいって言ったのに、どっか行くんだもん。なんなのさ」

「……ごめん」

「謝って済むなら、私いらないよ」

「いるよ。いる。いてくれて、嬉しい」

「わお! 照れるーっ!」

 

 あたしたちは歩きだす。

 千秋はあたしを駅まで送ったら打ち上げに合流するんだろうか。友達としての義理や情けで追いかけてきてくれたんだろうか。千秋は、いつまであたしの傍にいてくれるのだろう。そんな不安が、喉元まで出かかっては飲み込むを繰り返す。

 

 駅が見えた。不意に、千秋があたしの手をとる。繋がれる手。

 そのまま人気のない脇道へと連れて行かれる。そして、手が離される。

 千秋の顔。初めて目にする表情だった。

 ああ、やっぱり好きだ。全部、好き。


「私、夏海と今の関係じゃ満足していない気がする」


 耳を疑った。

 でも千秋の声は秋の夕闇に溶けずにあたしに届いた。


「友達でも妹でも姉でも、飼い猫でもダメみたい」

「えっと、それってつまり?」

「しゅ、宿題!」

「え?」

「答えは次に会うまでの宿題ね。そ、それじゃ!」


 もしも周りに人がたくさんいたら違っていたのかもしれない。

 でも現実として、あたしから離れていく千秋、意味深長にもほどがある台詞を残して去って行く彼女の背中に、あたしは叫んでいた。


「好きだぁー!!」


 なんでやねん、と後になって省みてそんなふうに思ってしまう。けれど、あたしはそのとき、千秋に愛を叫んだ。恥ずかしげもなく、ただもう、我慢できずに。

 彼女の背中がびくっとして、でも振り向いてはくれなかった。足は止まった。

 それであたしはゆっくりと、彼女に近寄って、でも何もできずに背後に立つだけだった。


「ねぇ、夏海。今、私が後ろを振り向いたらドッキリって書かれたプラカード持っているなんてないよね? そうしたら私、泣きながらぶん殴っちゃうかも」

「千秋こそ、今から打ち上げに合流して、気になっている男の子にすり寄ってそのまま恋人同士になるなんてしたら、あたし……」

「いないよ、そんなの。私が好きなのは――――」


 振り返る夏海。目と目が合って、今度はどちらも離さない。


「夏海だよ。まいったなぁ、もう答え合わせしちゃったね」

「何点くれる?」

「ギリギリ赤点ってところかな」

「なんでよ」

「追試験をはじめます。今、私が夏海にしてほしいことはなんでしょう」


 上擦った声と色めく頬。あたしはやっと、周囲を見渡す。


「……こんなところでいいの?」

「それ聞いちゃう?」


 あたしたちは笑い合った。そうして夏と秋を重ねた。




「私、前世では夏海を護る騎士だった気がする」


 二学期の終業式が終わって、夏海の部屋にお邪魔していた。


「は?」

「実は私、ううん、私たち前世から恋人だったんだなって」


 色っぽい声でそんなことを言うものだから、どきりとする。何気に部屋着姿を見るのも初めてだ。家が遠いとどうしても頻繁な行き来は難しい。恋人の部屋、なんだよね。そう捉えなおすと、緊張してしまう。


「真美ちゃんが鈴木君の影響で読み始めた小説にね、そういう筋書きのがあるの」

「はぁ、そうですか」

「えー? そこは普通、『そっか。それならきっと来世でも恋人同士だね』ってなるところじゃないの」

「そう言われても、スピリチュアル過ぎてわからないって」

「鰯の頭も信心からだよ!」

「まぁ、千秋との運命は信じてみてもいいかな」

「わっ! 急に夏海がクサいこと言いだした!」


 ぱちんと。あたしは指で彼女の額を弾く。


「いったぁ! 訴えてやる!」

「はいはい」

「でもさー、妄想しちゃうことって夏海にもあるんじゃないの?」

「うん?」

「私と夏海が今と違ったらって。たとえば男と女、お姫様と騎士様、大富豪と大貧民、スペースシャトルと潜水艦、マルチーズとリコッタチーズ、そんなのだったら」

「後半、どうなってんのよ。妄想も大概にしろ」

「かーらーの? そんな千秋ちゃんも、夏海ちゃんは~?」

「大好きだぞ、こんちくしょう」

「えへへ~、私も~」


 頭の中を春いっぱいにしている彼女の隣であたしも温かな気持ちになって、この新しい関係、ようやく慣れつつある関係を喜んだ。

 

 これからもずっと彼女と何度だって季節を重ねられたらなって。

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妄想も大概にしろ、大好きだぞこんちくしょう よなが @yonaga221001

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