第6話 鈴野さんと空き教室

「あんたが水無月 晴?」

「いや、まぁ、そうだけど……」


 今朝登校したら、靴箱に『放課後、空き教室(247号室)にて待つ』という内容の手紙が入っていた。ついに俺にも青春が訪れるのかなぁとか、わくわくしながらやってきたらこうだ。

 教室に入った瞬間、葉桜さんの側近――鈴野さんが、机をダンッと力強く叩く。


「今で顔と名前は覚えたわよ……まぁ、元々覚えてたけど。とりあえずここ、ここの席に座りなさい? 話はそれから」

「わ、分かった」


 鈴野さんに指定された席に座る。向かい側に座る鈴野さんは、これでもかというほど睨みつけてきた。元々鈴野さんの目が切れ長なのもあって怖い。怖すぎる。


「この前のこと、覚えてる?」

「この前……?」

「はぁ!? 覚えてないの!?」

「いや、何のこと言ってるのかあまり……」

「なんで覚えてないの!?」

「なんでって言われても……」


 俺、鈴野さんと何か話したことあったっけ。基本陰と陽で交わらないし、やらかした覚えはない。

 だって一番最近話したことと言えば、葉桜さんに焼きそばパンをもらったことくらいで……

 ん? もしかしてそれか?


「あの、もしかして焼きそばパンのことですか?」

「えぇ」


 鈴野さんは大きく頷いた。

 とりあえず合っていたことにほっとする。


「でも焼きそばパンと今教室に呼び出されてることに何の関係が……」


 尋ねると、鈴野さんが少し唇を嚙みしめる。あれ、俺今まずいこと言った……?


「なんで……」

「へ?」

「なんで、あんたなんかが月乃に焼きそばパン買ってもらってるのよ!」

「えぇ……?」


 勢いで立ち上がった鈴野さんのショートカットが揺れる。瞳にはうっすら涙の膜が張っていた。






 鈴野さんの意見をまとめるとこうだ。

 鈴野さんはまず、葉桜さんのことが大好きらしい。それはもう大好きらしい。本人がはっきり言っていたわけではなかったけど、態度や言葉の節々から分かった。

 で、鈴野さんは葉桜さんのことが大好きなのに、葉桜さんからの態度はお世辞にも友好的とは言えない。あまり口数も多くないし、体が触れることも少ない。

 そんなこんなでやきもきしていたところに、俺が葉桜さんから焼きそばパンを買ってもらっていた。鈴野さんは今まで何かを買ってもらったことなんてなかったのに。

 要するに嫉妬したと。そういうわけだ。


「なんであんたが焼きそばパンを買ってもらえるのよ……」


 半泣きで鈴野さんは言う。

 図らずもクラスの陽キャ女子を泣かせてしまった。ヤバイ。明日から誰にも目を合わせてもらえない生活が始まるかも。

 だからと言って女子の慰め方なんて分かるはずもない。わたわたと無駄に手を動かしただけになってしまった。

 

「いや、それは俺も分からなくて」

「月乃の考えなんて分かってほしくない!」

「えぇ……」


 鈴野さんは涙を拭って叫んだ。なんていうか……かなりめんどくさいタイプだな、鈴野さん。

 葉桜さんの熱狂的な信者すぎる。


「月乃、最近変わっちゃったじゃない? 最初はびっくりしたけど、それもそれでいいなぁとか思ってたの。だってツインテールはこの世で一番似合ってるし、月乃とフリフリしたものなんてきっと誰もが見たかった組み合わせじゃない?」

「は、はぁ……」

「だけど、でも、焼きそばパンを誰かに、それも男の子にあげるなんて。どうかしちゃったとしか思えないの。まぁ、要するに」


 鈴野さんはびしっと人差し指で俺を指す。

 

「あんたが月乃をどうこうしたんじゃないかって話!」

「俺が……?」

「だって月乃ってすごく可愛いじゃない。でもああ見えてすごく初心だから。今は高嶺の花的存在だから声をかける男子もいないけど、たぶん上手いこと話しかけられたらすぐ落ちると思うの。あんた、月乃をたぶらかしたんじゃないの?」

「た、たぶらか……!? い、いやいやいやいや」


 たぶらかすだなんて俺ができるわけがない。もしそんなことができていたとしたら、もうとっくに俺には彼女ができているだろう。

 彼女がいない=年齢なのが俺に恋愛テクニックがない証拠だ。

 慌てて首を振ったが、鈴野さんには鼻で笑われた。

 

「ふん。嘘ついたって意味ないわよ。男子って可愛い女の子が大好きだもの。月乃のことなんて男子みんな大好きでしょ?」

「いや……」

「は? 好きじゃないの?」

「その、恋愛的な意味では」


 鈴野さんの圧に思わず少しのけぞる。地雷がどこにあるか分からなくて怖いな。

 鈴野さんは信じられないような顔をしてから、ストンと椅子に座った。

 でも仕方ない。葉桜さんのことを、人間的にはともかくとして恋愛的に好きじゃないのは確かだし。


「どうして……?」

「いや、まぁ、なんていうか、俺、美人だとか美人じゃないとか、そういうのよく分からなくてさ。顔の美醜が分からないって言うの? そんな感じで。だから葉桜さんのことも、実際美人かどうかとか分からないんだよね。まぁあと、人を好きになる基準って、顔だけじゃないし」

「確かに……それもそうね」


 俺の弁解を聞いた鈴野さんは分かりやすく肩を落ち込ませた。


「そうよね。色々失礼だったわ。ごめんなさい」

「あぁ、いや、別に怒ってはないから」

「あたしも月乃の好きなところは顔だけじゃないの。決めつけて本当に失礼なことした。ごめんなさい」

「あぁ、いや、そんな、別に。か、顔上げて?」


 俺の呼びかけに応じるように、鈴野さんは顔を上げた。それから、思い出したように呟く。

 

「うん。じゃあ月乃、どうしてあんたに焼きそばパンあげたのかしら」

「それは俺も分からないけどさ、気まぐれとかじゃない? ほら、席隣だし」

「そっか。あんたと月乃、席隣だったわね」

「そうそう」


 鈴野さんがやっとこくこくと頷いた。

 お願いだからこのまま納得してくれ。神にも祈るような気持ちで鈴野さんを見つめる。


「まぁ、そうよね。月乃だもの。うん。大丈夫よきっと。そうね。うん、そうよね」


 1人でぶつぶつ喋りながら何度も頷く鈴野さんは、正直ちょっと怖い。いや、最初から葉桜さんへの執着度合いにはかなり恐怖を覚えてたけど。


「今日は勘違いしてごめんなさいね。今度お詫びはするわ」

「いや、そんな、別にいいよ」


 正直今は葉桜さんのことだけで手いっぱいなのだ。隣の席で、しかも科学の時間には毎回教科書を見せるような関係になってしまったから。


「そんな……あっ、そうだ」


 思い出したように鈴野さんがごそごそとポケットを探る。

 そして、何やらくしゃくしゃになった紙を取り出した。


「これ、食券なの。よければ使って」

「あ、ありがとう」


 食券を受け取ると、鈴野さんは満足そうな顔をした。


「じゃあ、帰りましょうか」

「そうだね」


 教室の扉を開きかけると、鈴野さんが不意にあっ、と声を上げた。


「ちなみにだけど、あんたがもし……」

「へ?」

「月乃と何かあったら」


 鈴野さんはそこで言葉をきる。


「やっぱり何でもない」


 しばしば口を開けたり閉じたりした後、鈴野さんは小さく呟いた。中途半端だったけど、言いたいことはなんとなく分かる。 


「まぁたぶん俺が、これ以上葉桜さんと接することはないから大丈夫だよ」

「そ、そうかもね」


 声をかけると、鈴野さんは頷いた。

 今度こそ教室を出る。




 

 ――そして。

 この日の発言がひっくり返されたのは、なんと翌日のことだった。

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俺の書いたラブコメ漫画を、隣の席の1億年に1度のクール系美少女に見られた〜翌日、彼女はヒロインと同じ髪型の、ツンデレキャラになっていた〜 時雨 @kunishigure

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