第5話 焼きそばパンと葉桜さん

 今日も今日とて葉桜さんはツインテールだ。

 誰のためかは知らないが、彼女の好きな相手は羨ましいこった。こんなに健気にアピールしてもらえるんだから。

 実を言うと、俺はトップカーストの人間があまり好きではない。それは単に笑い声が大きすぎるとか、陰キャに当たりがキツイからとかいうわけではなくて、中学時代に彼らにトラウマがあるからだ。まぁ、それはどうでもいいんだけどさ。

 そんな俺でも、葉桜さんはんなぜだか苦手ではない。直感だけど、葉桜さんは中学時代の人間とは何かが違うからだと思う。その何かって言うのは、簡単には言い表せないけど。

 例えば、自分のことを美人だと認識しているけど、それを全く自分の長所としてとらえていないところとか……うーん、違うな。でも曖昧な表現をしたら、全ての人間を平等にとらえているとか、そういうところだと思う。


 なんてことを考えつつ、俺は教科書を開いた。隣で葉桜さんがまた手を挙げる気配がする。

 そう。初めて葉桜さんが教科書を忘れてから一週間。彼女は毎日何かしらの教科書を忘れて、俺と机をくっつけ続けていた。あまりのことに、クラスではそろそろ天変地異が起こるのではないかと噂されている。


「えーっと、水無月くんに見せてもらってね」


 先生ももう慣れたものだ。眼鏡を慌てて探すこともない。

 葉桜さんは頷くと、俺と机をくっつけた。そして0距離になる。


「水無月くん、よろしくね。それと、ありがとう」


 その囁きに心拍数が爆上がりするのももう慣れたものだ。






 昼休み。今日はお弁当じゃなくて、購買でパンを買うことになっていた。

 小林と石橋に断りを入れ、購買へと早足で急ぐ。

 俺はどうしても食べたいパンがあった。デラックス焼きそばパン、というものなのだが、購買にはそれ以外にしょっぱい系のパンがないのだ、しかもそれじゃないと男子高校生のお腹を満たすほどの大きなものがない。逃せば、でろんでろんに甘いパンを二つも食べる羽目になるのである。

 で、当然のごとく、焼きそばパンはすぐに売り切れる。急いでいるのはそのためだ。

 購買の前には、既に大きな人だかりができている。これはもう売り切れてるかもしれない。


 

 結論を言うと、俺は焼きそばパンの購入に失敗した。肩を落として代わりに超濃厚! クリームパンを購入する。これ、美味いんだけどとにかく甘いんだよなぁ。


 とぼとぼと教室ん戻ると、珍しく葉桜さんが机の上にパンを並べていた。いつもはお弁当のはずなのに。そこには焼きそばパンもある。


 俺が財布をカバンに直そうと席に着くと、葉桜さんが袖をくいくいと引っ張ってきた。彼女の方を向くと、焼きそばパンを指でさす。


「どうしたの?」

「私これ、食べられないの。だから水無月くん、食べて」

「なんで食べられないのに買ったんだ?」

「勘違いしないでよね。別に上げるために買ったとかじゃないから。あと、そのクリームパン。私の好物でもないの」


 どうやら葉桜さんは俺のためになぜか焼きそばパンをゲットし、それから俺のクリームパンと交換しようとしているらしい。

 状況は理解したが、彼女の意図は理解できない。


「分かったよ。でもなんで俺が焼きそばパン買いたいって分かったんだ」

「それは……」


 なぜか葉桜さんが言いよどむ。首を傾げると、葉桜さんの机の隣に立っていた鈴野さんが口を開いた。


「それはあんたがでっかい声で今日は焼きそばパンをどうしても手に入れるんだって言ってたからでしょ。それで月乃は買ってあげたのよ。あんたのために。感謝してさっさともらいなさいよ」


 なるほどそういうことか。確かに俺は小林たちに焼きそばパンが食べたいって言ってたな。それを葉桜さんは聞いてたのか。さっき言いよどんだのは、盗み聞きしたと思われたくなかったからだろうな。

 にしても、鈴野さん、リアルツンデレっぽすぎるだろ。もちろん今の会話にデレの要素なんて入ってないけど。


「わ、分かった。ありがとう。葉桜さん。もらってもいい?」


 声をかけると、葉桜さんは頷く。


「交換してくれてありがとう」

「ほら。さっさと自分の場所に戻りなさい。この子は今から私とご飯を食べるんだから」


 満足気な葉桜さんとは対照的な鈴野さんに追い払われ、俺はいつもの席へと向かった。

 恨めしそうな顔をした小林と石橋が見える。たぶん葉桜さんと話していたからだろうな。


「お前、なんで焼きそばパン交換なんてしてもらってるんだよ」

「そうだよ。教科書も見せてあげてるみたいだし」

「いや、自分でも正直分からないんだけどな。葉桜さんの気まぐれじゃないか」

「まぁ、確かにそうか」

「あの葉桜さんが晴に興味あるなんて思えないしね」


 二人ともへっ、と鼻で笑うような顔をした。

 

「その通りと言えばそうなんだけど、なんだその顔は。なんか失礼だな」

「まぁまぁ。このわずかな期間を楽しみな。きっと一生に一回だよ」

「まっ、その一生に一回あるのも羨ましいんだけどな」

「……考えてみたらそうか。そうだな。じゃあ、この一生に一回を楽しむとするよ」


 俺は、彼女が本当に美人なのかは分からない。だけど、あんなに嫌な雰囲気じゃない女の子も見たことがない。そんな子にこうやって関わってもらえるのは嬉しいこと、なんだろう。

 話題はいつもの間にか葉桜さんの話から、最近石橋がしたゲームの話へと移り変わっていた――


 

 ☆☆☆

メリークリスマス!

今日はクリスマスですね。

作者は残念ながら予定がないのですが、楽しい一日にしたいです。

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