第4話 ボディタッチの葉桜さん

 ぽんぽん、と肩を叩かれ、俺は後ろを振り向いた。そして、ぎょっとして声を上げる。

 そこには登校したてほやほやの葉桜さんがいた。ツインテールは健在のようだ。そしてやっぱり雰囲気には合っていなかった。


「は、葉桜さん!?」


 葉桜さんはこくりと頷いた。それからーー


「挨拶したかったとかじゃないの」

「そ、そうなんだ」


 それだけを告げて、隣の席に座る。

 

 えっっっとそれは、挨拶したかったって解釈でいいのかな?

 

 聞きたいけど、なんせ葉桜さんはこの学校のカーストトップに君臨する才女であり、もちろん俺なんかが簡単に声をかけられる相手じゃない。

 結局俺はモヤモヤしながらも黙って持っていたラノベを開いた。こっそり葉桜さんの方を盗み見してみるけど――なぜか満足気だ。ほんと何がしたかったんだろう……


 




 

 三時間目までは何もなかった。葉桜さんもいつも通りクールなままで、会話すらなく、って感じだ。まぁ、それは当たり前か。

 それが四時間目のことだ。四時間目の授業は物理だったのだが、葉桜さんはなんと教科書を忘れてきたのだ。あの、葉桜さんが。


 葉桜さんが授業のはじめ、まっすぐに手を伸ばしてそれを教師に告げたのを見たときはほんと、みんな軽く騒ぎになった。先生でさえ、身に着けていた眼鏡を探し出したくらいにはパニックになった。

 どうしたんだ。マジで明日雪どころか霙も雹も全部一緒くたになって降るんじゃないか? それどころかファフロツキーズ現象とか言うのが起きてもおかしくない。


 葉桜さんは席に座ったあと、俺の方を見た。

 えっ、なんだなんだなんだ。


「水無月くん」

「な、なに?」

「一緒に教科書見たいとか、思ってないから」

「見たいの?」

「思ってないから」

「見たいんだな」


 俺は少し机を寄せて、葉桜さんに教科書が見えやすいようにする。すると葉桜さんは、嬉しそうに机をくっつけてきた。

 葉桜さんは少し椅子もずらして距離を詰めてくる――かと思えば、ほぼ机からはみ出して俺にひっついてきた。


 いっ、いやいやいやいやちょっと待て。

 こんなんほぼ0距離じゃん!? どうしたどうしたどうした……いや、てかなんか恐ろしいぐらいいい匂いするな。


 それから耳を寄せて、小さい声で――


「水無月くん、ありがとう」







 それから四時間目の記憶はほとんどない。

 ただずっといい匂いがしていたことと、クラスのみんなが何もツッコめなかったことと、授業が終わってから恨みの目で見られたことだけ覚えてる。

 まぁ幸いなのは、その恨みの目も一瞬だったってことだな。葉桜さんがまさか俺に気があるとは、誰も思わないようだ。いや事実そうなんだけど。


 そう。俺はあのツインテールツンデレ事件を、ただの偶然だという風にとらえていた。ほら、だって考えてみたらさ、俺の漫画を見てただ葉桜さんは男の子はこういうのが好きなのかな~と思って、してきただけかもしれないじゃん。少なくとも俺を好きっていうよりは、可能性が高いはずだ。

 そりゃもちろん、俺だって葉桜さんみたいなカーストトップの女の子に好きでいてもらえるのかもって思ったら嬉しいけどさ、現実ってそうじゃないもんな。うっ、中学の時隣の席の女の子が俺のことを好きだと思って、告白したら「水無月くんはそういうのじゃないから」って言ってフラれたトラウマを思い出してしまった――

 

 勝手にダメージを受けて沈んでいると、昼休みに入ってすぐ、葉桜さんが今度はくいっと袖を引っ張ってきた。咄嗟に反応できずに黙っていると、なおも袖を引っ張ってくる。


「ど、どうしたの葉桜さん」

「ん、ん~っと」


 まさか葉桜さん、ノープランで袖クイをしてきたのか。


「えっと、その、次はお昼休みだね」

「そ、そうだけど」

「お昼休みは、何をするの?」

「友達と話して、弁当を食べるかな。葉桜さんは?」

「私? 私は、お弁当を食べて、みんなでしゃべる。それからあと鈴野すずのさんが私のツインテールをいい感じにしてくれる」

「そうなんだ。今のままでもいい感じだと思うけど」


 鈴野さんというのは、この前葉桜さんがツインテールになった時に、最初に話しかけていた女の子だ。もちろん彼女も陽キャで、一軍にいる。

 でもそれにしても、葉桜さんのツインテールは綺麗に仕上がっている。むしろこれのどこを直すんだろう。


「そ、そう? そっか。そうなんだ」


 ふぅん、と葉桜さんはつんつんと人差し指どうしをくっつけた。


「そっか。それならそのままにする」

「いや、鈴野さんにいい感じにしてもらったのも見てみたいけど」


 慌てて言いつくろった。これでもし葉桜さんが「水無月くんに言われたからそのままにする」とか言ってみろ。陽キャたちに嫌われたら俺はもうやっていけない。


「じゃあ、鈴野さんに直してもらう。あ、あと、勘違いしないで。水無月くんに話しかけたかったわけじゃないの」


 それだけ言い残して、葉桜さんは去っていった。なんだったんだ、今の会話。

 てか、葉桜さんのツンデレキャラ、まだ続行されてたんだ。


 俺は葉桜さんの謎行動に首を傾げつつ、弁当を片手に教室の隅、いつも弁当を食べている場所に向かった。


 



 ちなみに昼休みが終わったら、葉桜さんのツインテールはアレンジされていた。編み込みが丁寧に施されたそれはずいぶん彼女の雰囲気に合っていて、学校中の人たちが一目見に教室に訪れていたことだけ追記しておこう。

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