第3話 姉に相談する葉桜さん
猫のクッションを抱え込んで、月乃はムフフ、と笑みをこぼした。彼女の頭の中は、今日の出来事でいっぱいだ。
(絶対に上手くいった……)
もうお風呂にも入って、あとは寝るだけ。月乃はベッドにごろりと転がる。
今日――学校で月乃はツンデレキャラを演じて見せた。それはもちろん月乃の好きな男子――水無月 晴のためだ。
月乃は今日の出来をかなりいいものだと自負している。クラスの微妙な雰囲気と、学校中に回っている、”月乃が好きな男子の存在”の噂については、彼女は気づいていない。
月乃は何でもできる美少女であり、学級委員長さえ務めてクラスをまとめ上げているが、その実かなりのコミュ障だった。空気を読むのもあまり上手くないし、人間関係を築くのも下手だ。本人もそれにはうっすら気づいているものの、今回に関してはその気づきは発揮されなかったらしい。
(お姉ちゃんが教えてくれたもんね。男の子と接点を持つには、積極的に話しかけることと、その子の好きな女の子のタイプに近づくことだって)
いつの日か、確かに月乃の姉の雪乃はそう言った。
しかしそれは三次元に限る話である。まさか雪乃も、妹が好きな男の子の気を引こうとツインテールのツンデレキャラに徹しているとは思うまい。
(昨日は水無月くんに話しかけることができたし、本当に私、上手くやってる)
月乃はふふ、とまた思わず笑みをこぼした。
そうやってベッドでごろごろしながら晴のことを思い出して悶えていると、こんこん、とふとノックされた。
はーい、と返事して、月乃はドアを開ける。おそらく姉の雪乃だろう。
「月乃ちゃん。勉強中とかだった? そしたらごめんなさいね」
月乃の前にいるのは、月乃とよく似た容姿の姉だった。違うのは、月乃がつり目ぎみなのに対して、雪乃はがっつりたれ目であること。そして、月乃よりも豊満なボディをもっていることくらいだろうか。実際、今雪乃はパジャマ代わりにキャミソールを着ているが、そこからは胸が溢れそうだ。下はショートパンツで、肉付きのいい太ももが誘うように覗いている。
体の発育が良く、大人っぽい言動のせいか、雪乃は昔から実年齢よりも上に見られてきた。人妻のような空気さえ漂っている。
「ううん。何もしてなかった」
「あら? 月乃ちゃんが何もしてないなんて珍しいわね。あっ。もしかして……」
雪乃がぽんと手を叩く。
「恋、とか?」
雪乃の質問に、月乃は分かりやすく頬を染めた。そのまま黙っているあたり、本当なようだ。
雪乃もまさかここまで分かりやすい反応が返ってくるとは思わなかったため、少し目を見張る。しかし、すぐに取り繕い、月乃に問いかける。昔から、妹には人一倍甘い姉であった。月乃がコミュ障になった一端には、雪乃の存在があったりする。
「月乃ちゃん、好きな人ができたのね」
「えっ」
「お姉ちゃん、月乃ちゃんのことは何でも分かるのよ。それで今も分かっちゃったわ。好きな子ができたのね。どう? お姉ちゃんにそのこと話してみない?」
雪乃は部屋に体を滑り込ませるようにしてそう言った。できれば月乃の口から、その子の話を聞きたい。昔から男の子は苦手な月乃だったし、好きな人ができたという話も聞いたことがなかった。
「う、うん。お姉ちゃん。アドバイスくれる?」
「もちろんよ。ほら、話してみて」
ベッドに二人向かい合って座る。
「あの、隣の席の男の子なの」
月乃はおずおずと切り出した。
「隣の席なのね。その子はいい子なの?」
「うん。優しい、と思う」
「それはどうして?」
「私を、
「そうなのね」
月乃は自分が美人であるということは、分かっていた。だって幼い頃から、何度も何度も言われてきたのだ。
「ちゃんと中身を見てくれる子なのよね?」
雪乃に尋ねられ、月乃は頷く。
「それなら良かったわ。昔から言う通り、顔目当ての人だけは本当に気を付けるのよ」
「分かってる」
「ほんと、月乃ちゃんはいい人すぎるところがあるから……人のこと、信じ切っちゃダメだからね?」
「うん」
「それなら大丈夫だろうけど……その男の子とは今どういう感じなの?」
「まだ関係に発展してない。でも、最近頑張ってアピールしてる」
「例えば?」
「話しかけてみたり、その子のタイプの女の子になるようにしてみたり、してる」
まぁ、と雪乃は驚いた。嬉しそうだ。
「偉いわね~月乃ちゃん。昔から人と接するの苦手なのに」
雪乃が月乃の頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でる。月乃はされるがままになっていた。昔から雪乃に撫でられているので、もう癖になっている。
そしてひとしきり雪乃は月乃の頭を堪能すると、名残惜しそうに手を離した。
「とにかく、何か困ったらお姉ちゃんに相談すること。それから、付き合うことになったら真っ先にお姉ちゃんに紹介しなさい」
「分かった」
月乃は頷く。
「でもまさか月乃ちゃんに好きな人ができるとはねぇ〜。これはお祝いしないと」
「いいよ。しなくて」
「いいえ……まぁ、でも、お付き合いしてからね。そういうのは」
「どうすれば付き合える?」
「そうね……月乃ちゃんなら誰でも付き合えるとは思うけど……ボディタッチとかは?」
「ボ、ボディタッチ……!」
思いも寄らなかった戦法に、月乃は珍しく驚いたような声を上げた。
「さりげなくするのよ。肩叩くとか、あとは袖をくいってするとかね」
「なるほど」
月乃は頷く。
その頭の中には、既に明日の計画が浮かぼうとしていた。
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